9.魔法の勉強1
わからないことは、取りあえずライゼスに聞けばいいので、翌日迎えにきた彼に聞いてみた。
因みに、図書館にはあれから通っていない。町まで行くのに時間が掛かるし、服を着替えなきゃいけないから面倒なんだよね、それに父の本がたくさんあるから、父の本を全部読んでからでもいいかなって思ってる。
本を読んで気になったことや、日常で疑問に思ったことは、父やライゼスに聞けば教えてくれるし!
今日もいつものようにライゼスに質問だ。
「どういうことだと思う? 何回でもずーっとできるんだよ。でも一回一回はちょっと光ってすぐ消えるんだよね」
蕾の形にした手のひらの中に灯した光をライゼスに見せて説明する。
「ほら、すぐに消えるでしょ?」
彼が見ているうちに、フッと光が消える。
「ソレイユ、君って……ほんと、感覚で生きてるよね。魔法は確かに難しいものじゃないけど、八歳だと、まだ魔力をためる器が小さいから、魔法を発動なんてできないものなのに」
「できたよ?」
彼の言葉に首を傾げると、おでこを人差し指でトントントンと小突かれる。
「だ、か、ら、普通はできないものなんだってば。そもそも、こんな小さな灯りなんて、つけようとする人なんていままでにいないよ」
「じゃあ、わたしがはじめての人!」
「……そうだね。それで、どうして魔力切れにならずに、魔法がずっと使えるのかだけど。きっとこういうことだよ」
説明のために、水場に移動する。
水場には以前父に相談していたように、水の入った瓶がわたしの腰くらいの台に載せられ、下の方に蛇口が取り付けられている。
「……これは?」
「蛇口」
「じゃぐち?」
「このレバーを動かすと水が出るの。楽ちんでしょ?」
実際に蛇口のレバーを動かして水を出して見せると、彼は興味津々でその蛇口を動かした。
「お父さんが作ってくれたんだよ、凄いでしょ」
「うん、凄いね」
水を止めて顔を上げた彼が、真剣に頷いて同意してくれる。そうでしょうとも! ウチのお父さんは凄いのよ、自慢のお父さんなのだよ。
「これは発明だよ。ちゃんと特許は申請してあるんだろうか」
「申請したって言ってたよ。それよりも、魔法のこと教えてよ」
急かすわたしになにか言いかけたけれど、すぐに肩を落として蛇口に手を掛ける。
「僕の予想なんだけどね。これが魔力」
そう言ってチョロチョロと細く水を出し、それを手のひらで受け止める。
「これがソレイユの魔力の器、で、魔法を使うと貯まった魔力が無くなる」
手を開いたバシャンと水をこぼしてから、また手のひらで水を受け止める。
「そしてまた魔力が貯まる。この循環が早いから、ずっと魔法を使えてるような気がするだけ。実際はちゃんと魔力を使い切ってるから魔法が消えるし、器が小さいからすぐに貯まって、貯まった分で魔法が使えるってことなんだと思う」
水を止めて、そう締めくくった。
「じゅんかんが早い」
「そう。だから、連続しているように思えるけど、実際は一回一回で完結してるんだ」
「なんとなくわかった!」
「よかった」
ホッとした顔になった彼に、ポケットから取り出した飴を渡す。
「飴?」
「そう! いつも教えてくれるから、お礼」
昨日、ステータスで見た近所の犬のケガを飼い主のおばちゃんに伝えたら、お礼にくれたものだ。
「いいよ、知ってることしか教えてないし。ソレイユは飴、好きだよね?」
「すき! だけど、これはお礼だから、ライゼスにあげる」
「わかったよ、ありがとう」
引かない覚悟で突き出した飴を、受け取ってポケットに入れた彼に満足する。
「ねえねえ、魔力ってたくさん使った方が、たくさん使えるようになるんだよね?」
「あー、そうだね。魔力を使い切った方が、魔力の器が大きくなるって聞くかな。もしかして、ソレイユは、魔力の器を大きくしようと思ってる?」
「うん! 魔力の器を大きくしたら、ちゃんとした魔法が使えるようになるでしょ。ちびちゃんたちのミルクの瓶を綺麗にする魔法を覚えたら、お母さんやレベッカお姉ちゃんに、魔法をお願いしなくてもよくなるからね」
そう言うと、彼がそっと頭を撫でてくれた。
「基本的にいい子だよね、ソレイユは」
「基本? 応用のいい子もあるの?」
「……ないよ」
ワクワクして聞いたわたしに、彼は肩を落として答え、わたしの肩も下がる。
「そ、それよりも、僕にもソレイユの魔法を教えてくれないかい? 僕はまだ、魔法を使ったことがないから。ソレイユが魔法の先生になってよ」
「わたしがセンセイ? いいよ! じゃあ、あっちでやろう!」
彼の手を引いて、木陰に向かう。
「暗いほうが見やすいからね」
わたしが先生なのでちゃんと教えてあげなきゃいけない。
木陰の暗いところに彼と向かい合って座り、先生らしく胸を張る。
「では、魔法のおべんきょーをはじめます」
「んんっ! ……よろしくお願いします」
のどが詰まったように咳払いして、彼はちゃんと座り直す。
よくできましたと頷いてから、両手を合わせてみせる。
「まず、体の中を巡る魔力を感じます。んー、座ってたらやりにくから、ごろんします」
木陰にコロンと横になったわたしの横に、彼も横になる。
「目を閉じます。閉じた?」
「閉じたよ」
「よろしい。そうしたら、鼻からゆっくりと息を吸います。その時に、足の裏から力が入ってきて、おへその下、胸の真ん中、喉、眉毛の間、頭のてっぺんに流れていくのを感じるの」
言ってから、実際に息をゆっくりと吸い込む。
「で、てっぺんまできたら、今度は息をゆっくり口から吐きながら、頭のてっぺんから足に向かって力を流していくの」
ゆっくりと細く息を吐き出す。
「最初は力がうまく頭のてっぺんまでこないかもしれないけど、何回もやってたら、できるようになるからね」
「思ったより、本格的だね。わかった、やってみる」
彼もわたしのとなりで魔力を巡らせる深呼吸をはじめ、わたしも同じように深呼吸を繰り返した――
「おおい、お二人さん。こんなところで寝ていたら、風邪をひいちまいますよ」
「ふえ? あれ?」
呼びかけられて寝ぼけ眼で体を起こすと、近くには薄茶色の髪をした体格のいい見覚えのあるお兄さんが笑顔で立っていた。
「ゴエーさん?」
「そうですよ、ライゼス坊ちゃんの護衛のトリスタンです。はじめまして、ソレイユちゃん。ところで、お家のお手伝いは大丈夫かな?」
言われて慌てて、立ち上がる。
「だいじょばない! おこしてくれてありがとう! ライゼス、また明日ねー!」
「え? あ、うん、明日」
寝ぼけているライゼスを置いて一目散に家に帰り、お腹が空いたと訴えるちびちゃんたちに大急ぎでミルクをあげた。