閑話 ライゼス・ブラックウッド後編
!注意! 拷問、流血シーンあります
重い鉄製の扉を開けると、両手を縛られ轡を噛まされたピオネル・エンネスが椅子に座り、ナタリア・クロスは両手を縛られた状態で部屋の隅にうずくまっており、椅子が一脚倒れていた。
トリスタンから渡された黒革の手袋を手に嵌めながら、部屋の様子を見つつ奴の前に立つ。
轡を噛まされているので怒鳴れずに怒りに任せた荒い鼻息をさせているピオネル・エンネスは、僕を睨み付け座ったまま足を上下させ、床に踵を打ち付けて抗議してくる。
「轡を外してやれ」
トリスタンが轡を外したと同時に、ピオネル・エンネスはツバをまき散らしながら怒りの言葉を吐き出してきた。
喚く内容としては、男爵である自分にこんなことをしてもいいと思っているのか、自分の最良の日を邪魔するなんて許さない、ぶっ殺してやる、などだ。
最良の日というのは、レベッカ・ダイン嬢を妻として迎えることを指しているらしい。
「あの女はどうした、レベッカの妹とかいう女だ! ボクのあいじ――」
思わず、殴ってしまった。
身体強化をしたので、ピオネル・エンネスは壁まで吹っ飛んで嫌な音を立てる。
部屋の隅からくぐもった悲鳴が聞こえてそちらに目をやると、怯えきった目をしたナタリア・クロスと目が合った。轡もしているので舌を噛むこともないだろうと、ひと睨みだけして視線をピオネル・エンネスに戻す。
トリスタンが慌てて近づき奴の様子を見てから、ホッと息を吐き出してこちらを見る。
「ライゼス様、殺すのはまずいですよ。生かしておくという約束なんですから」
「そうだな。即死させてしまったら、治せるかも分からんしな」
トリスタンが引きずってきたピオネル・エンネスにヒーリングライトを当てながら反省する。
ライトの力は素晴らしく、ひしゃげた顔がみるみるうちに治っていく。
トリスタンがもう一度椅子に座らせて、軽く頬を叩いて目覚めさせた。
「ん……はっ……あれ?」
なにが起きたか分からずに困惑するピオネル・エンネスのとぼけた様子に安堵する。
「ピオネル・エンネス、お前はダイン家の人間を人質に、レベッカ・ダインを誘拐しようとしたのは間違いないか」
できるだけ穏やかに、声を掛ける。
「違うね。ボクはレベッカと将来を約束していたんだ。今日やっと迎えに来られたっていうのに、なんでこんな」
「レベッカ・ダインは既に他の者と結婚している」
「はあ? そんなわけはない、それに、結婚してるからどうだというんだ? ボクは領主の息子だぞ」
意味が分からないことを言う男に、トリスタンと視線を交わす。
「エンネス男爵家はマルベロースの代官ではありますが。もしかして、代官と領主の違いをご存じないのか?」
トリスタンが確認するように問うと、ピオネル・エンネスは怪訝な顔をする。
これは、本当に分かっていないようだ。
「代官は、領主に任命されて、領主の代わりとなり各地を治める者を指します。あなたの父であるエンネス男爵はその代官に当たるのを、ご存じなかったのですか? コノツエン学園はご卒業されていますよね?」
重ねて確かめるトリスタンに、ピオネル・エンネスはバカにされたと思ったらしく、顔を赤くしてまた怒鳴り散らす。
あんなところ行く価値もないだとか、貴族というのは民の上に立ち支配するものだからなにをしてもいいんだだとか、学園で学んだ者にはあり得ない暴言が飛び出す。
ダンスの教師だった女もそうだが、どうして一定数こういう人間が出てくるのだろう。
貴族には確かに権利も存在するが、それ以上に義務は厳しく法によって縛られているというのに。
「君のような馬鹿が、同じ学び舎を卒業したことが心底恥ずかしいな」
身体強化はしないまま、男の頬を殴りつける。
「あがっ! あっ、あ、あ……」
歯を食いしばらなかったのか、奥歯が数本ダメになったようだ。
口から血を流し、意味のない言葉をこぼしている。
まだ治さなくても持ちそうだ。
「お前がソレイユ・ダインに使った魔道具はどこから入手した」
「……お、教えるわけ、ないっ」
僕にツバを吐きたかったようだが、前歯も折れていたようで、ただ自分の膝にツバを垂らした。
「一応確認しますが、あの魔道具が、使用も所有も罪になることはご存じですか」
トリスタンの言葉を男は鼻で笑う。
「そんなのは、平民だけだ。貴族には、該当しないんだ――ごふっ」
あまりに馬鹿な言い草に、逆の頬も殴ってしまったところ、あっさりと気絶してしまった。
「こいつはなぜ防御もせずに拳を受けるんだ?」
訳が分からなくて、トリスタンに視線を向ける。
両手を縛られているとはいえ、魔法が使えないわけではない。
身体強化をすれば殴られる衝撃を耐えられるものなのに、どうしてそれをしないのだろう。
「普通の貴族ならば、多少の拷問には耐えられるように訓練するものだろう」
「ライゼス様、昨今は平和なので、爵位の低い貴族で、そこまでの訓練をする家は少ないようですよ。学園でも、その辺は各家庭に任せる範囲ですし」
トリスタンの言葉に驚く。
僕は幼少期に魔力暴走があったから、領都に戻ってから訓練を受けていたので、あれは貴族としての必須なのだと思っていた。
「このような馬鹿が同じ貴族だと思うと、本当に嘆かわしいな」
僕の言葉に、トリスタンが頷く。
「そうですね。本来であれば、学園での成績があまりに低いなどする場合、貴族家が配慮して、貴族籍から名を抜くものですが。このような者でも残すのは、親心なんでしょうか」
言いながら、トリスタンは取り出した気付け薬をピオネル・エンネスに嗅がせる。
「う……ううっ」
キツい匂いに呻き、意識を取り戻しかけた男の前髪を掴み、強制的に目覚めさせる。
「くだらん。貴族とは相応の責任を負うことを覚悟した人間でなければならない。そんなこともたたき込めないで、甘やかすだけ……それがこの結果だ」
掴んだ前髪を引きちぎれば、ピオネル・エンネスは「ぎゃあ」と悲鳴を上げた。
整髪料でべたつく髪を捨て汚れた革手袋をピオネル・エンネスの上着で拭う。
「まあ、コイツの父親も、碌な者ではなかったが。先代は今頃、草葉の陰で涙してることだろうな」
「ち……父上の、悪口を言うな……っ」
言ったピオネル・エンネスの頭上に、拳を落とす。
ゴスッといい音はしたが、ちゃんと手加減ができたので気を失うことはなかった。
「お前は、散々他人を貶してきただろうに、よくもそんなことを言えたものだな。他人の尊厳を踏みにじり、他人の痛みを快楽としてきたこと、許されると思うな」
内ポケットから取り出した細身のナイフを、ピオネル・エンネスの眼前に出してからゆっくりとその太ももに突き刺す。
耳を覆いたくなる恐怖の悲鳴が、ピオネル・エンネスの口から絶え間なく発せられる。
トリスタンが後ろから羽交い締めにしているので、椅子から逃げることも叶わない。
足に数カ所そうやって穴を開けてから、ナイフの血をピオネルの上着で拭う。
「さて、そろそろ、口も軽くなったころかな」
目を見開き顔中の穴という穴から汁を垂らし、意味を成さない母音を発するだけのピオネル・エンネスに、ヒーリングライトを当てて傷をすべて癒やす。
「ほら、もう痛くないだろう? 治せば、何度でも刺すことができる、素晴らしい能力だと思うだろ」
視線をやった部屋の隅で、両手で耳を押さえ体を丸めている女の元にゆっくりと近づく。
僕が近づくのに気づいた女は、腰を抜かし失禁した。
「おまえ、僕のソレイユを、碌でもないことに使おうとしたね」
「申し訳ございませんっ、申し訳ございませんっ」
この状態でも口がきけるのか、まだ恐怖が足りないようだ。
「僕のソレイユを、金儲けの道具にしようとしただろ? どうして、この力のことを知ったのか教えてくれるかな」
「ひっ、そ、それは、ソ、ソレイユ、様が、あた、あたしの顔にあった醜い古傷を治してくださったからです」
熊の一撃亭の女将にいい思い出のないソレイユなのに、わざわざ傷を治すなんてね。
なにがあったのかはわからないけれど、目を離すと本当になにをするかわからないな。
「へえ、それで彼女が古傷を治せることを知ったんだね。そして、そんな恩のある彼女を食い物にしようとした。随分と酷い人だね。僕は、あなたのことを許せそうにないよ」
「く、食い物になんて……っ、そ、そ、そんなつもりはっ」
裏返る声で言い募る女に、ナイフの切っ先を向ける。
「ピオネル・エンネスが終われば、次はおまえだ。おとなしく待っているといい」
「ひ……っ!」
白目を剥いて倒れた女の頭上から、魔法で出した水を落として気絶を許さない。
「うっ、うううっ」
「しっかりと見ていろ。次に気を失えば、その時は指を切り落とす」
「ひぃっ」
ガタガタと震えながらも身を起こした女に背を向けて、朦朧としているピオネル・エンネスの前に立つ。
ゆらゆらと頭を揺らしている男は、どうやら血が抜けすぎて貧血になっているようだ。
椅子の下の血溜まりは思ったよりも量が多かったらしい、少々目測を誤ったか。ヒーリングライトの効果を試す好機なので、まだまだ死んでもらっては困るのに。
傷を塞ぐだけでなく血液を増やす効果を付けて、ヒーリングライトを当てる。
白かった顔色に赤味が差し、目の焦点も合ったところで回復を止める。ああ、意のままに回復させることが出来るこの能力は、本当に素晴らしい。
「頭がはっきりしてきたか。君には正気のまま、僕の怒りを受け止めて欲しいんだ――僕のソレイユを傷つけたことを、しっかりと後悔してもらわないといけないからね」
手にしていたナイフを振ると、一際大きな悲鳴があがった。
* * *
ピオネル・エンネスがヒーリングライトを掛けても反応を示さなくなったのを確認し、ナタリア・クロスについてもしっかりと理解させることができたので、トリスタンを伴って拷……尋問部屋を出た。
「ライゼス様のお陰で、こちらの尋問は手応えなく終わってしまいましたよ」
あの人数を一人で尋問したアレクシスが、不満げな表情でドアの外で待っていた。
早く終わったと言う割には、拳には血痕が残り、血の臭いが強く付いており、彼が使っていた部屋からは男たちのうめき声が聞こえている。
彼から臭う血なまぐささを指摘するとバツの悪そうな顔になった。
「ああ、臭いますか、綺麗にする魔法は苦手なんだけどな。このままだと、妻に怒られそうだ」
『妻』と言える誇らしさを見せるアレクシスに、トリスタンが魔法を掛けて綺麗にする。
「ご結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます。本当は半年ほど婚約期間を設けていたのですが、必要なくなってしまいました。彼女の安全が第一なので、後悔はないのですが。折角だから、派手にお祝いしたかったんですけどね」
並んで階段を上がりながら、アレクシスの話を聞き提案する。
「相談なんですが、次の学園の長期休暇に合わせて、パーティをしていただけませんか。新年になるのですが」
「新年、ということは半年後ですか。なるほど、今から準備をするのには、丁度いいか……ふむ」
好感触を感じながら詰め所に通じるドアを開けた。
「おはようございますっ」
詰め所の中にいた数名の自警団の団員が、直立不動で出迎える。
「お疲れさまでしたっ!」
自警団のトップが、僕たちに頭を下げる。
これは、あれか……下の声を聞いたのかもしれないな、尋問室に続くドアを開けることを禁じていたわけではないし。
「うわぁ、夜が明けちまってるよ」
窓の外を見たアレクシスが乾いた笑いをこぼしている。
自警団に尋問した人間から聞き出した内容などを伝え、領主代理として処遇について話し合い、ピオネル・エンネスは僕がマルベロースの町に連れて行くことになった。
あちらではロウエンにエンネス男爵を取り押さえさせているので、こちらからピオネル・エンネスを連れて行くのが手っ取り早く、領主代理の権利を持つ僕が行かないわけにはいかないというのはわかるのだが。
折角両思いになったソレイユとすぐに離れなくてはいけないなど、どうにも腹立たしくてたまらない。
こんな早朝にダイン家を訪問するわけにもいかず、後ろ髪を引かれながらルヴェデュの町を出て、アレクシスにソレイユへの伝言を託し、一路マルベロースの町に向かった。
折角両思いになったのにね……。




