25.復活
すっかり全快したわたしは、ライゼスのエスコートで馬車から降りた。
ヒーリングライトの威力は本当に素晴らしいよねっ!
熱に伴う諸症状も回復してヘロヘロだった体力も復活したし、色々あって、かつてないほど気力も充実している。気力も体力も百二十パーセントだ!
「ソレイユ嬢、なんだかいつも以上に元気ですねえ。ライゼス様、アレをやり過ぎたのでは?」
トリスタンがコソコソとライゼスに声を掛けている。
ヒーリングライトは確かに素晴らしいけれど、それだけじゃ気力は充実しないのだよ。
「強いて言うなら、わたしがこんなに元気なのはライゼスのせいです」
びしっと指摘すれば、トリスタンは怪訝な顔をし、ライゼスは遠くを見ている。
視線を戻したライゼスは、ひとつ咳払いをした。
「確かに、僕のせいだ。それで、トリスタン、状況は」
「はっ。下手人達は祭の邪魔にならないように速やかに、自警団の詰め所の拘置施設に詰め込んでおります。ピオネル・エンネスについては、主犯ですので独房に。ナタリア・クロスについても、一応配慮し、監視付きで個室に監禁してあります。祭の方は、一時的に中断しましたが、既に再開しておりますのでご安心ください」
確かに中央の広場からの軽快な音楽が聞こえる。
ピオネルが騒がせたりナタリアが宙に舞ったりしたのに、ちゃんと再開したの凄いな。トリスタンの手腕なのかな。
「ピオネル・エンネスに連れられて抜けたままだと外聞が悪いから、ソレイユは戻るといい。僕は――」
「ライゼス様もソレイユ嬢と一緒に戻ってください。そうすれば、周囲の人間が納得します」
トリスタンの言葉に、ライゼスはすぐに納得した。
なぜライゼスが一緒だと、周りが納得するんだろう?
「僕が、ピオネル・エンネスからソレイユを奪還したんだと、僕たちを知ってる人はすぐに気づいてくれるからだよ。僕は、昔からソレイユに粉を掛ける男子を牽制していたからね、またか、と理解してくれるはずだよ」
え? 牽制? またか?
「ソレイユ嬢も、折角コンテストに出場しているのですから」
トリスタンに指摘されて、肩から斜めに掛けているタスキの存在を思い出した。
「そういえば、母から、ダイン家の看板を背負っているという自覚を持って、出場しなさいって釘を刺されてたんだった……」
母が微笑んで仁王立ちしている姿が脳裏に浮かぶ。怖い。
「早く会場に戻った方がよさそうだね」
「そうですね。ソレイユ嬢、健闘を祈ります」
ライゼスから急かされ、トリスタンにも真顔で応援されてしまった。
やっぱり、このままフェードアウトは許されない。
ミス・ルヴェデュで一矢報いなければならないのだ。
「頑張ります」
決意して強く頷いた。
「今日のソレイユは、いつにも増して綺麗だから、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
ライゼスが差し出してくれた手に手を乗せる。
「そりゃ、レベッカ姉さんが化粧を……ああっ! ライゼスッ、化粧落ちてない!?」
慌てて彼に顔を向けてチェックをお願いする。
「え、化粧が、落ち……ええと、うん、大丈夫、だと思うよ」
少しだけ赤くなり、目を逸らす彼に首を傾げる。
ちゃんと確認してくれた?
「熱が出たときに、汗が大量に出たから、化粧も落ちちゃったかと思ったけど、大丈夫でよかった」
「えっ? ああ、汗か」
汗以外に何だと……あ。
思い至って、ライゼスから顔を背ける。
「ソレイユ、化粧も口紅も、大丈夫だよ」
赤面から復活したライゼスに小声で伝えられる。
「だっ、誰のせいだとっ」
「僕のせいだね、ごめんね。でも本当に、口紅も落ちてないし、化粧も崩れていないよ」
「もしかしたら、レベッカ姉さんが、化粧崩れしない魔法でも掛けてくれたのかも」
美容については、わたしよりも精密な魔法ができる長女なので、あり得るんだよね。
「お二人さん。急がないと、ミス・ルヴェデュのコンテストが終わってしまいますよ」
トリスタンに急かされてライゼスと一緒に広場に向かった。
ライゼスのエスコートで広場に戻ったら、同い年くらいの見知った顔ぶれがチラホラこちらを気にしているのに気づいた。
そして、わたしをエスコートしているのがライゼスだとわかると、ホッとした顔や、驚いたような顔、そして納得したような顔になった。その上で、怯えているみたいにこちらに近づいてこないのだ。
なるほど?
ライゼスが男子を牽制していたというのは、あながち冗談ではないのかもしれない。
「ソレイユ、折角だから踊ろうか」
誘ってくれるライゼスに頷いて、彼に導かれるままダンスの輪の中央に進む。
この時間になると、タスキを掛けたコンテストの参加者は、大体この場に集まっている。
女の子たちが華やかに着飾り、笑顔でダンスを踊る。
学園でのダンスとは違い、軽快な音楽で、何のルールもなく体を動かせばいいので、みんなてんでんに楽しく踊るのだ。
わたしも学園でのダンスなんか忘れて、ライゼスと手を繋いで、くるくる回ったり、敢えてダンスのステップを入れたりして楽しむ。
「ピオネルとのダンスでは、足を踏まれないようにするので精一杯だったな。一回くらい踏み返せばよかったかも」
「足を?」
苦笑いしたわたしに、ライゼスが怪訝な声を掛ける。
「人が痛がるのを見るのが好きなんだって。趣味が悪いよね」
わたしの説明に、ライゼスの赤い目がキラリと光った。
「へえ、それは随分な趣味だね。ソレイユ、足を踏まれたの?」
「二回だったかな? あとはなんとか、華麗な足さばきで逃げ切ったんだよ」
シャッシャと足を素早く動かしてどう逃げたか見せて、ドヤ顔を向ける。
「流石ソレイユだね。でも、二回も踏むなんて――許せないな」
ライゼスってば、笑顔なのに怖いね。
「ライゼスのライトで、もうすっかり治ったから。ありがとう」
笑顔でお礼を言えば「どういたしまして」という言葉と共に、さらりと頬にキスをされた。
焦って周囲をざっと見たが、誰も気にしている様子はなかった。
一瞬だったから、見られずに済んだみたいでよかった!
「ライゼス、人前でキスはよくないよね」
「いままで我慢していたのが、ようやく解禁されたからね。これからは遠慮をしないでおこうと思うんだ」
解禁、されたの? 相思相愛――うん、相思相愛になったから、解禁でいい……わけないよねっ!
「ライゼス、あのね、こ、こ、恋人同士になっても、時と場所はちゃんと配慮しないとダメだと思いますっ」
恋人同士、と言うのが恥ずかしくて声が小さくなったけれど、この距離だから伝わったと思う。
手を繋いでテンポよく適当なステップを踏んで踊りながら、彼は破顔する。
「そうだね、配慮は必要だったね。ソレイユの、こんな可愛い顔を他の人間に見せるのは勿体ない」
熱さを自覚する頬を撫でられ、片手を上げてくるりとターンをさせられたところで、演奏が止まりいよいよミス・ルヴェデュのコンテストがはじまる。
結果は堂々の第三位!
ユキマル予想だと一位だったのになあ。やっぱり首を傾げていたからかな。
ピオネルのせいでドタバタしていたので、選外だと思っていたからビックリした。
表彰の舞台で、しっかりダイン印のチーズとバターとクッキーを宣伝してきたよ! 大事な目的のひとつだからね!
今日は屋台を壊されて商売にならなかったけれど、明日はしっかり巻き返すんだ。
「ソレイユは、逞しくて素敵だね」
ダイン印の加工食品の宣伝を立派にやり終えて、舞台の裏手に戻るとライゼスに褒められた。
ピオネルの手下の襲撃で、家族の誰も見に来られなかったのが悔しいな。
だけど、表彰が終わってライゼスの馬車で家に帰ると、我が家を襲撃した男たちが縄で縛られ、我が家で使っている幌の無い荷馬車にギュウギュウ詰めで乗せられているところだった。
一人か二人だと思ってたのに、十人以上居て驚いた。
「ウチの旦那様は、強いのよ」
長女が誇らしげに言ったが、その横で三男がタネ明かしする。
「エラも手伝ってくれたから、すぐに捕まったんだ」
「エラ・シルヴァーナ様は植物を操れるから、草で足止めをしてくれたようだよ」
「森から襲撃するなんて、馬鹿だよね」
父と三男の説明に納得する。
襲撃者の人数もエラが教えてくれて、取り逃しがないのを確認した上で、お昼の時に三女と三男がわたしへの報告に来てくれていたらしい。
なにがあったのか、長男やアレクシスから聞き取りをしたライゼスが、怖い笑顔になっていた。
そして聞き取りを終えると、ライゼスはアレクシスと共に、襲撃者を連れて町に戻ってしまった。
もう少し一緒に居たかったな、なんて思って見送っていると、ツンツンと袖を引かれた。
「ソレイユ姉さん、明日の分のバターとチーズ、クッキーを作るのに使っちゃったから、追加で作るの、よろしくね!」
三女が眩しい笑顔で、無茶振りをしてくる。
え? 今日は近所の人が、直接買いに来てくれて、もう在庫がない?
「わたしも、コンテストの表彰式で、宣伝してきちゃったよ……」
「え!? まさか本当に一位獲ったのか!」
「三位」
失礼なほどに驚く二男に素直に答えると、微妙な顔をされた。
表彰台に乗れるだけでも凄いはずなのに、身内に優勝常連がいるとこれだもんなあ。
ピオネル・エンネスやナタリア・クロス、そしてミス・ルヴェデュのコンテストなど、盛りだくさんの一日だったのに加えて、帰宅後はバターとチーズの製造機としてフル稼働することになったのだった。
ヒーリングライトがあって、本当によかった……っ!!
皆さまお察しの通り、次はライゼスのターン٩(`・ω・´)و