21.ダンス
綺麗な青色のワンピースに身を包み、長男カシューに付き添ってもらって、朝一番に本部のテントに向かい、ミス・ルヴェデュコンテストの参加受付をする。
長女が急遽出られなくなったので二女のわたしが出ますと伝えても、受付の人は多少残念がっていたもののあっさりと了解してくれた。
レベッカ・ダインは、今回もコンテストの目玉だったのにごめんね! それもこれも、レベッカを狙っているであろう男爵子息が悪いんだよ。
勿論、なにもしてこない可能性もあるんだけれど……。
実はね、昨夜の家族会議の後にユキマル占いをしてみたんだよね、名前の通りユキマルの反応を見て占うというものだ、わたしが考案した。ユキマルの幸運力にあやかりたかったのですよ。
ユキマルに、「明日のミス・ルヴェデュで何も起きないなら一回、何か起こるのなら三回吠えて」と聞いてみたんだよね。
予想通りむうむうむうと三回鳴いたので、何か起こるのは間違いないハズだ!
その後で、二男が「ソレイユがコンテストで一位を取るかどうか」という質問には、「むう?」と鳴いて可愛らしく首を傾げたので、二男と長男が疑惑の目を向けてきた。いや、一回は一回だよね、折角だから一位を目指すよ!
「今年の注意事項に目を通しておいてくださいね。毎年変わっているので、思わぬ所で失格にならないように気をつけてください」
「ありがとうございます」
受付の人が五番と書かれたタスキを渡しながら教えてくれたので、微笑んでお礼を伝える。
本部テントの掲示板に貼られている注意事項には、金品等での票の買収の禁止、過度な接触の禁止、露出過多な服装の禁止、既婚者の出場の禁止、十五歳以下の出場の禁止、飲酒の禁止、幻惑魔法の禁止などがあった。
幻惑魔法……外見を幻惑で作り出した人がいたってことかな? えええ、それって凄く気になるー!
色々と禁止事項があるのは、年頃の乙女にとってかなり箔が付くから、多少無茶をしても賞を取りたい人も出てきちゃうっていう事情があるらしいんだよね。
良いところに嫁ぐっていうのは、我が家の長女も狙っていたけれど。悪いことをしてまで、賞を獲りたい人もいるんだねえ。
日中は町の広場の真ん中で音楽が奏でられ、みんな自由に踊れるようになっているので、ここでアピールできるのだ。ダンスで手を繋ぐのは、禁止されてないからね。
年頃の乙女が綺麗に着飾り笑顔でダンスをすれば、祭りも盛り上がるんだから、一石二鳥のイベントだと思う。
そして夕方に投票がはじまる。
ステージにカゴを持った乙女が並び、町の人がそこに花を入れていき、一番多く花をもらった人が優勝となる。
花は一人一本まで、入れる花の種類は運営に指定されている。
なんだかんだいって、どの乙女もかなりの身内票が入るし、あまり少ないと運営が同情票を仕込んでくれるので、悲しいことにはならないようになっている。
票が僅差の時は、ちゃんと花の数が数えられて勝敗が決められるが、ぱっと見でわかる場合は数えることなく勝敗が決まってしまう。
そんなアバウトなコンテストなのである。
渡された太いタスキを斜めに掛けて、受付を離れた。
この派手なタスキ、遠くからでもミス・ルヴェデュコンテスト参加者だってわかるからちょっと恥ずかしいな。
「よし、ちゃんと受付できたみたいだな。一度店に行って、バンディたちと合流するぞ」
テントの外で待っていた長兄の言葉に頷く。
今頃はもう、長女とアレクシスは一緒に婚姻の届けを出し終わっているハズだ。アレクシスがいれば、物理的に問題はないだろう。
二男と三女と三男が今日は店番をしているので、わたしと長兄は昨日と同じ場所に向かった。
「今晩こそ、チーズとバターを作らなきゃね。ティリスも午後から家に戻って、クッキー作りをする予定だし」
屋台を視線で追いながら、隣を歩く長兄に話し掛けると、咳払いされてしまった。
「……喋らない、ってのはどうなったんだ」
低い声で呟かれ背筋を伸ばし、口の前に指を立てて長兄に頷いて見せた。
長兄が頭が痛そうな顔で溜め息を吐いてる、まだまだ人も少ないから大丈夫だろうに……っていうのは甘いか。ちゃんと口を閉じておこう。
そしてダイン家の売り場にたどり着いたわたしたちの目の前にあるのは、無残に破壊された出店だった。
テーブルも、テントも、全部バキバキに壊されている。辛うじて、値段の書いてある板だけが無事だ。
「随分派手にやられたな」
悄然と片付けている三人に、長兄が声を掛けた。
顔を上げた三男がホッとした顔になる。
「カシュー兄さん。直せるかな、これ」
折れた支柱や、天板の割られたテーブルを見下ろして聞いてくる。
「これじゃ、お店が開けないよね……」
涙ぐんで悔しそう呟いた三女ティリスを、わたしはそっと抱きしめる。
三女はとても気合いを入れて、折角カワイイ服も着てエプロンも付けて準備万端で来たのに。
どこのどいつが、こんなことをしやがったんだろう。
奥歯をギリギリさせているわたしたちに、近くの屋台のおじさんやおばさんが近づいてきた。
「俺たちが来たときは、もうこの有様だったんだ」
状況を教えてくれる。
「きっと、昨日の晩にやられたんだと思う」
「ダインさんのお店、繁盛していたから、やっかんだ人が居たのかもしれないわ」
口々に推測を話してくれて、そしてだんだんと不穏な話になっていく。
「あの女じゃねえか」
「熊の一撃亭の?」
「きっとそうだわ、仲間みたいな男もいたから、きっとそいつにやらせたのよ」
うううむ、無きにしも非ず。
そんなことないよ、とは言い切れないんだよね。
チラッとわたしも考えた。男爵子息の息の掛かった女将が、あの男たちをけしかけてこんなことをしたんじゃないかって。
熊の一撃亭の女将が犯人だと決めて盛り上がる人たちに、長兄が待ったを掛ける。
「実際に見たわけじゃないし、憶測で言うのは止めたほうがいい。もし違ったときが、大変だから」
淡々とした長男の言葉に、大人たちがちょっと気まずそうな顔をして、それもそうだなと口を噤む。
みんな素直で良い人たちだ。一人ぐらい、アイツで間違いないと決めつける人がいてもおかしくないのにな。
「犯人捜しをするまえに、この屋台をどうしたもんかな」
「カシュー兄さんでも、直せない?」
「道具がありゃあ、ある程度は直せるが。それにしたって、時間が掛かる。しくじったな、壊れにくくする魔法を掛けておけば、少しはましだったかもしれないのに」
柱を折られ、天幕は破かれている。直さずに使える部品なんてなかった。
「よし、わかった。今日は一日修理に充てて、営業は明日から再開する」
長兄の鶴の一声だった。
一番盛況な二日目を捨てるとあっさり決めた長兄に、心配そうな視線が集まる。
「そもそも、商品だって三日通して売る分じゃ足りなかっただろ。今日帰ってから作り足すにしても、間に合わない。それなら、今日を休みにして明日の分に回してもいいと思うんだ」
長兄の提案をわたしは納得できたけど、三女は悔しそうなままだ。
でも、昨日売れすぎて、今日の分の在庫を回したから、三日目に売る分が足りない……というか、無いのは本当なんだよね。
昨日帰ってから追加で作る予定ではあったけど、三女は疲れて爆睡だし、わたしは今日ミス・ルヴェデュに出ることになってチーズを作るどころではなくなったから。
「わかった。オレが運営に説明してくる」
二男が運営まで走る。
「ここで修理はできないから、一旦持ち帰るか……」
コレを運ぶのかとうんざりした表情の長兄を、三男が背中を叩いて励ます。
「お客が多くなる前に運び出すか。とにかく、荷車に載せられるだけ載せよう」
長兄が身体強化の魔法で、荷車に軽々と荷物を載せていく。
わたしも反重力の魔法で浮かせて、荷物を載せる。
隣の出店のおばちゃんも荷車を貸してくれて、二つの荷車に荷物満載だ。
戻ってきた二男も手伝って荷崩れしないように縄で固定して、長男と二男が荷車を引いていく。
長男はわたしの護衛の予定だったが、そんなことは言ってられないもんね。
長男の計らいで、三女と三男は午前中家の仕事も休みにして祭を楽しむことになったけれど、三女の表情は晴れない。
「お姉ちゃん……明日は、大丈夫だよね?」
不安そうな三女を抱きしめて、安心させるように背中を撫でる。
抱きしめた三女の頭が顎の下にある、随分大きくなったねえ。
「大丈夫。出店なら兄さんたちが、あっという間に直してくれるし、明日は今日の分も売れるわ。だから、今日はもう悩まずに、楽しみましょう。お小遣いをあげるから、ディーゴと出店を見てくるといいわ」
周囲の耳目を気にして、三女にだけ聞こえるように囁くと、三女ははにかむように笑う。
「あ、その前に、今日は休みますって書いておかなきゃ」
辛うじて破壊を免れた値段を書いてある板だ。
あれかなあ、字が消えないように掛けてあった保護の魔法が、板を守ってくれたのかな。
あの魔法で防御できるなら、出店全体に掛けておけばよかった。もしかすると、長兄の言っていた壊れにくくする魔法と同じ効果なのかもしれない。
板に掛けてあった保護の魔法を解除して、綺麗にする魔法で文字を消してから、『お店を壊されたため本日は休業いたします ダイン』と精一杯丁寧に書いた。
後ろに木切れをつっかえ棒にして地面に立てておく。
「どうしてこんな酷いことできるんだろう……」
三男がぽつりとこぼす。
大人の悪意に、子どもは簡単に打ちのめされちゃうよね。
わたしはお姉さんだし、なけなしの前世があるから、多少気持ちに余裕がある。
「考えても答えの出ないことを考えるのは、おしまい。それよりも、今日は目いっぱいお祭りを楽しむ日にしましょう」
そう言って二人にお小遣いを渡し、少し元気になって歩き出す双子を見送る。
帰ってくるときに、ライゼスたちとダンジョンに潜ってなければ無かったお金なので、ダンジョンに行こうと言ってくれた彼には感謝だ。
領都でも豊穣祭は同じ時期にやってるはずなので、彼もあっちでお祭りを楽しんでいるかな? それとも、領主様の息子だから色々忙しくしているかも。
なんだか最近は妙にライゼスのことを思い出す。
ひと月近く会ってないからか、それとも彼の髪色の服を着ているからだろうか。
さて、わたしも頑張らなくちゃな。
ちょっと曲がっていたタスキを整えて、顔を上げる。
例年十五人前後が出場しているらしいミス・ルヴェデュは、今年は十八人と少し多いらしい。
町を歩いていると「レベッカさん」とか、タスキの番号で「五番さん」とか声を掛けられるので、笑顔で手を振る。
やっぱり、わたしと長女は似てるんだね、「ソレイユ」とは一度も呼ばれない。
……少し微妙な気分だなあ。
町を行く人通りも増えてきて、公園の中央では楽団の演奏がはじまった。
お祭りでのダンスは、みんなで輪になってステップを踏んでくるくると回ったり、輪の中や外でペアで踊ったりと様々だ。
おめかしをした女の子のスカートがふわりと広がり、小気味よい靴の音、打ち鳴らされる手の音がリズムになって、音楽に彩りを添える。
男子と女子で列になり、逆回りで次々に相手を変えていく。
わたしと同じように番号の入ったタスキを掛けた女の子も、みんな輪に加わって踊っている。
「お姉ちゃん」
気がつけば、隣に三女が入って一緒に踊っていた。相手は三男で、双子だからかとても息が合っている。
順番が回り、次にわたしが三男の相手になった。
手を取り、くるりと回る。
「アレクシスさんと姉ちゃん、朝一番に届を出せたってさ」
周りに聞かれないように、近づいたときにこっそりと報告してくれる。
届は必ず本人二人でしなければならないらしいので、長女たちは目立たないように役所に行って手続きをおこなったはずだ。
「あとは半日ね」
半日、時間を稼げばいい。
余裕をみるなら、夕方までと考えればいいだろう。
今日は一日中ここで音楽が鳴ってダンスをやっているから、体力が続く限り踊っておけばいいよね。
一人でふらふら歩き回るなって長兄から言われてるし、母からは口を開いたら被った猫が剥がれるからお喋りは厳禁って言われてるから、わたしには踊る以外にやれることがないのだ。
体力の続く限り、踊り続けてやるぞ!