表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

82/107

20.朝の支度

 早朝から長女レベッカに叩き起こされ、母が朝の支度をはじめる前のキッチンの一角に陣取り、入念に綺麗にする魔法を掛けられる。


「ま、まだ、早いんじゃないかな……」

「時間に余裕を持って行動することが、態度の余裕にもなるのよ」

 わたしのオレンジ色の髪を掻き上げながら、根元から綺麗になる魔法を掛けてくれる。


 産毛を剃り、眉の形を整える。

 ついでに髪も綺麗にカットしてくれた。

 わたしも思いついて、円筒を探してそれに熱を加えて両サイドの髪を巻き付け、カールさせてみる。


「……面白いわね。もしかして、貴族のお友達がこういうの使ってるの?」

「ううん、友達は真っ黒で真っ直ぐな髪だから使ってないよ」

 前世の知識であることは、大っぴらにはできないので、誤魔化して伝える。


「オブディティ様だったかしら?」

「うんそう! 面白い人なんだよ、くじ運が悪くてね、冒険者登録でくじを引いて試験内容が決まるんだけど、毎回苦手なのを引いちゃうから、三回も落ちちゃってるんだ」


「……あなた、まさかとは思うけれど。無理矢理、冒険者登録させようとしてないわよね?」

 長女の疑問を慌てて否定する。


「流石にそんなことはしないよ。ちょっと、強めにお勧めしたくらいで」

「ソレイユ、あなたねえ、貴族のご令嬢を冒険者に誘うのはやめなさい。万が一のことがあったらどうするの」

 眉を怒らせる長女に、慌てて弁解する。

「安全な所しか行かないし、ライゼスも一緒だから大丈夫だよっ」

「そのライゼス様頼りなところ、少し改めた方がいいわよ」


 溜め息交じりの長女の言葉に、ちょっと思うところがあって頷く。


「やっぱり、そうだよね……。ライゼスを頼りすぎたら、学園を卒業してバラバラになったときに大変だよね」


 ライゼスの居なかった四年間を思い出したけれど、あの頃は四年後に学園で再会できると解っていたから、そんなに大変でもなかったかな。

 でも今後、学園を卒業してしまえば、ライゼスは貴族として、わたしは農家の娘としての人生がはじまるんだ。


 まるっきり別々の道。


 たまに会うことはできるかもしれないけれど、今のように気安くなんてできないだろうし、彼は領都で、わたしはこのルヴェデュの町だから距離的にも遠い。


「わたしも、レベッカ姉さんくらいの歳になったら、誰かと結婚するのかな」

 肩を落として呟くと、髪をアップにしてくれていた長女が、動揺して持っていた櫛を落とした。

「な、な、なに言ってるのよ。カシュー兄さんだって結婚してないんだから、ソレイユはまだ結婚なんて考えなくてもいいのよ」


「レベッカ姉さんみたいに、旦那さんが理解してくれて、ウチの仕事を続けられたらいいのにな。姉さんは良い人を自分で見つけたけど、わたしは無理そうだから、誰かに紹介してもらってお見合い結婚になるのかなあ。そうなると、やっぱり酪農家の息子だよね」

 恋愛結婚に憧れはないから、それでもいいけど。


「ちょ、ちょっと待ちなさいっ、勝手に暴走しちゃダメよ! ま、まずは学園を卒業することよ。ちゃんと成績を出していないと、留年してしまうんでしょ?」

 焦るように言う長女に、頷いて肯定する。


「うん、そうだよ。でも、ライゼスも友達も、先輩も、みんな勉強を見てくれるから、わたし結構成績優秀なほうなんだ」

 だから、留年はないと胸を張る。

 ダンスのように、どうしても苦手な科目はあるけれど、赤点は回避できているから大丈夫。


「そうなの? そういえば、私が教えていた時も、あなた要領よく勉強を覚えていたものね。さ、服を着替えてから、化粧をしましょう」

 長女に指示されて、ライゼスの髪と似てる青色のワンピースを着た。


「わあ! サイズがぴったり!」

「制服を作ったときと、サイズが変わってなくてよかったわ」

「もう身長も止まっちゃったみたいなんだよね」

 低い方ではないけれど、もう少しあってもよかったかも。


「あら? ソレイユ、ブレスレットなんて着けていたのね」

 長女が目敏く左手首に着けている細いチェーンに赤い石の付いたブレスレットに気づいた。

 あまりにもいつも着けているので、気にならなかった。


「うん、ライゼスにもらったんだ。このチェーンを切ったら、ライゼスに危険が伝わるんだって」

 わたしの言葉に、長女が聖母のような微笑みを浮かべる。


「そうなの。それは心強いわね」

 長女の言葉に強く頷いた。


 イスに座り、服を汚さないように首にスカーフを巻いたところで、熊の一撃亭の女将の頬にあった引き攣れた傷跡を思い出した。男爵子息からのDVで付けられた酷い傷だった。

 一体どんな最低男なのか見て見たい気もするけど、目に入れるのも嫌な気もする。

 咄嗟のことだったけど、あの傷を治した自分を褒めたい。

 いくら悪い人だといってもあんな傷はない方がいいだろう。

 転売をする嫌な人だけど、それだってDV男の指示だったかもしれないわけだし。

 もっとしっかりステータスを見ておけばよかっただろうか、望めばもっと詳しいことも見えたはずだから。


「なにぼんやりしてるの、できたわよ」

 あっという間に化粧を終わらせてくれた長女が、手鏡を渡してくれた。


「レベッカ姉さんに似てる!」

 思わず長女と鏡に映る自分を見比べてしまった。


「土台が似てるから、化粧で似せるのも簡単だったわ」

 そうこうしているうちに、母と父が起きてきて、長女と並ぶわたしを見て褒めてくれる。

「よく似ているねえ」

「本当だわ、こんなにそっくりだとは思わなかったわ」


 長女の髪色はわたしよりも赤くて目は青色だから、オレンジ色の髪と緑の目のわたしと似てなくもない。きっちり髪をまとめれば、オレンジ色も濃く見えるし、目の色は日の光で多少は違って見えるものだ。


 あとは笑顔の作り方と、しゃべり方を気をつけなきゃね。

 長女は全開で笑うことはないし、しゃべり方も気持ちゆっくりではっきりとしている。

 わたしは大笑いするし、ちょっと早口で喋ってしまうから、かなり気をつけなくてはいけないのだ。


「今日は天気がいいから、出るときに日よけの帽子をかぶりましょう」

 母が出してきたのは、ワンピースと同じ布でできたツバの広い洒落た帽子だった、透けるような赤いレースがとても素敵だ。


「お母さん、準備万端だね」

「ふふふ。そうね、こんなのもあるわよ」

 そう言って出したのは、同じ青色に染められた革でできたちょっとヒールのある靴だった。


「わあっ」

 カワイイ! と叫びたいのを堪えて、その靴を受け取る。


 これもサイズがぴったりだった。

「……引くぐらい、自分色ね……」


 長女がなにか呟いていたけれど、靴と帽子でテンションが上がったわたしの耳には入らなかった。

 全部身に着けてくるりと回ってみせる。


「とてもよく似合っているわ」

「回ったときの、スカートの感じがとても素敵だったわ。今日はたくさんダンスをするといいかもしれないわね」

 長女の言葉に肩が落ちる。


「わたし、ダンスが苦手なんだよね。ライゼスたちのお陰で、なんとか落第は免れたけど、本当は危ないところだったの。でもそのお陰で、重力の魔法を覚えたんだけどね」


「ダンスからどうして重力の魔法に繋がるのかが、わからないわ」

 真顔の長女に突っ込まれてしまう。

 父も知りたそうにしていたので、簡単にかくかくしかじかと説明する。


「ソレイユは本当に発想が自由だね。素晴らしいことだよ、これからもその長所を伸ばせるといいねえ」

 褒めてくれてから、父は朝の仕事をしに牛舎に行き、わたしと長女は朝の支度を手伝った。


 起きてくる家族みんなが、わたしが長女に似ていると驚いた。

 アレクシスだけが驚きもしないで、馬子にも衣装だねと褒めて(褒めてない)くれた。彼にとっては長女は別格だから、似てる気がしないんだろうな。長女から鋭い拳を脇腹に叩き込まれていたけれど、さすがは冒険者だよね、少し呻いただけで、平気な顔をしている。


「ダンスのことだけど、町のダンスなんて、適当にくるくる回るだけなんだから、難しいことなんてないわよ。なんなら、最初はカシュー兄さんに相手してもらえばいいわ。一回踊れば度胸もつくものだから」


 という姉のアドバイスを受けて、わたしはいざ決戦の地へと向かうのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誤字脱字報告、大変、大変っ助かっております! ありがとうございます!! ゜・*.✿*書籍化決定しました!*✿.*・゜ 読んでくださる皆さまのおかげです! ありがとうございます。°(°´ω`°)°。ウレシ泣キ
― 新着の感想 ―
『自分色』のソレイユを見逃す⋯(ヾノ・∀・`)ナイナイ
アレクシスさん馬子にも衣装は褒め言葉じゃないよー
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ