19.代打
二男とわたしにゲンコツを落とした長男が、話を戻す。
「そんなことよりも、アレクシスとレベッカだ。レベッカがミス・ルヴェデュを欠場したら、もしかすると、男爵の息子が、結婚を妨害しに来たりしないだろうか」
長男の言葉にみんな「あり得る」という顔になった。
「熊の一撃亭の女将だって捕まってないんだから、そっちも警戒しないと」
二男の言葉に深く頷く。
「ギリギリまで、欠場を伝えないようにするとか?」
「いや、あまり知られていないが、結婚の届が受理されるまでには、半日猶予があるんだよ。婚姻届提出から正式受理まで半日。その間は撤回可能という文言が法律で明示されているんだ」
「例えばだけれど、お酒の勢いで届を出しても、半日以内なら撤回ができるようになっているのよ」
父母の言葉に思わずブーイングしたくなる。
「酒の勢いで結婚なんてあるのかよ」
長兄も呆れた顔をしているが、あるらしい。
需要のある温情的な処置なんだろうけど、今回ばかりはそんなルールは無ければいいのにと思ってしまう。
「でも、それって本人が撤回しないとダメだよね?」
「向こうは爵位持ちだぞ、どうにでもなるだろう」
長兄が苦い顔で言う。
「男爵の息子なんだから、爵位を引き継いでないよね?」
「貴族が庶民にごり押しなんて事例は、まあ……あるねえ」
歯切れ悪く言った父の言葉に引いてしまう。
ごり押しができちゃうの? できちゃうのかあ。
貴族の力って、そんなに強いんだね。この町は小さくて、滅多に貴族が来ないから、あんまりそういうのを実感したことがなかった。ほら、一番身近な貴族がライゼスだから、余計にね。
「それなら、婚姻の届が受理されても、安心できないんじゃねえの?」
二男の言葉に、そうだよねと頷く。
「受理されてしまえば、法的に効力が発揮されるから大丈夫だろ。魔法で保護が掛けられたら、簡単に解除はできない、それは貴族であってもな」
その昔、自分の奥さんを勝手に離縁しちゃう貴族とか、貴族に限らず人妻に横恋慕して勝手に離婚させてしまうという横暴があったりしたらしい。昔は今と比べものにならないくらい、倫理観が欠如していたみたいだ。
ふた昔くらい前の話ではあるみたいだけどね。恐ろしいね。
それはそれとして、婚姻の届がどんな魔法で保護されているのか気になるので、是非見て見たい。
話を戻して、長女とアレクシスの婚姻を有効にする件についてだ。
「結婚しちゃったら、レベッカ姉さんはミス・ルヴェデュに出られないよね。半日時間を稼げればいいってことなら、わたしがレベッカ姉さんの代わりに出場したら、多少は時間稼ぎになるんじゃないかな?」
「確かに、代理出場は認められてるが……」
長男がわたしと長女を見比べて言葉を濁す。
そもそもお祭りのノリの余興なので、毎年そんなに厳密なものじゃないわけだし、交替しても問題はないはずなんだ。
「知り合いが見れば、ソレイユだなんてすぐバレるだろ? ってことは、レベッカに何かあったって言ってるようなもんだ」
二男の言葉に、みんな頷く。
アレクシスが無茶苦茶力強く頷いたの、見たよ。君たちの為に頑張ろうとしているわたしに対して失礼じゃないのかね。
因みに長女は、微笑んだだけだ。
「一目でソレイユだって、わからなければ大丈夫でしょう? ソレイユ、練習の通りに微笑んでみて」
長女に言われたので、背筋を伸ばして学園仕様の微笑みを浮かべる。
歯を出さない、目も笑う、穏やかに、お淑やかに、品良く。
「……喋らなきゃなんとかなりそうだな」
「ううむ。そうだな、喋らなきゃな」
二男と長男が唸る。
「ソレイユ黙っていられるか?」
長兄の真剣な目が痛い。
「半日黙ってるくらい、どうってことないよ!」
力強く請け負えば、二男が頭を抱える。
「あー、無理無理無理無理! 絶対に、すぐメッキが剥がれるって」
「なによ、バンディ! やってみなきゃわからないでしょ!」
「ソレイユ……そういうところよ?」
母が臨戦態勢になったわたしの肩にソッと手を乗せる。
学園に入るための淑女教育の記憶がブワッと思い出され、スゥッと熱が引いた。ケンカ、ヨクナイ。オシトヤカニシマス。
「はい、申し訳ありません」
「その調子ですよ。ミス・ルヴェデュに出るのでしたら、我が家を背負っているという自覚をもって、出場するのですよ?」
母にやんわりと、ダイン家の看板を汚したら承知しないぞ、って言われて震え上がる。
え、そんな大きな話になるの? 婚姻の届が受理されるまでの、時間稼ぎじゃなくて?
「まあまあ、母さん、釘を刺すのはそのくらいにして。折角なんだから、ソレイユも出てみるのは、いい経験になるんじゃないかな」
父の優しい言葉に、無言で頷いた。
「そうだな、一度くらい出てみるといいんじゃないか」
長兄も意外に乗り気だ。
「万が一、エンネス男爵子息が来たとしても、ソレイユならなんとかなるだろうし」
「わたしなら? まあ、ぶっ飛ばすだけなら、多分でき――いえっ、おとなしくしておきます!」
母の鋭い視線に言い直す。
「貴族の子弟をぶっ飛ばすのは、極力やめておいたほうがいい。後が、本当に面倒だから」
実感のこもったアレクシスの言葉もあり、ぶっ飛ばすのはナシだと胸に刻み込む。
「まあ、ソレイユが何かしなくても、どうにかなるから大丈夫だ。ソレイユは、とにかく笑顔を振りまいておけばいい」
投げやりじゃありませんかね、長男よ。
「わかってると思うけれど、変な人についていってはダメよ?」
「ナンパされても、無視だぞ、絶対に」
「お前だけじゃなくて、相手にも迷惑が掛かるからな」
なぜだか必死に言い聞かせてくる兄姉弟たち。
「取りあえず、レベッカ姉さんっぽく、笑顔を振りまいておくだけじゃダメってこと?」
「いや、それでいい」
「高嶺の花って感じを意識するのよ。変な虫を寄せ付けないようにね」
長女の助言に強く頷く。
「服は、レベッカ姉さんのを借りてもいい? わたしのじゃ、動きやすいけど、華やかさがないから」
この祭に合わせて、服を用意してる女の人が多いから、普通の服で出場すると浮くのは間違いない。だから、長女の服を借りようと思ったんだけど。
「服ならあるわよ」
そう言って、母が奥の部屋から素敵なワンピースを持ってきた。
晴れた空のような深く鮮やかな青い生地の裾を白のレースが縁取り、袖口や襟ぐりに繊細な刺繍がされている。
「これ、わたしが着ていいの?」
「もちろんよ」
ワンピースを受け取り、体に当てると表情が緩む。
学園のダンスで着たドレスも素敵だったけど、ちょっと背伸びをしている気分だったんだよね。こういうワンピースの方が好きかも。
「これ、なんだか、ライゼスの髪の色に似てるね」
なんだか照れくさくて、エヘヘと笑いながら指摘をすると、母がニコニコしながら頷く。
「そうでしょう? 緑もいいけれど、この色も似合うわよ」
「うん、この色も好きだよ」
母と笑い合う。
「じゃあ明日は、レベッカはアレクシスさんと一緒に婚姻の届を出しに行って、真っ直ぐ家に戻ってきた方がいいな」
「ええそうね」
父が言うと、長女が同意しアレクシスも頷いている。
万が一、男爵子息がこの家に押しかけてきても、アレクシスが守ってくれるから心強いよね。
わたしは長女の影武者として、力いっぱい猫を被ってコンテストを頑張るぞ!
٩( 'ω' )و ガンバルぞい