18.家族会議
本日の家族会議のメンバーは、両親および年長組四名と長女の夫(予定)のアレクシスとなっております。
議題は、レベッカに懸想していると思われるエンネス男爵子息について。
アレクシスが受けた指名依頼が、エンネス男爵子息からのものだという裏も取れている。
冒険者ギルドの指名依頼は匿名ではできないので、間違いはないけれど……やらかす本人が依頼を出すなんて、すぐにバレるようなことをするだろうか? という初歩的な不安を尋ねたんだけど。
他の家族からは、むしろ名前を出すことでアレクシスに牽制をしている、という意見が強かった。
「そっか……凄く嫌な人だね。牽制だけで満足するかな? 豊穣祭の間に、なにかやってきそうな気がするよね」
「私もそう思うわ」
アレクシスに寄り添い、ユキマルを膝に抱いてふわふわの白い毛皮で癒されていた長女レベッカが、わたしの言葉に同意する。
「でも、その男爵の息子とは、一回しか会ったことがないんだろ? それなのに、わざわざ何かしてくるものか?」
二男のバンディが腕組みをする。
「人それぞれだから、執着が強い人もいれば、淡泊な人も居る。エンネス男爵といえば、マルベロースの町が発祥の大商人だねえ。今は二代目だけど、レベッカが会ったのは三代目予定の息子だね」
「あそこの息子さんは、あまりいい噂を聞かないわね。執着心と虚栄心が強い人物だと、聞いたことがあるもの。名目としては、各支店の視察をしているらしいけれど、実態は遊び歩いてるだけというのも、聞いたことがあるわね。大きな町がお好きみたいだから、この町には来ないと思っていたのだけれど」
父と母の言葉に、両親がエンネス男爵家のことを知っていたことを知る。貴族なんてたくさん居るのに、よく覚えてるなと感心した。
母は現在の動向まで把握してるたんだね、井戸端ネットワークでもあるのかな、それともここまで聞こえてくるほどの問題児なのかも。なにせDV男だし。
「父さんも母さんも、随分詳しいんだな」
とうとう長兄がツッコミを入れてくれた。
他の兄妹も頷いている。
「あまり詳しくは言えないけれど。父さんたちは、若い頃にやっていた仕事の関係で、色々知る機会も多いんだよね」
詳しく言えないなんて、気になる。
守秘義務がある仕事だったってことだよね? 隠密? 密偵? 査察官という線もあるのかも?
「あの、お願いがあります」
長女の腰に手を回してしっかりと寄り添っていたアレクシスが、決意したように顔を上げた。二人の距離感については、誰も指摘しないよ。仲が良いのはなによりだし。
彼は緊張した面持ちで、両親を見てそれから周囲にいたわたしたちを見て、一つの提案をしてきた。
「明日の朝、レベッカとの婚姻の届けを出してきてもいいでしょうか」
意を決した言葉に、なんだそんなことかとわたしの肩から力が抜けたが、それは他の家族も同じだったようだ。
「言うと思ったー」
「春まで待つ、理由がわからんかったしな」
「婚約期間なんて、貴族じゃないんだから、気にしなくていいのよ」
「何か理由があってのコトだろ、あんまり言ってやるなよ」
「結婚にまつわるあれやこれやなんて、結婚してからでもできるよ。だから、いいんじゃないかな、早くなっても」
一気にみんなでしゃべるから、アレクシスが目を白黒させているし、長女は間に挟まれたユキマルを潰す勢いでアレクシスに抱きついている。
ユキマル、空気を読んでいるのか、小さな声でムームー言ってる。
「レベッカも……ミス・ルヴェデュに出られなくなるけれど、いいかな?」
申し訳なさそうに言うアレクシスに、長女は世界で一番綺麗な笑顔を向ける。
「町の一番になるよりも、アレクシスだけの一番になるほうが、ずっといいわ」
名言か。
二人の世界になっている長女とアレクシスは放っておいて、話は進む。
「そうしたら、新婚家庭用の別棟を建てるの、急いだ方がいいな」
抱き合う二人を横目に、長兄が真顔で言う。
「ねえ、二人はウチに同居でいいの?」
まずは本人たちの意向を確認しなきゃと声を掛けると、喜んで受け入れられた。
「何日もダンジョンに潜っていても、レベッカがここにいれば安心なので、願ってもないです。家を建てる分の資金はあります」
胸を張って請け負うアレクシスに、長女も嬉しそうだ。
『金持ちと結婚する』と豪語していた長女だから、極貧ではないとは思ったが。高ランクの冒険者は、中々羽振りがいいのかな。
昔は、女に貢いだ挙げ句に二股で捨てられていたのに……随分と立派になって。
「一応、知り合いの大工に声は掛けてあるから、どんな家にするか相談して、なるべく早く着工してもらおうか」
もう大工さんを押さえてあるなんて、父は用意がいいね。
「母屋がこっちにあるから、そんなに大きくなくていいと思うの」
レベッカの意見に、それでも最低限の設備は付けておいた方がいいのでは? それなら、増築という考えもある。いやいや、新婚夫婦なんだからやっぱり独立していたほうがいい。等々、意見が白熱する。
家のこと考えるの、楽しいね!
もちろん、長女とアレクシスの二人の意見を尊重するけれど、家族たちも色々意見を出す楽しい時間になった。
「重力の魔法を覚えたから、わたしも資材運びとかお手伝いできそうなんだけど、着工する前には学園に戻らなきゃいけないのが悔しいなあ」
祭が終われば領都の学園に戻らなきゃいけないから、建ててる様子を見ることもできない。わたしも手伝いたかったな。
「は? 重力の魔法? なんだそれ、オレにも教えろよ」
ブツブツ言ってたわたしの言葉を拾った二男が食いついてくる。
「はっはっは、よかろう! わたしの特訓に耐えてみるがいい」
腰に手を当てて笑ってから、ビシッと指差したわたしに、二男は白けた目を向ける。
「なんだよそれ。意味わかんねえ」
「いや、感覚的なものがつかめないと、なかなかモノにできないんだよね、この魔法。最初は反重力で浮くところから始めるよ」
ライゼスはすぐに覚えたけれど、オルト先輩は中々できなかったんだよね。なんなら、秋休みに入るときもまだできなくて、凄く悔しがってた。
やっぱり感覚が重要なんだよね。
「浮く? 浮かせるんじゃなくて、なんで自分が浮くんだよっ」
「だから、重力の魔法を覚える、手っ取り早い方法だからだよー。ライゼスはすぐに覚えたよ」
そう言ったら、二男がげんなりした顔になる。
「ライゼス兄ちゃんは、努力の天才だろうが。オレは凡人なの、凡人にもわかりやすく教えろ」
努力の天才? 普通に天才だとは思うけど、それよりも、愚弟の言い方!
「……教えてもらう人間の態度ではないが?」
わたしが腕組みをして頬を膨らませ、二男も負けじと腕組みをして胸を反らせると、二人そろって長兄に頭を叩かれた。
家族会議が続きます。