8.父の本
「え? 本? いいよ、いくらでも読んでいいよ」
一歳のわたしに本を破られて泣いた父がニコニコと許可をくれて、両親の部屋の隣にある、物置だと思っていた細い部屋の鍵を開けてくれた。
窓のない部屋だ。いや、ないんじゃなくて、本棚で塞がれている、壁全部が本棚だ。
父は持ってきた魔道具ランプを部屋の真ん中のフックに掛け、しゃがんでわたしに視線を合わせてくれる。魔道具ランプは火を使わずに光っているので、子どもでも安心して使えるのだ。
「それで、ソレイユはどんな本を読みたいのかな? まだ小さい双子たちもいるから、読むのはこの部屋でだけになるけれど、いいかい?」
「うんっ!」
「それに……あんまり、小さい子が読んで面白い本はないんだよねえ」
「読めるのだけ読む」
両手を握りしめて決意を伝えると、父は嬉しそうに頷く。
「そっか、読めるのだけ読むのか。いいねえ、まずは読むことに慣れるのが大事だからね。今日も読むのかい?」
「読む!」
「そうか、じゃあ寝る時間までだからね」
「はーい!」
父がドアを閉めて出て行ってから、下の段の端っこから本を開いた――気付いたらベッドで朝になっていた。
そうして父の蔵書を読む許可を得たわたしは、毎日、毎晩、本を読むのが日課になった。ちんぷんかんぷんな内容の本ばかりだったけれど、たまに読める部分もあって、それが楽しかったのだ。
「お父さん、魔道具って全部魔石が入ってるの?」
「そうだよ、見てみるかい?」
本で得た知識を父に確認すると、父は家の中にある魔道具を開いて、魔石が入っているところを見せてくれた。大きな魔道具にはいくつもの魔石がはめ込まれていて、ランプのような小さな魔道具には一つだけ魔石がはまっていた。
「魔石というのは、魔力が固まってできたものなんだ。ほら、人間は魔法を使うことで魔力を外に出せるだろう? だけど動物は、それが中々できないから、体の中に魔力が固まってしまうんだ」
「じゃあ、ミカンにも魔石ができるの?」
「そうだよ、ミカンにもデカミンにも魔石はできるよ。牛たちは我々に、ミルクも与えてくれるし、肉にもなるし、骨からは出汁も取れるし他の動物の餌にもなる、そして魔石も与えてくれる。とてもありがたい生き物なんだよ」
しみじみとそう言う父に、わたしも神妙に頷く。
「鶏は卵をくれるし、鶏肉にもなって、魔石もくれるんだね」
「そうだね」
父の手が頭を撫でる。
「魔石は使ったら中の魔力がなくなるんだ。だから、魔道具が動かなくなったら交換しなきゃならないんだよ」
「充電はできないの?」
「じゅう?」
首を傾げる父に説明する。
「じゅ、うーん、魔石に魔力をもう一回入れるのは、できないの?」
「ああ、充填か。入れる事は可能だよ。だけど、最初に入っていたよりも半分くらいしか入らないんだ」
「じゅうてんは、半分くらいなんだ? でもできるんだね」
「ウチでも充填はしているからね。ちょっとコツがいるものだから。ソレイユは魔力を使えるようになっても、勝手に充填しちゃダメだよ?」
「うん! しないよ!」
「危ないからね? 魔力を上手に放出できないと、大人でも充填はできないものだからね?」
念を押してくる父に、笑顔で頷く。
「わかった! しないよ! だってわたし、魔法まだ使えないし」
「そうか、そうだね、まだ魔法も使えないんだから、大丈夫か」
父は納得して、部屋の真ん中に吊り下げていたランプを外して、わたしを子ども部屋まで送ってくれた。
「また本を読んでたのか?」
てっきり寝ていると思った一つ年下のバンディが、パチッと目を開けて小声で聞いてきた。
長男と長女はまだいないけれど双子たちはぐっすり寝ているから、起こさないように注意しながら、わたしもバンディの隣に寝っ転がる。
「うん。魔石のこと、お父さんに教えてもらった。魔法が使えるようになったら、魔石に魔力を入れてみるんだ。魔力を上手に出せるようになったら、魔石に魔力を入れられるんだって」
「魔力の流れなら、わかるだろ? それを出すだけなら、難しくないと思うぞ」
「え?」
ビックリして、闇の中バンディを見る。
「目を閉じて、体の中を流れているのを感じたら、それが魔力らしいぞ」
「体の中を流れてる……血じゃなくて?」
「血の流れなんて感じ取れるわけないだろ、ソレイユのバーカ。流れがわかるのは、魔力だけなんだよ」
「バンディはわかるの?」
「わかんねえから、練習してるとこ。カシュー兄ちゃんに教えてもらったけど、父さんたちには内緒にしろよ。勝手にこんなのやったら、怒られるからな」
低い声で注意するバンディに、強く頷く。父も母も、怒るときはとても怖いから。
「わかった、内緒にする。目を閉じて、流れを感じるんだね」
「ソレイユもやるのかよ」
「やるよ、わたしの方が年上なんだから、バンディよりも先に魔法覚えないと」
「はんっ! オレのが先に魔力の練習してるんだから、魔法だって先に覚えてやるよ、いてっ!」
馬鹿にしたように言ったバンディを寝たままで蹴って、そのまま目を閉じる。
体を巡る魔力を感じる。
まずは呼吸を整えて、体の余計な力を抜く、足の裏からエネルギーを取り込んで足、お腹、胸、喉、頭のてっぺんまでいったら、息を吐き出すのに合わせて逆の順番で下に流れていくのを感じる。
体内を巡るイメージはすぐに掴めたけれど、これが本当に魔力なのかわからない。
魔法はこの力を使うんだよね、どうやってこれを使うんだろう――――ぐう。
気付けば、朝になっていた。
凄くスッキリした気分で起きて、そういえば寝る前に魔力を感じる練習をしてたんだと思い出す。
まだ早い時間なので、昨夜の復習をする。
足の裏から頭の先、そして足の先まで流れているイメージ。
うん……あたたかな流れを感じる、昨日よりもはっきりと。これを体の外に出せるようになったら、魔法が使えるんだろうな。
どんな魔法がいいだろう、危なくなくて、わかりやすいの。
父の本にも魔法に関するものがあったんだよね、少ない魔力で魔法を使うコツの本。
手のひらをそっと合わせて、その間に温かな力を流し、温かさを保ったままで手が蕾の形になるように少しずつ真ん中を膨らませる。
ささやかな光になれ。
願いながら手の中を見ると、中心に仄かな光ができていた。
わたしがはじめて作り出した、神秘的なその弱い光に見蕩れていると、すぐに光は萎んで消えた。
本当に、魔法って簡単にできちゃうんだ。なんだ……もう少しくらい、難しくてもいいのにな。
手を開いて、こもっていた体温を散らす。
でも、魔法の理屈を覚えたら、もっと低燃費で魔法を使えるって聞いたから、勉強のしがいはあるよね。いまのわたしの魔力じゃあれが精一杯だとして、どうすれば魔力は増えるんだろう。
定番なのは、たくさん魔法を使って魔力を空にして、っていうのを繰り返すとか? 筋肉だって、破壊と再生で強くなるんだから、おかしくないよね。
早速両手を合わせて蕾の形にして、中でチラチラと明滅する光を作る。……なんか、ずーっとできちゃうなこれ、どうしてだろう?
キリが無い!
他の兄弟も起き出したので、魔力を使い切るのはあきらめて部屋を後にした。
誤字脱字報告、いつも大変感謝しております!
ありがとうございます!!