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14.ヒーロー登場

「なめたことばっかりしやがって、こんな店ぶっ壊してやるよ!」


 男が魔力を集中させはじめたのに気づき、野次馬の中から悲鳴が上がり逃げ出す人もいる。

 魔法が下手なら周囲にまで被害が出るから、逃げるのは当然だ。


「自警団を呼んでこい!」

「誰か、あの人を止めてっ」

 周囲から悲鳴と怒号が上がった。

 腕っ節に自信がある人や、自分の店がある人は逃げずにとどまっている。


 ……わたしが重力の魔法で、押しつぶしちゃってもいいだろうか。

 町中まちなかで生活に関する魔法以外を使うのは処罰の対象なんだけど、こっそりやればバレないかな?

 でも前科がついたら、学園を退学することになるかもしれない――躊躇ったその時。


「おいおい。町中で魔法をぶっ放すのは、御法度だろ」

 スルリと男の後ろに現れた人が、男の腕をひねり上げて、あっという間に取り押さえた。


 その見事な技に周囲から拍手が起こったし、わたしも思い切り拍手する。

 冒険者の身なりをした体格のいい人が、男の腕を背中に回した状態で地面にうつ伏せに押し倒す。

 凄く本格的な装備だ、わたしは逃げ足重視なので軽装なんだけど、あの人はしっかりと戦うための防具を着けている……あれ? 町中なのに、装備着用? 自警団でもないのに?


 よく見たいのに、野次馬に前を陣取られてよく見えない。


「ぐっ! 離せっ! この野郎っ!」

 周囲の人も手伝って、騒ぐ男の背を膝で押さえつけて縄を掛けているときに、一足遅れて自警団の人たちがやってきた。


「発動する前で、命拾いしたのは、お前の方だぞっ」

 暴れる男に自警団の人が苦言を呈するのを聞いて、わたしも命拾いしたんだと思い出し、こっそり胸を撫で下ろした。


 他の自警団の人が周囲の人から聞き込みをしていて、長男とわたしも話を聞かれたんだけど、さっきわたしが転売のことを取り締まって欲しいと祭の運営本部に苦情を伝えていたことがたまたま共有されていたということで、話がとても早かった。

 祭りの運営、案外優秀かも!


「二人とも! 大丈夫!?」

 野次馬をかき分けて、長女が駆けつけてきた。


 手にはちゃんと飲み物を持っているのが素晴らしい。


「レベッカ姉さん、大丈夫だよ! (わたしが迂闊に)魔法を使う前に、あそこに居る冒険者の人がやっつけてくれたから」

「冒険者?」

 野次馬に賞賛されている厳つい防具を着た人を指さすと、そちらを見た長女の手からジュースのコップが落ちる。


「あわわわわっ!」

 咄嗟に重力の魔法で浮かせてジュースを死守した、三つ同時に浮かせるとか、本当に難しいんだよっ! 慎重に、浮かせたコップを掴まえて、ほっと肩の力を抜く。


「ちょっと、姉――」

 長女に文句を言おうと思ったのに、当の長女は目にうっすら涙をためて冒険者の方を見つめている。

 その視線の熱を感じたのか、冒険者がこちらを振り向いた。


「アレクシスっ!」

「レベッカ!」

 長女の姿を認めたその冒険者は、丁寧に人垣をかき分けてこっちまで来た。


「おい、あれ、ランク四のアレクシスじゃないのか!?」

 ランク四なんだ? 十段階の上から四番目だからかなり高ランクだ。


「アザリアの遺跡を攻略した有名人じゃない?」

 野次馬から、興奮した声があがる。


 記憶にある、アレクシスよりもずっと精悍な顔つきだし、体格も良くなっていて装備も良くなっている。

 確かに、アザリアの遺跡を踏破した貫禄があるね。


 見覚えのあるその人は、小走りで近づいてきたその勢いのまま長女を抱きしめた。

 去年のミス・ルヴェデュと、有名な冒険者のハグで、周囲から黄色い悲鳴が上がるが、抱き合っている二人には周囲の声は聞こえていないようだ。


「ちょっと! 痛いわよ」

「あ、ごめんっ」

 長女の苦情の声に、慌てて腕を緩めたが、緩めただけでその囲いは外さない。


「……間に合わないんじゃなかったの」

 長女が、拗ねた声で言う。

「予定ではね。どうしても、君の勇姿が見たかったから、取るものも取りあえず戻ってきたんだ」


 ミス・ルヴェデュを選ぶコンテストは二日目なので、間に合って良かったよね。


「汗臭いわ」

「馬よりも速く走ってきたから。町に入る前に一度、魔法で綺麗にはしたんだけど……」

 長女の指摘に、アレクシスが申し訳なさそうな顔をする。


「あなたは、綺麗にする魔法が苦手だものね」

 馬よりも速く走ってきた、ってところはスルーでいいの? わたしも、短距離なら馬に勝てるようになったけど、アレクシスはきっと終始馬よりも速く走ってきたんだよね。愛の力かな。


 長女が彼の頭からつま先まで、研鑽に研鑽を重ねた綺麗にする魔法を掛けると、キラキラとしたエフェクトが頭からつま先までを流れて、アレクシスをピッカピカにした。

 見ていた周囲から「あれはどんな魔法だ?」とどよめきが起きる。普通の綺麗にする魔法だけどね。

 最初、わたししかエフェクトを入れてなかったんだけど、末っ子が子供の頃にとても喜んだので長女も三女もできるようになったのだ。


「凄い、あんなに綺麗になってるっ」

 女子の声が一際大きくなる。


 それも仕方のないことだ。美容に力を入れている長女の魔法だ、彼の髪の先まで艶々にして、装備も新品同様の輝きだ。

 心なしか、アレクシスの肌の色がワントーン明るくなって、男前度が上がった気がする。


「ありがとう、レベッカ」

「どういたしまして」


 わあ、お互いに掛ける声まで甘々だな。

 長女はずっと金持ちと結婚するって言ってたから、恋愛に興味がないと思ってたんだけど、そんなことなかったんだな。

 長女が買ってきてくれたジュースを飲みながら、二人の世界を見守っていると、腕に抱えていた一本を長男が取り上げ、ずぞぞぞぞと一息で飲みきった。


「兄さんさっき、情がどうのって言ってたけど、あの二人凄く熱々だよ?」

 天涯孤独のアレクシスがどうの、ウチのことがどうのって言ってたのはなんだったんだ、と思えるくらいにはラブラブ。

 ジト目で兄を見上げると、飲み終わったコップを押しつけられた。


「おーい、お二人さん。そこだと、他の店の邪魔になるから、こっちの裏にしとけ」

 あからさまな野次馬はいないけれど、興味津々の視線が二人に集まっていたので、長男が配慮したと言えなくもない。

 単純にわたしの指摘から逃げただけ、という可能性の方が高いけど。


「あ、いえ、すみませんっ」

 慌てたように体を離した二人が、屋台の中に入ってくる。日も高いので、日陰に入った方がいいよ。


「アレクシスさん、お久しぶりです! まさか、本当に、レベッカ姉さんと結婚するとは思いませんでした」

「久しぶりだね。君があの日、レベッカの働くお店に連れて行ってくれたからだよ。感謝してる」

 本当に感謝されてるとわかる真摯な声で言われて、照れてしまう。


「あのときは、七歳差はあり得ないって、言ってたのにね。レベッカ姉さんのお眼鏡に適って良かったね」

「本当にな」

 顔を見合わせて笑う。


「ねえねえ、いつから付き合ってたの? わたしが学園に行く前からだよね? 全然気づ――」

「ソレイユ、根掘り葉掘り聞くのは、そろそろやめてもらえるかしら?」

 腕を組んだ長女の背景に、ズモモモという書き文字が見える。

 照れ隠しだっていうのはわかるけど、怖い。


「はいっ! やめますっ。姉さんはこれから、アレクシスさんと祭を見て回るんでしょ?」

「ちゃんと店番するわよ」

 長女の言葉に長男が待ったを掛ける。


「明日はミス・ルヴェデュがあるから忙しいだろ。午後からティリスが様子を見に来るって言ってたから、事情を説明して、交替すればいい」

 長男の横で、わたしもウンウンと頷く。


「いいのよ。アレクシスもこの格好だから、一度宿に戻って着替えてこなきゃならないし」

「じゃあ、着替えてきてから、デートしてくればいいよ。気が咎めるなら、いろんなお店にチーズの宣伝してきてよ! それで『赤煉瓦』さんみたいに固定客を掴めたら、今回の出店しゅってんの目的達成だよ」

 わたしの提案に、長女も乗り気になる。


 今回の出店は乳製品の需要調査がメインだが、もし定期的に購入してもらえる目処が付くなら、それに越したことはない。


「ここぞという店だけにだぞ。まだ、安定生産できないんだから」

「わかってるわ」

 長男の注意に、長女が苦笑して頷く。


 長女は美人だし人当たりもいいから、うっかりすると全員定期購入してくれちゃうかもしれないんだよね。

 長男もモテはするんだが、口はあまりうまくないし、それほど人当たりもいい方ではない。だから、彼女ができないんだろうね。


 この世界はわりと、押してなんぼのところがあるので、恋人を作るには積極性が大事なのだ。

 草食系男子はおとなしく見合い結婚だ。

 見合い結婚の方が、恋愛結婚よりも離婚率が低いという統計があったな、などと前世が教えてくれる。

 プラスからはじまって減点されるのと、ゼロスタートで加点されていくという差がモノをいうらしい。

 長女のラブラブに水を差すことになるので、絶対に言わないでおこう。そもそも、あっちの世界の統計だから、こちらに合うとは限らないんだよ、うん。


 わたしたちの後押しで、冷却の魔法を掛けたバッグにチーズとバターを入れて、アレクシスと長女が試供品を配りに行くことに決まった。

 長女が準備をしている間、一つ残ったジュースをアレクシスに渡す。


「おっ、ありがとう。走り通しだったから、喉がカラカラだったんだ」

 長兄と同じく、一息に飲み干していた。


「どこのダンジョンに行ってたんですか?」

 わたしが聞くと、彼は渋い顔になる。

「今回の指名依頼は、ちょっとおかしくてな。指定されたダンジョン自体は、二つ隣の町にあるそれほど大きくないものだったんだが――」



 彼から話を聞いて、胸にモヤモヤと不安が湧き上がるのを感じた。

長女にとってのヒーロー(*,,ÒㅅÓ,,)キリッ

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誤字脱字報告、大変、大変っ助かっております! ありがとうございます!! ゜・*.✿*書籍化決定しました!*✿.*・゜ 読んでくださる皆さまのおかげです! ありがとうございます。°(°´ω`°)°。ウレシ泣キ
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