12.大人の大人買い
三女のティリスの善意でクッキーの価格を抑えてあるから、若い男女が買っていくんだよねー。
できればそっちじゃなくて、チーズとバターを買って欲しい。
買ってくれる人に文句は言えないんだけどさ。
お客さんの切れ目に、兄姉と一緒にテーブルの陰にしゃがんで作戦会議だ。
「このままだと、今日の分のクッキーが最後までもたないよ」
「私ももっと、チーズやバターを買ってもらうように誘導するわ」
長女レベッカの気合いが入る。
「無理矢理売るのはダメだぞ。とはいえ、俺ももっと強く言えたらいいんだが……」
長男カシューはあまり接客が得意でないので、居るだけでも頑張ってると思うよ。
本当は父と同じく、設営のみの予定だったのに、長女のごり押しで今日の配置になったわけだし。
わたしは二人が前に出ているので、裏方で商品を用意したり、釣り銭を出したりしている。何はともあれ、長女の狙いは当たって、兄姉目当ての若い男女がたくさん来てくれた。
そのおかげで、立ち上がりの売り上げは上々だ。
「後でティリスが来たら、相談してみようよ。どうしても足りなかったら、明日の分を出してもらって……明日、最終日の分を焼いてもらおう」
きっと三女ならやってくれる、という気持ちで三人は頷き合った。
「すいません、クッキーをいただけますか」
艶のある女性の声が聞こえ、慌てて立ち上がる。
「あら、そちらに居たのね。休憩中だったかしら? ごめんなさいね」
上品な格好の女性だが、日焼け防止なのか首にストールを巻いて口元まで隠し、つばの広い帽子をかぶっているので顔がわからない。
どっかで会った気がするんだけどなあ。
長女が対応してくれて、わたしは注文の入ったアソート十袋を、万が一の為に作ってあった大きめの紙袋に入れる。
ううむ……クッキーは温存しておきたかった。そしてできれば、大人じゃなく子供に売りたかった。
無念とは思うが、仕方ない。
その後も、ちょっと厳つい男の人がクッキーを十袋買っていき、他にも数名がそうやって大量買いしていったので、わたしたちはいまちょっとピンチだ。
もうクッキーの在庫がやばい。
「クッキーは、子供限定にしようよ!」
大人の大人買いに業を煮やしたわたしの言葉に、兄姉は同意してくれる。
長女が黒炭を持ち出しテーブルの前にあるメニューと金額が書いてある板の保護魔法を解除してから、クッキーのところに『☆お子様限定☆』と美麗な文字で書き足し、保護魔法をかけ直した。
「これで、大丈夫よね? ソレイユが言っていたように、最初から数量を限定しておけばよかったわね」
いい年をした大人たちの大人買いに、まだ大人の入り口に立ったばかりのひよっこ大人であるわたしたちはがっくりと肩を落とす。
「あんたたち、そんなにしょげるんでないよ。ほら、トマトでも食べて、元気をおだし」
隣の屋台で野菜を売っていたおばちゃんが、完熟トマトを分けてくれた。
「無茶苦茶おいしいですぅ」
即行で丸かじりさせていただく、おいしい、完熟トマトのうまさが身に染みる。
トマトの水分が、体の細胞を目覚めさせてくれ……そういえば、水分補給してなかったかも。
「ありがとうございます、うちのも食べてみてください」
長男が試食用チーズとクッキーを多めにお裾分けしている。
そして、それを食べたおばちゃんが、目を丸くする。
その顔を見て、思わずこちらもドヤ顔になるってものですよ。
「これ、おいしいわね」
「でしょう! おばさんちのトマトをスライスして、このチーズもスライスして交互に挟んで、その上にオリーブオイルと塩こしょうをかけたら、最高においしそうだよね」
トマトとチーズでカプレーゼ。
想像してよだれが出そうになってしまった。
「ソレイユ……あなたねえ」
「責任を取って、作ってこい」
兄姉ももう限界だったのだろう。
わたしが言った、想像を促すだけの飯テロに打ちのめされてしまった。周囲の飲食系屋台の誘惑も一因だろうね、もうお腹が鳴るのは仕方ないよ。
店を二人に任せて、エプロンと三角巾を外してカプレーゼに必要な物を買い出しに出かける。
オリーブオイル売ってる店あるかなー、塩こしょう、少しでいいんだけどなー。
オリーブオイルを探しているというのに、わたしの視線が吸い寄せられるのは、すぐ食べられる系屋台ばかりだ。
肉、肉、パン、肉、クレープ的な軽食、肉、果物ジュース、肉、揚げ芋、肉。
肉率が高いけれど、どの肉も趣向を凝らしていて、ウインナーもあれば串焼きもあるし衣を付けて焼いたのもある、どれもおいしそうだ。
い、いかんいかん、急いでオリーブオイルと塩こしょうを入手しなくてはと気を取り直しているうちに、一軒が目に入った。
オリーブオイルで焼いたとり肉を、塩こしょうをで味付けしている。丁度よく人も切れた、よし交渉だ!
「すみませーん」
「あいよっ」
肉を焼いていたおじさんが愛想のいい笑顔を上げてくれる。
「お肉ひとつください! あ。あと、お願いがあるんですけど、オリーブオイルと塩こしょうを少しだけ分けていただくことってできませんか?」
肉を買う予定はなかったのに、うっかり注文してしまった。
ちゃんと気を取り直して猫をかぶり直して、オリーブオイルとかのこともお願いはできたし。
「油と塩こしょう?」
怪訝な顔になるおじさんの後ろから、ひょこっとおばちゃんが顔を出した。
「あら! ソレイユちゃんじゃないの! 領都から戻ってたのかい」
ああっ! 焼き物がおいしい『赤煉瓦』のおばちゃんだ!
おじさんは調理場からあまり出てこないからすっかり忘れていたけれど、給仕をしてるおばちゃんはしっかり覚えているよ。
なんだかんだいって、もう何年も会ってなかったのに覚えていてくれたんだ、嬉しいな。
それにしても、これだけある屋台から美味しいのが間違いない店を選ぶなんて。わたしの嗅覚は間違ってなかった、素晴らしい!
「お久しぶりですっ。今は秋休みなの! 今年はウチもバターとチーズとクッキーのお店を出してるんだよ」
「ダインさん家は酪農家だものね。それで、オリーブオイルが欲しいってのはどうしたんだい?」
聞かれたので、自分たちが食べる用にカプレーゼを作りたいのだと、素直に伝える。
「だから、そんなにたくさんはいらないの」
「わかったわよ。ほら、これくらいあればいい?」
使用済みのオイルの瓶に少しだけ分けてくれて、塩こしょうも紙に包んでくれた。
「いいの!? ありがとう! これ、お礼にウチのチーズ!」
できれば物々交換したくて持ってきていた、商品のチーズを差し出す。
「あらあら、こんなに、いいの? 三人で店番をしているのよね。それじゃあ、お肉を三つ用意するわ。このチーズと交換」
バチコンとウインクをして、阿吽の呼吸でおじさんが焼き上がったお肉を三つ包んでくれた。
「あ、そうだ。試食用もあるの、食べてみて」
さっき渡したチーズとは別に、持ち運びように一口大にして油紙でキャンディのように包んで持って来ていたチーズを、おばちゃんとおじさんに味見してもらう。
舌の肥えた食べ物屋さんに気に入られて、継続購入してもらえたら最高だよね。
下心満載の試食を口にして、おじさんもおばちゃんも目を丸くする。
「こりゃあ、うまいな」
感嘆混じりのおじさんの言葉に、胸を張る。
「そうでしょう! たくさん作ったから、気に入ったら買いにきてね」
「このチーズは祭りにしか、出さんのか」
おじさんの食いつきに、内心にんまりとしてしまう。
「お祭りの評判次第で、どうするか考える話になってます」
主に長女が気合いを入れてます。
「わかった。ダインさんに言えばいいんだな?」
「両親でもいいですし、兄や姉でも大丈夫ですよ」
「わかった、祭が終わったら家の方に顔を出すから。一言言っといてくれや」
好感触のおじさんに了解すると、おばちゃんが「ちょっと、ちょっと」と言ってわたしを出店の裏に引っ張っていった。
「さっき聞いたんだけど、どうやら、『熊の一撃亭』の女将、こっちに戻ってきたらしいわよ」
「熊の……」
最近も出てきた店名に思わず口ごもったわたしに、おばちゃんが説明をする。
「ほら、何年か前よ、ダンジョンの新しい階層が見つかった頃だったかしら。ダインさん家の悪口を言いふらして、結局潰れた店があったじゃない」
「うん、覚えてる。あの、ズルい人だよね」
狡っ辛いことばっかりして、自滅したもんね。
「こっちに居られなくなったんだよね?」
「ダンジョンのおかげで、この町の人数が急に増えたでしょう? もう昔みたいに、全員がなんとなく知り合い、なんて時代じゃないから、戻りやすかったのかもしれないねえ」
おばちゃんがしみじみ言う。
「だから、気をつけるんだよ。もしかしたら、またなにかしてくるかもしれないからね」
おばちゃんが重ねて言ってくる。
「痛い目を見てるのに?」
「痛い目を見てるのに、戻ってきたのがその証拠でしょうよ」
おばちゃんの言葉に、ものすごく納得した。
確かに、嫌な思い出のあるこの町に戻ってくるくらいだから、それ以上のメリットがあるんだろうな。心を入れ替えて、ってこともなさそうだ。
「家族にも伝えておくね。教えてくれてありがとう!」
お礼を言って、戦利品を抱えてウチの屋台へ戻るときに――わたしは見つけてしまった。
ダイン印のクッキーが、転売されているのを。




