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11.豊穣祭初日

 豊穣祭当日。

 我が家は家畜がいるので、出店班と居残り班に分かれて行動することになっている。


 今日は設営があるので父と上二人カシューとレベッカ、そしてわたしが出店班で、母と二男バンディ、双子のディーゴとティリス、そしてカティアが居残り班だ。

 居残り班といっても、搾乳と卵集めをして配達も終われば、交替で祭を見ることができる。

 この三日間は、家の仕事は最低限に抑える予定なのだ。


「もう、こんなに人がいる」

 メイン会場である町の中央広場には、出店を開きに来た人たちがごった返している。


 出店は事前申告制なので予め許可証をもらっている。

 本部の受付で許可証を提示して、自分たちに割り当てられた場所に案内してもらう。

 わざわざ案内してくれるのは、うっかり間違えて違う場所に設営してしまったら、移動が大変だからだし、わざと間違えたフリをして、人通りの多い好立地な場所を取る人がいたからだそうだ。

 運営の人も大変だね。


 我が家は加工食品ばかりの販売だけど、豊穣祭だけあって野菜や果物の出店がとても多い。

 他には、軽食を売るお店や、飲み物を売る店、町の人気食堂も露店を開いて簡単につまめる物を売っており、毎年大繁盛している。

 ざっと見たところ、飴やクレープのようなお菓子を売る店があって、絶対に後で見に行こうと心に決めた。

「ソレイユ、敵情視察ばかりしてないで、手伝いなさいよ」

「はーい!」


 敵情視察ではなく、獲物を確認してたんだけどね。

 お小遣いをどれだけ有意義に使うかは、事前の計画が物を言うのだ。

 限られた軍資金、そして限られた自由時間、それをいかに有効に使うか。学校の試験並に頭を使うべき問題だ。


 とはいえ、まずは準備。

 我が家の物作りを担っている父と兄の手に掛かれば、事前に準備してきた木枠を組み上げ、母が縫った天幕を掛ければ、壁のないテントが出来上がる。

 今回の為に考案された折り畳みテーブルを立て、その前に商品のラインナップと金額を記入済みの薄い木の板を立て掛ける。


 木の板の表面には加工がしてあって、真っ白に塗ったその上に、黒炭で書いており一応魔法で消えないように保護は掛けているけれど、魔法を解除すれば書き足しも簡単だし消して書き直すこともできるようになっている。


 屋台が組み上がり、仕上げに末っ子が描き二男が彫ったダイン印の看板を目立つところに掛けて、完成だ! なんと、出店用に新しく小さめの看板を作っていたのだ。ウチの二男は天才だな。


 そして、商品はいたむのが怖いので、ギリギリまで陳列しない。

 チーズとバターは、注文が入ったらテーブルの下の冷蔵箱から出す予定だ。冷蔵箱は二つ持ち込んでおり、それぞれチーズとバターが満タンに詰まっている。

 クッキーは常温保存なので、普通の箱に二つ分ある。


 ううむ、陳列用の保冷ケースとかあればいいのに。

 この世界、ちゃんと硝子も普及しているから。多少、うん、多少高くはあるけれど、庶民でも手に入れることはできるので、それを一面だけに嵌めてあとは木で囲って、冷蔵箱のように冷やしておければ、見栄えもいいよね。今年は無理でも、来年も出店するなら相談しよう。


 チーズもバターも、試食として小さくカットしたものを出すので、食べてもらえれば売れないってことはないと思うんだよね。


 今回の売上は今後のダイン家加工食品部門の進退が左右されるので、長女が結構本気なのであるよ。

 初日に美男美女で有名な長男長女を持ってきたのも、長女のごり押しだ。

 なんなら長女は、二日目のミス・ルヴェデュのコンテストに出るとき以外ずっと売り子に入ると宣言している、全く以て気合いが違う。

 とはいえ、わたしも加工食品部門の設立は賛成なので、全力で頑張る所存であります。

「そういや午後一番に、ティリスが顔を出すって言ってたぞ」

「ティリスは、クッキーの売れ行きが気になるんでしょうね」

「あれだけご近所さんにも好評だったんだから、心配しなくても売り切れると思うんだけどな」

 既に予約が入っており、自宅の方に取り置きをしてあるくらいだ。


「じゃあ、父さんは仕事に戻るから、頑張るんだよ」

 父は売り子はやらずに設営のみだ。


 父を見送り、長女が用意していた揃いのエプロンをつける。

 エプロンと頭に着ける三角巾にも、ちゃんとダイン印がワンポイントに刺繍されている。

 きっちり魔法で綺麗にしてある服の上に、ビシッとエプロンを着けて、頭に三角巾を巻いた。




「今日は暑くなりそうね」

 長女が言うように、まだ早い時間だけどすでにそんな気配がしている。

 秋風が吹いているのが救いかな。


「商品が傷まないように気をつけなきゃな。くれぐれも、箱を開けっぱなしにするなよ、ソレイユ」

「はーい!」

 名指しで注意してきた長男に、言いたいことはあるけれど、おとなしく返事をしておく。


「ところでレベッカ姉さん、アレクシスさんはもう戻ってきてるの?」

 わたしの問いに、手際よくクッキーを陳列していた長女の手が止まる。


「……戻ってきてたら、三日間売り子なんてしないわよ」

 こっちを見ないまま答えてくれた長女の言葉に、触れちゃいけないことだったと悟る。


 長男に視線を送るが、素早く逸らされてしまった。くうっ、助けの手くらい出してくれてもいいじゃないか。


「そ、そっか。でも、今日はまだ戻ってなくても、明日は戻ってるかもしれないから、その時はわたしが姉さんの代わりにしっかり売り子をするから、安心してね」

「……うん」

 いつもバリバリの長女が肩を落としている、まさか雨なんて降らないよね。


 空を見上げて、アレクシスの帰還と天気が持つことを祈った。

 そうこうしていると、豊穣祭がはじまる合図となる、音だけが大きく鳴る花火の魔法が広場の真ん中から打ち上げられた。


 すでにクッキーの袋はテーブルの上に種類ごとに綺麗に並べ終わっており、試食用に小さく切ったチーズとバターもいつでも出せる。


 お釣り用の種銭も十分準備してあるし、ばっちこーい!



 ばっちこーいなんて言ってたら。

 来た……無茶苦茶、お客さんがきた。


 婚約者が決まっても依然モテ続けている長女と、未だに恋人の一人もいない朴念仁である長男なのに、威力が凄い。


 二人の顔で飛ぶように売れていく裏で、わたしは品出し係となっている。


 試食が減らないのはいいけれど、ちゃんと味で買って欲しいなんていう贅沢な望みもちょっと出てきちゃうな。

 いや、いかんいかん、高望みはよろしくないぞ、買った商品を食べてくれたら、絶対にリピートしたくなるんだから自信を持っていこう。

 いやでも……こっそり、もうちょっとシリリシリリ草を多めに入れちゃえばよかっただろうか。確かに多すぎるのはよくないけれど、少なすぎたかもしれないし。

 チーズとバターもかなりの量を作ったから、もし売れなかったらと思うと、激しく不安になってくる。

 これだけ売れているのに不安になるっておかしな話だよね。うん、とりあえず、初恋泥棒である長男長女の威力で、今日の分は間違いなく売り切れそうだ。


 最初こそ若い男女が一斉に来たけれど、それ以降は、なんとなく絶え間なくお客さんがいる感じだ。周囲を気にして見れば……なるほど、協定でも結んだな? いっぺんに来ると流れ作業での販売になるから、重ならないようにして二言三言会話できるようにしているのか。


 慌ただしさがなくなったので、試食用の品を出す。

 試食をトレーに並べてちょっと屋台のテントから出て、道行く人に声を掛ける。


「ダイン印のチーズ、バター、クッキーです。どうぞ、おひとつ味見しませんかー?」

 愛想よく笑顔を振りまきながら、屋台の前で味見をしてもらう。


「あらっ! これ、凄いわね」

 旦那さんと一緒にチーズを食べた品のいいご婦人が、比喩じゃなく目を丸くする。

 旦那さんのほうも、奥様の言葉に強く頷いている。


「凄いでしょ? このお祭りに併せて作った、特製のチーズです! 少々お高くはなっておりますが、お祭りの思い出におひとついかがですか?」

「ひとつと言わず、五つくらいもらっておこうじゃないか」

 旦那さんの一言に、奥様も笑顔になる。


「毎度ありがとうございます!」

 もちろん、わたしも全開の笑顔だ!


 大急ぎで、油紙に包んであるチーズをダイン印の紙袋に入れてお渡しして、代金を受け取る。


「五つもお買い上げいただいたので、こちらのクッキーをサービスしておきますね。もしお気に召しましたら、祭り期間中はここで販売しておりますので、どうぞお立ち寄りください」

「ふふっ、商売上手ね。ありがとう」

 上機嫌で去るご夫婦を見送る。


 長男長女目当ての若い男女はせいぜいクッキーを一袋を買っていくだけなので、大口客にウハウハだ。

 ちなみにさっきのサービス品は、試食用のものなので、売り上げには影響がない。


 クッキーは積極的に試食を出さなくても、兄姉のおかげで売れるので問題なかろうという判断である。

 さて、他にも試食を食べたそうにしている人たちがいる。

 さっきのご夫婦が呼び水になり、どんどん試食に手が伸び、そしてどんどん注文が入る。


「はい、いらっしゃいませー。いらっしゃいませー! ダイン印のとってもおいしいチーズにバター、そしてこの二つを使って作った、極上のクッキーがありますよー。一度食べると、味の虜! ほっぺたが落ちても、我が家では責任を負えませんので、どうぞほっぺを押さえながら、お召し上がりください」


 わたしの売り口上に笑う子供たち、その口に試食用のクッキーを放り込んでいく。

 みるみる丸くなる目が最高だ!


「おいしい! お姉ちゃんもっとちょうだい!」

「試食は一人ひとつまで! もっと食べたい人は、ちゃんと買ってねー」

 子供たちは素直に親にお願いしに行き、親を引っ張ってきたり、お金をもらってきたりして買ってくれた。偉いぞ子供たち、最高だ!


 子供に引っ張られてきた親にも、もれなくチーズやバターの試食をしてもらい、まんまと抱き合わせで買っていただけたりするのだ。うはうは。


 ちなみにクッキーのお値段は、チーズやバターに比べるとかなりお安くなっている。


 最初は高くするかと迷っていた三女だったが、子供が食べるんだから、子供のお小遣いで買える金額にすると決めたのだ。

 三女が決めたのだから、他の家族に異議はない。


 あとは全力で売るのみだ!

開幕いたしました、豊穣祭。

加工食品部門の新設を希望しているレベッカのごり押しにより、初恋泥棒二人という豪華ラインナップの売り子となりました(ノ´∀`)ノ

長兄は接客が苦手。

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誤字脱字報告、大変、大変っ助かっております! ありがとうございます!! ゜・*.✿*書籍化決定しました!*✿.*・゜ 読んでくださる皆さまのおかげです! ありがとうございます。°(°´ω`°)°。ウレシ泣キ
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