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10.看板完成

 エラとの再会から数日後、夕飯のあとの打ち合わせ時間に、二男と末っ子が布を掛けて隠した吊り下げ看板を持ってきた。


 布で隠した看板を持つ二男の前に、末っ子が立って咳払いする。

「これが看板ですっ!」


 もったいぶった割にはあっさりと、看板に掛かっていた布を末っ子が引っ張って落とす。

 出てきたのは、外枠がミルク缶で牛と狐犬がバランスよく配置された、木彫りの看板だ。ニスで磨いてあるのか、艶があってかっこいい。

 見守っていた家族が、盛大に拍手すると、末っ子が胸を張った。

 末っ子の絵もいいが、この絵を彫り上げた二男も素晴らしいよ!


「二人とも、素晴らしい看板だ。早速、入り口に掛けてこよう」

 父が手放しで大喜びするのもわかる。

 だって、このクオリティになるなんて思ってもみなかったもんね。


「手が込んでるな。彫るだけじゃなくて、中を掘り抜くのは大変だっただろ?」

 長男の言葉に、二男が苦笑いする。

「まあね。でもカティアが、こうしたほうがいいって、譲らねえんだわ」


「だって、こっちのほうが素敵でしょ? 背景が空の色になるのよ」

 当たり前のことだというように、不思議そうな顔で末っ子が言う。

 妥協しないのは、芸術家気質なのかも?


「確かに、空の色によって変わる看板なんて、素敵だわ」

 長女にも褒められて、末っ子が嬉しそうに照れている。

 長女と末っ子は十一歳も年の差があるので、末っ子は無条件に長女を尊敬している節がある。


「ティリス、売り物に付けるふだのサイズが決まったら、彫るから教えてくれ」

 三女に二男が声を掛けると、三女はいそいそとメモ帳を取り出す。

「うん。その前に、どのくらいの量で売るのかとか、みんなに相談したいんだけど、いいかな?」

 色々書き込まれているメモを捲りながら聞く三女に、父が「もちろん、構わないよ」と了承すれば、母が食料庫から四角いトレーに載せてクッキーを運んできた。

 三女が作ったクッキーだ。


「何種類か作ったの。好きな味のお皿を覚えておいてね、この中から三種類くらいに絞ろうと思うの」

「クッキーは、このサイズなのか?」

 ひとつ摘んだ二男が、その小ささにがっかりした顔をする。


「今日は味見だから小さくしたの。売るのは大きくするつもり」

「味見でも、大きくてよかったのにな」

 三男ががっかりした顔で小さなクッキーを口に放り込む。


「最後に、好きな味を教えてもらうから、まだ感想は言わないでね」

「わかったー」

 末っ子が元気に返事をして、パクリとクッキーを食べ、えもいわれぬおいしそうな顔をする。

 どれもシリリシリリ草入りバターを使っているので、おいしさは間違いないんだけど、ほんのり果物の味がするものやナッツ入り、多分アザリア苔入りと思われる緑のつぶつぶが入ったものなどがある。

 この十種類の中から、好きな物を選ぶのか……。


「全部うまいな」

「この中から三種類なんて、選び難いわね」

「このオレンジ風味のは外せないよねっ!」

「ソレイユは、絶対選ぶと思った」

 半笑いで言う二男の言葉に、当然だと胸を張る。


「俺はこのナッツのが好きだな。香ばしくて、いくらでも食える」

 長男がナッツを選ぶ。


「これは……難しいわねえ」

「美味しいから仕方ないよ」

 三男の言葉に、全員が頷く。


「仕方ないなあ……。じゃあ、原価が安いのにしておくね」

「え、オレンジは?」

「残念ながら、入りません」

 三女にサクッと切り捨てられてしまった。

 品種によっては旬の時期なのに……っ! 生産している農家が少ないのが敗因か。

 生産者じゃなくても、自分の家用に作ってる人いなかったっけ。物々交換できたら、チャンスがあるのではないだろうか。ううむ。

 わたしがどうにか原価を下げられないかと悩んでいる間に、長男が質問する。


「ナッツは?」

「努力次第かなあ。木の実を集めてこれたら、原価が下がるのよ」

 秋だから、収穫が可能だ。ただし、長男は朝から晩まで忙しいので、無理だろうな。


 長男がうめいて、悔しそうにしている。


「ねえねえ、どっかで自家用にオレンジ植えてる家なかったっけ?」

「北の方にあったと思うわよ」

 わたしの問いに答えてくれた長女の言葉に希望が出てくる。


「オレンジを調達できたら、原価が下がるよね!」

「……ソレイユお姉ちゃん、ズルはダメだよ」

 三女の冷静な視線が突き刺さる。

 いつもはほんわか優しい三女なのに、こういうところはシビアなんだよねっ。


「ズルじゃない、ズルじゃないよ! ちゃんと交渉してくるから!」

「そもそもおいしいオレンジじゃなかったら、クッキーにはできないからね」

 三女の毅然とした言葉に、プライドを感じる。

 料理に関することには妥協しないんだもんなあ。お姉ちゃんは、涙目だよ。


「ねえ、オレンジも、木の実も、家の裏の林の中にあるよ」

 突然の三男の言葉に全員「え?」となる。


「前に、父さんに、林を使っていいか聞いたら、いいって言ってたから。色々植えてみた」

「前って、去年の春頃だったと思うけど。それなら、果樹も木の実も、まだ収穫はできないんじゃないのかい?」

 父の疑問に、三男が爆弾発言を返す。

「散歩してたエラが、手伝ってくれたよ。あ、アザリア苔がお駄賃だから、一握り分あげちゃった」

 エラがまさか三男と会ってたなんて知らなかった。

 それも、木の育成を手伝ってくれるなんて、大盤振る舞いじゃない?


「精霊のエラ・シルヴァーナが手伝ってくれたのか。それなら、納得はできるかな」

 納得できると言いつつも、父が思案するように唸る。


「かの精霊様は、大地と木々の精霊ですもの、植物に関することでしたら、手助けすることもあるのではないかしら」

 母の言葉に、納得する。

 エラって、大地と木々の精霊なんだ? だから苔のことも知ってたのかな?

 木を一気に成長させることもできるなんて、凄いよね。


「ディーゴもエラに会ったことがあったんだ?」

「時々ね。ウチで会うときは牛だけど、森で会ったときは、立派な角の牡鹿だったよ」

 時々ってことは、一度や二度じゃないんだね。わたしよりもずっと会ってるみたいだ。

 もしかして、三男が植物の育成に長けてるのって、エラが関係しているんだろうか。


 まあ、それはいいとして、重要なことがある!

「じゃあ、裏の林でオレンジが収穫できるんだよねっ」

「そろそろ、収穫できそうな木があったはずだよ」

 大勝利っ!

「ディーゴ様、どうかそのオレンジを、恵んでください」

 両手を胸の前でギュッと結んで、祈るように三男にお願いする。


「……気持ち悪いなあ。別にいいよ、いくらでも使って。ソレイユ姉ちゃんには、シリリシリリ草をもらったからね」

 へりくだったわたしを気持ち悪いと一蹴してからの、デレ。

 かわいい弟を持って、お姉ちゃんは嬉しいよ!


「よかったね、ソレイユお姉ちゃん」

 末っ子が無邪気に喜んでくれる。


「うんっ! これで、バターを作る元気が百倍になったよ」

「バターが終わったら、チーズもあるからな」

 水を差す長男に、思わず口をとがらせる。


「わかってるってば。まずはお菓子用にバターを作ってから、チーズを……チーズ風味のクッキーもありじゃない?」

「チーズ味ってことは、しょっぱいクッキー? おいしいのかな?」

 甘いとしょっぱいは両立するよ! きっと美味しいよ! 無限連鎖だよ!


「甘いのが苦手な人もいるから、しょっぱいクッキーもいいかもしれないわね」

 意外にも長女から好意的な意見が出てくる。


「アレクシスが、甘い物苦手なの。折角だから、彼にもティリスが作ったクッキーを食べてもらいたかったんだけど……難しいなら、いいの」

 ちょっと頬を赤くして言う長女に、恋する乙女の破壊力を見た。

 今まで以上に美人でカワイイよね! あー、これが恋かあ。恋って凄いなあ。

 わたしだけじゃなく、両親と年長組が温かい目になってる。


「そういうことなら、レベッカお姉ちゃん! 私、やってみるよ!」

 三女がやる気になったので、きっとチーズクッキーもラインナップに入ることだろう。


 ということは……。

「ソレイユお姉ちゃん、チーズも作ってね」


「うん。頑張るね」

 そうなるよね、わかってた。


「クッキーに入れる分のチーズには、シリリシリリ草は入れない方がいいと思うから、入れないでね」

 チーズとバターのダブルでドーピングはマズイよね。……あ、ドーピングって言っちゃった。


「了解」

 新しい課題を得て、生き生きしている三女だ。

 いつもはおとなしいけれど、本当にお菓子のことになると人が変わる。いい意味でね。


 結局この日はクッキーの種類も、値段も決まらなかったが、いいミーティングになったと思う。

 ライゼスにもクッキー食べさせてあげたいから、向こうに帰る前に三女にお願いして作ってもらおう。ライゼスとオブディティとオルト先輩と、あと、ダンスの時助けてくれたストルテにも。


 うんうん、きっとみんな喜ぶに違いない! 甘いのと、しょっぱいのを入れておけば、バッチリだ。




 後日、需要の調査の為に、三女がお裾分けと称して近所の家をクッキーを持って回ると、絶賛され予約までされた。そのため、当初考えていた量の倍を用意することになったのは、当然の流れだろう。


 そして、父が増設した保存用の冷蔵箱をいっぱいにするまで、わたしの人間チーズバター製造機としての仕事は続いたのだった。……頑張る、頑張った、わたし、頑張った。


 三女が作るクッキーも種類、単価が決まり、着々と製造されている。


 クッキーを入れるのは紙の袋で、そこに末っ子が考案したロゴのスタンプを押すことになった。

 紙で袋を作るのは末っ子の仕事だ。

 二男が版画にしたロゴを上手に刷ってくれる。


 クッキーは袋売りで、単種類の袋と、色々入ったアソートの袋が作られる。

 味見用に小さいクッキーも用意されるので、絶対、売り切れ必至だと思うんだよね。


 購入点数制限を設けることを提案したけれど、豊穣祭は三日間行われるので、一日目の売れ行きで制限するかどうかを決めるということになった。……足りるかなあ?

誤字脱字報告、本当にありがとうございます!


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誤字脱字報告、大変、大変っ助かっております! ありがとうございます!! ゜・*.✿*書籍化決定しました!*✿.*・゜ 読んでくださる皆さまのおかげです! ありがとうございます。°(°´ω`°)°。ウレシ泣キ
― 新着の感想 ―
素敵なお話(作品)ですね...☆ 毎回ほっこりしながら読んでいます...m(__)m 先生に感謝!(^-^) 初日に完売!に一票!(笑)
これは1日目から大変なことになりそう
二日目の午後からまた製造作業漬けになる姿が見える⋯⋯
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