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7.図書館

「ここで勉強しよう。ここなら本がたくさんあるからね」


 ライゼスに連れてこられた町の中央にある図書館を見上げた。


 誰でも使っていい場所だけど、入る時に持ち物の検査があって、鞄とかは入り口で預けなきゃいけない決まりになっている。

 ペンやインクの持ち込みもダメで、ここでは本を読むことしかできない。もしも、本をドロボーしたら無茶苦茶怒られるからねと何度も言われた。

 普通とは違う厳重さに不安になりながら、ライゼスに続いて中に入る。


「いらっしゃいませ、利用者名簿にご記名をお願い致します」


 藍色の制服を着た受付の司書のお兄さんが、丁寧な物腰でこちらに利用者名簿を渡してくる。ライゼスに促されて名前を書き、ライゼスもわたしに続いて名前を書いた。

 それから、鞄などの持ち物を預けて、中に入ることを許可された。


「ソレイユって、ちゃんと自分の名前を書けたんだね」

「三歳になったらお父さんが教えてくれるんだよ。双子たちもレベッカお姉ちゃんに教えてもらって、もう書けるよ」


 レベッカはウチで一番綺麗な文字を書く、これも玉の輿に乗るのに必要なことらしい。それを聞いて玉の輿って大変なんだなと思ってたら、わたしも道連れで文字の練習をさせられた。

 文字なんて読めればいいのにって言ったら、問答無用で書き取りが倍量になった。レベッカは理不尽だ。

 図書館の中に入ると、他の人はいなくて、わたしたち二人だけだった。


「まるで貸し切りみたいだね。それじゃあ、なにから読もうかな。ソレイユは読みたい本ある? 絵本もあるよ」

「自分で見て考えるー」


 彼の手を離して、棚の端から本の背表紙を眺めて歩く。

 図書館は大きくないので、見て歩くのも時間は掛からない。壁際にぐるっと棚があって、そこにびっしりと本が並んでいる。

 でもなにか物足りないなあ、なんて思いながらずらーっと並ぶ本の背を見る。


「『アブレシアの秘宝』『アベレニーズ考古学論』……名前順なんだねえ。探し物するの大変だね」

「ジャンル別の一覧表があるから大丈夫だよ。一覧表を見て、読みたいジャンルから本を探してから、本のタイトル順に並んでいるここから持っていくんだ」

「そうなんだ。一覧表見たいな」

「こっちだよ、おいで」


 彼に手を引かれて、入り口のドアの横にあるカウンターに置かれていた立派な表紙の本を開く。


「うわあ、凄いね! ジャンル別にも目次があるんだ」


 ワクワクするのを抑えられずに、ページを捲っていると、視線を感じて横にいる彼を見た。


「どしたの?」

「ソレイユって、時々難しい言葉使うよね」

「むつかしいことば? 使ってる? お父さんが使ってるからかなあ。あ、もしかして、ちょっと頭よさそうだった?」


 だったら嬉しいなと期待を込めて彼を見れば、彼は一歩後退ってわざとらしく咳払いする。


「そっか、おじさんが使ってるからか。うんうん、それなら、まあ」


 わざとらしい誤魔化しに目が据わる。


「そ、それよりもソレイユ、なにか読みたい本はみつかった?」


 いい女は隠し事を追及しないのよと、ウィンク付きで言っていた長女の言葉を思い出し、仕方ないから誤魔化されてあげるかと、彼の言葉に頷いた。


「魔法の本が読みたいから、この最初のを探してくる」

「『魔法の成り立ちと基礎』か、この一覧、優しい順から並んでて親切だな」


 感心している彼を置いて、『ま』の列を探す。


「まの列は魔法の本ばっかりでわかりやすいね。ライゼスはなにを読むの?」

「僕は、アーケイン王国史にするよ」

「アーケイン王国史? この国ってアーケイン・レムナント国だよね?」


 本を探している彼に声をかける。


「そうだよ、三百年くらい前に二つの国が一つになったんだって」

「へー、そうなんだ。ライゼスはなんでも知って――」


 言ってる途中でハッとなる、そうだ、ライゼスに教えてもらうんだった。


「ライゼスは、わたしに教える係!」

「思い出しちゃったか……」


 本を探す彼を本棚の前から引き剥がし、わたしの読みたい本を持って、ワクワクしながら部屋の真ん中に並んでいる机に座った。


「それじゃあ魔法は、魔力にイメージを伝えればできるってこと? 簡単?」

「まあそうだね」


 薄い魔法の本を読んだ感想を伝えると、彼は苦笑いした。


「ねえ、ソレイユ、どうしてわざわざ魔法を勉強するの?」

「え? 魔法は、勉強して覚えるものでしょ?」


 逆に問い返したわたしに、彼は首を傾げる。


「魔法は、わざわざ学ばなくても使えるものだよ」

「ええ……」


 手に持った本と、彼の顔を交互に見る。

 そういえば、兄や姉が魔法を習ってるところなんて見たことがない。だけど、いつの間にか使っていた。

 母も「魔力の量が~」と言っていたことから、もしかして魔法は感覚だけで使えるものなんだろうか。なぜか、勉強しなきゃ覚えられないものだと思い込んでいた。


「もちろん、ちゃんと魔法について学んだ方が、よりよく魔法を使えるっていう話だから、勉強するのはいいことだよ」

「ふーん……。リクツをわかってた方が、コーリツがいいってことね」

「そういうことだね」


 わざと難しい言い回しをしたわたしを、彼が温かい目で見る。

 父の受け売りなのを見透かされているようだ。


「効率がいいってことはさ、少しの魔力で魔法が使えるってことでしょ?」

「うん、合ってる」


 ということは、母が「魔力の量が少ないから」わたしには魔法が使えないと言っていたのが解決するってことだよね。


「じゃあ、勉強する。勉強して早く魔法を使えるようになって、家のお手伝いたくさんやるんだ!」

「志があるのはいいことだね」

「んふふ、そうでしょうともー。次の本持ってくるね」


 読み終えた本を持って、同じ本棚から次の本を選ぶ。


「まだ、魔法の本を読むの?」


 本棚までついてきた彼が、ちょっと不満そうだ。


「理屈を理解できてないからね。ちゃんと付き合ってね、ライゼス」


 ニッコリ笑って念を押すと、彼はわざとらしく肩を竦めてから、貴族みたいに片手を胸に当てて膝を落とした。


「承知いたしましたレディ。君の好奇心が尽きるまで、お付き合いいたしましょう」


 きょとんとしたわたしに、顔を上げた彼がニコリと笑ったので、わたしは両足を開き腰に両手を当てて大袈裟に頷いた。


「うむ、くるしゅうない」


 決まった途端、図書館の入り口から「ぷふっ」という吹き出す声が聞こえた。


「れ、レディではない、それはレディでは、ない」


 体を折ってぷぷぷっと笑いながら小さな声でツッコミを入れているのは、さっき受付をしてくれた司書の人だ。


「あっ、もう二時間経ってる。ソレイユ、ここはね、二時間だけ本を読めるんだ」

「そうなの?」


 高い所にある時計を見上げて、ライゼスが教えてくれる。


「坊ちゃんの仰るとおり、お時間を告げにまいりました」


 笑いがおさまった司書の人が、真面目な顔で折り目正しくそう言った。

 持っていた本を元の場所に戻し、ライゼスと一緒に司書さんにお礼を言ってから図書館を出て、家の前までライゼスが送ってくれた。


「じゃあ、また明日ね、ソレイユ」

「うん! また明日遊ぼうね、ライゼス!」


 帰る彼にバイバイと手を振る。ちょっと先にゴエーさんがいて、一緒に帰っていた。


「お帰り、ソレイユ。デートは楽しかった?」


 作業用の厚手のツナギ服を着てミルク缶を洗っていたレベッカに駆け寄る。


「図書館に行って、本読んできた」

「図書館デート……あんたたちの年で? 屋台とか、公園じゃなくて?」

「図書館面白かったよ」

「ああそう、まあ、あんたがいいならいいわ。着替えてから、子牛のお世話しなさいね」


 素直に感想を言ったわたしに、長女は笑顔で頭を撫でてくれた。


「でもさ、本が読みたいなら、お父さんに借りたらいいじゃない」

「ウチにも本があるの?」

「あるわよ? お父さんが大事にしてるから、ちゃんと聞いてからじゃないと読んじゃダメだけれど」

「知らなかった!」

「あんたがちっこい頃に、お父さんの大事な本を一冊ビリビリに破いて、お父さんが泣いちゃったから、お母さんに隠されちゃったのよ。本なんて高いんだから、絶対に汚したり破いたりしたらダメよ」


 知らなかった! っていうか、本を破いたなんて覚えてない。

 あわわわと青くなってるわたしに、長女は吹き出す。


「あんたが一歳の頃だから、覚えてるわけないわよ。お父さんも、読んだ本を出しっぱなしにしてるのが悪かったんだから、あんたが悪いわけじゃないの」


 早く子牛にミルクあげてきなさいと追い立てられて、服を着替えに急いで家に入った。

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誤字脱字報告、大変、大変っ助かっております! ありがとうございます!!
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