8.豊穣祭に参加するぞ
我が家は畜産がメインで、飼料や敷料(寝床用)にするのもかねて麦を作っている。あとは自家用の野菜が少しだ。
麦は秋に蒔いて初夏に家族総出で収穫する。収穫後は麦藁を圃場に広げて乾燥させてから、魔法で巨大なロール状にまとめて、麦稈置き場に貯蔵している。
この麦稈の状態も牛の成育や乳量や乳質に影響するから、適当なことはできないんだよね。などと、前世の知識がしたり顔をしているが、あいにくこの世界ではまだ粗飼料を分析するところまで進んでないのだ、品質の優劣は経験が大きい。
そんなわけで、収穫を祝う豊穣祭はちょっとピンとこないんだけど、祭りは目一杯楽しむ主義なので毎年とても楽しみにしていたのだが――。
「今年は、チーズとバターの出店を出すぞ」
夕飯時にそう長男が宣言したことで、出店を楽しむ側だったのが、楽しませる側にシフトすることになった。
「チーズとバターを売るだけなの? それって、つまらないよね」
三女のティリスが、愛らしく小首をかしげる。
「それ以外の商品がないんだから仕方ないだろ」
長男の言葉に、三女の目が輝いた。
「ソレイユ姉さんの作ったバターでクッキーを作るのはダメ? きっと凄くおいしいわ。ディーゴが頑張ったからシリリシリリ草も増えてきたし、あの素敵なバターを解禁してもいいでしょう? ねえ、お母さん」
料理が趣味の三女は、ことあるごとにあのバターとチーズを使いたがるが、母が禁じていたのだ。
止めておかないと使い尽くされるから、安定した生産ができるまではダメだと厳命されていたらしい。以前、焼き菓子作りにはまったティリスに、砂糖が使い尽くされたことがあるから、止めた母の気持ちはわかる。
母は食事の手を止めて、ティリスを見た。
「わかったわ。クッキーはどんな風に提供するのか、実際に見せてちょうだいね。問題がなければ、どのくらいの量を作る予定か、予算はいくら必要なのか、収益はどのくらいを見込んでいるのか、紙に書いて提出してもらうけれど、できる?」
「できます! やります!」
母の問いに、表情を引き締めて頷く三女。
クッキーを作るという野望を前にしたら、多少のハードルには燃えるだけだよね!
「じゃあ、ぼくはシリリシリリ草の粉をたくさん作るよ。そろそろ間引いた方がよさそうだから、ちょうどよかった。秋祭りに間に合う」
三男のディーゴが、楽しそうに計画している。
「わたしも手伝いたい!」
末っ子のカティアが身を乗り出す。
もう六歳ではあるんだけど、かわいい末っ子なのでみんなちょっと甘やかしがちだし、危ないことからは極力遠ざけてしまう。だから、疎外感があるのかもしれない。
「そうだね。カティアには、今回お店に出す商品の、ラベルの絵を描いてもらおうか」
「ラベル?」
父の言葉に、末っ子がきょとんとする。
「それ、いいわね、お父さん。カティアに、我が家の看板を考えてもらいましょうよ、それを商品にも付けたら素敵じゃない?」
「絵を版画にして、商品を包む紙に刷ったらいいよな。カティアあんまり難しくない絵にできるか?」
「牛! 牛は入れて欲しい」
二男に続いて、わたしも要望を出す。
わたしたちの言葉を真面目な顔で聞いていた末っ子は、真剣な顔でふんふんと頷く。
「わかった! がんばる!」
「折角だから何パターンか考えてみてね。決まったら、バンディに看板を作ってもらうのと、版画も作ってもらいましょうね」
長女の言葉に二男はギョッとした顔をしたものの、すぐに腹をくくったようだった。長男に次いで手先が器用だから、いい人選だよね。
「それじゃあ、出店の申し込みをしておくよ」
「カティアは絵、ティリスはお菓子、カシュー兄さんと父さんは搾乳機作り、バンディは看板、ディーゴはシリリシリリ草栽培、レベッカ姉さんは?」
「私はミス・ルヴェデュ三連覇の為に頑張るわよ」
そう言って力こぶを作るが、ミスコンなのでパワーは必要ない。
「そっか、十五歳からずっとだもんね。今年も頑張ってね」
「ちょっと、冗談なんだからそのまま受け取られても困るわよ」
わたしが力強く応援すると、長女が焦る。
「今年が最後だから、全力で獲りに行けばいいんじゃないのか? レベッカが優勝すれば、うちの商品に箔が付くだろ」
長男の言葉に、思わず首を傾げる。
「今年で最後? 十八歳まで、だっけ?」
結婚したら出場はできないけど、年齢制限はなかったハズだよね。
わたしの言葉に、他の家族が顔を見合わせる。
「もしかして、誰も伝えてないんじゃない?」
「てっきりレベッカが伝えてるものだとばかり」
「自分で言うのは恥ずかしいもの、私は手紙に書いてないわよ」
「そうか……」
コソコソとした話し合いは終わり、父がわたしに向き直る。
「レベッカが来年の春に結婚することになりました」
突然の発表に、思わず身を乗り出す。
「おお! 誰と!?」
付き合ってる人って居たっけ? いい雰囲気だった人、思い出せないんだけど。
「ソレイユが切っ掛けよ。冒険者のアレクシス」
あれくしす……あ! 熊の一撃亭で助けてくれた、冒険者の! 確かにあの時、長女にひと目惚れしてたけど、あれから四年くらい経ってるのに噂なんか聞いたことなかったよ。
「冒険者として、アザリアの遺跡を攻略して、その足でプロポーズに来たのよ」
告白しにきた人に対する長女の常套句を真に受けたのかあの人。
長女はあの頃、一旗揚げた人じゃないと、相手にしないって明言してたもんね。
それを成し遂げて、告白する男気が素晴らしい。
「あそこを攻略したのって、あの人だったんだ! 凄いね!」
わたしはライゼスたちと第十五階層まで降りたけど、索敵の魔法やステータスを駆使して無理をしない範囲だったけど。普通は神経をとがらせて安全をしっかり確保しながらだから、凄く大変なんだよね。
それを第二十階層までなんて、凄い。
「何日もダンジョンに潜っていて魔法も使う余裕がなくて全身汚れてるし、ヘロヘロだしで、全然プロポーズらしくなかったわよ」
長女が呆れた風に肩をすくませる。
「すかさず魔法で綺麗にして、ケガまで治してやったくせに」
バンディが茶々を入れる。
「私が美人過ぎて誰も寄ってこないのが悪いのよ。彼で手を打つしかないじゃない」
照れ隠しなのがわかる頬の赤味がカワイイよね。
「それに彼は冒険者だから、基本的に私はここで働いて、彼はダンジョンに潜るっていう生活になるの。だから、家の人手も減らなくて丁度いいのよ」
それは、確かに無茶苦茶丁度いい。
「最高の人選だね!」
「でしょう?」
したり顔の長女。
「あーあ、レベッカ姉ちゃんが出て行ってくれたら、部屋がちょっと広くなるのに」
「あら、結婚したら出ていくわよ。町に部屋を借りる予定なの」
長女の言葉に、わたし以外の家族全員が長女を見た。あれ? みんな知らなかったっぽい?
長女……ほうれんそう、報告・連絡・相談は大事だよ。
「そ……そうか、そうだよな、うん」
父が動揺している。
「てっきり、ここに住むのかと思っていたわ」
母もそんなことを言っている。
確かにこの世界の農村部では、結婚しても家を出ないで、そのまま同居するケースが多くみられるんだよね。二世帯どころじゃなく三世帯とか四世帯とかもある、農業は人手があってなんぼなので、基本的に大家族なのだ。
新規で農業に参入した我が家がレアケースなんだよね、わたしたち子供世代が働けるようになった現状で、やっと通常の形態に近づいてきたかなってところだ。
「アレクシスさんの拠点がここなら、敷地内に家を建てたら? この家にアレクシスさんが入るにしても、手狭になるだろうし、新居はあってもいいんじゃないかな」
「領都の学園に通ってるソレイユが言うなよ」
学園に通うのにお金が掛かってるって言いたいんだろうな。
二男からムッとした声で指摘が入るが、母がそれに指摘を入れる。
「あら、ソレイユは自分で稼いだお金で、学園の費用を出しているわよ」
「は? だって、安くないだろ」
「ソレイユ名義の特許があるでしょ? その収入があるのよ」
あとはダンジョンでの収入があるけど、それは内緒にしている。低階層までしかダメってことになってるから、ばれたら怒られる。
「でも、領主様が後見してくれてるってことは、そっちからもお金が出てるんだろ」
二男が食い下がった。
「領主様には、入学の後見だけをしていただいているわ。お金を出していただくと、卒業してからソレイユの進路が狭まるかもしれないでしょう?」
うんうん、と強く頷く。
領主様の言う通りにしか進路を決められないなんてことになったら、つまらないよね!
「……そうなのか。知らなかった」
二男の気まずそうな視線がこちらを向くが、まあ、知らなくてもいい話だよ。
父たちが、わたし名義で取った特許の収入を学費に使わせてくれるのがありがたい。
前世の記憶が、ありがたそうに両手を合わせている。
「お父さんたちのおかげだよ。特許取るのって、凄く面倒くさいのに、全部やってくれたから、わたしは学園に行けるんだ」
あのライゼスでさえも、オルト先輩の特許関係の書類を作るの大変そうなんだよね。本人は嬉々として書類仕事をしているけどさ。
父は、わたし起案のものはわたし名義にして、そうじゃないのはちゃんと父や兄名義になっている。
「ソレイユの無茶な提案があっての、ダイン家でもあるから。気にすんな」
父に次いでわたしの迷惑を被っている長男が、おおらかに言う。
無茶振りあってのダイン家って大げさだよね。
「新居については、アレクシスくんも含めて検討しよう」
「今は、少し離れたダンジョンに潜ってるけど、豊穣祭には帰ってくるって言ってたわ」
長女の言葉に、じゃあそれから話を進めようってことになった。
豊穣祭が終わったら学園に戻らなきゃならないので、その前に会えそうでよかった。
それから、作業内容を細かく書き出し、役割分担をして、豊穣祭に向けて動き出すことになった。