7.栽培
できたてのフレッシュチーズにシリリシリリ草を入れることを思い出したわたしの顔の横で、粉の入った瓶が振られた。
「欲しいのはコレかしら? あなたたちだけで、楽しそうなことやってるわね」
「レ、レベッカ! いや、別に、内緒にしてたわけじゃなくて、だな」
長男が焦るのを横目に、長女から渡されたシリリシリリ草の粉末を受け取り、チーズに振りかけて混ぜる。今回はちゃんと少なめにした! 少なかったら足せばいいからね。
「あっ! ソレイユ、チーズ全部に混ぜるなんて! 万が一、合わなかったらどうするのよっ」
「あ」
長女の指摘にハッとする。
そうだよね、バターには合ったけど、チーズに合うとは限らないんだった。
「あ、じゃない。いきなり行動するんじゃなくて、一回確認してからにしなさいね」
言いながら、魔法で綺麗にした手で混ぜ終えたチーズをちぎって口に入れると、マツゲばちばちの目が大きくなり、もう一口分ちぎってわたしの口に放り込んでくれた。
口に入れた瞬間、チーズの香りに満たされる。
うまみが全力でわたしに襲いかかる。
飲み込むのがもったいない、口の中からチーズが消えるまで目をつむって味わう。
「――最高にうまいな」
自分で手を綺麗にしてから、チーズを毟って食べた長兄が唸る。
「これは――確かに、凄い」
ライゼスの語彙力がおかしくなってるが、気持ちはわかる。
わたしもバターを食べたときに、言葉がなかったからね。
「シリリシリリ草、凄いなあ」
もしかして、コレを混ぜたスパイスミックスみたいな味付け調味料を作ってステーキとかにかけたら、もの凄いことになるかも! あとで試してみよう。
それにしても、本当においしい。
自分の手に魔法を掛けてから、チーズをむしって口に入れる。
「でも、こうやって魔法でチーズが作れるなら、量産も難しくないんじゃないかな!」
「難しいに決まってるだろうが。普通は一定の温度に温めるとか、同じ速度でかき混ぜ続けるとか、液体と固体を一緒に保持するとか、それを浮かせたままでやるとか、集中力が保たないもんなんだよ。俺でも、最初の加熱くらいまでしかやる自信ねえ」
チーズをつまみながら、長男が説明してくれる。
「父さんだって、宙に浮かせて麦稈切り刻んでるよ」
「あれは風で浮かせて、その風で切ってるんだ。ソレイユはまるっきり別のことを、二本立てでやってるだろうが」
「そういえば、風じゃなくて重力の魔法でやってた」
壊滅的なダンスをなんとかするために編み出した魔法を馴染むまで特訓したおかげで、使いたいときに自然と使えるようになってたみたいだ。
だから、今もたいして意識しなくてもチーズを浮かせられている。
「そっか……。じゃあ、やっぱり、この行程を魔道具でなんとかしないとね! カシュー兄さんの得意分野だよね」
それにしても、手が止まらないな。浮かせたままのチーズの表面が、目に見えて減っていく。
ライゼスもチーズに手を伸ばして少しずつ摘んでるし。
「ソレイユだって、学園で魔道具創作部ってのに入ったんだろ」
「わたしはどうしても、概念を崩せないんだよね。カシュー兄さんは、色んな方向から考えて、わたしじゃ考えつかないようなやり方で完成させるし、形にするのが無茶苦茶早いもん」
「あなたたち、その手を止めなさい。ソレイユ、チーズはこの器に入れてちょうだい」
いつの間にか大きな器を取りに行っていた長女に命じられ、すごすごとチーズを器に入れる。
長女は最初の一口しか食べてない。本当に、自制心の強さが半端ない。
「ライゼス様、帰りに母屋に寄って、バターとチーズを持っていってくださいね」
母屋に向かう長女を名残惜しく見送ってから、ライゼスがぽつりとつぶやく。
「本当に、凄いですね、アレは」
「だろ? 凄いんだよ。だからちょっと、アレを売るのはなぁ。もっともっと少量を入れるくらいにしなきゃ、出せないよな」
「ダンジョンの奥で採取した植物なので、継続的に販売できる見込みもありませんしね」
「栽培できればいいんだけどな」
長男の言葉に、確かにそうだよね。
「試しに植えてみる? 昨日取ってきたばかりだから、もしかしたらまだ根がつくかもよ」
「まだあるのか?」
「あるよ、ちょっと取ってくるね」
長男とライゼスを置いて、大急ぎでシリリシリリ草が入っている袋を取りに行き、急いで持って戻ろうとすると三男のディーゴに見つかった。
「ソレイユ姉ちゃん、なにしてんの」
「カシュー兄さんたちと、シリリシリリ草を栽培できないか、相談してるの」
わたしの後ろをついてくる三男に素っ気なく答える。
「それ、バターに入れたやつだろ? 増やせるのか?」
「わからないから、実験するの」
結局、長男とライゼスがいるところまでついてきた。
「あ、ライゼス兄ちゃん!」
「ディーゴくん、久しぶり」
わたしを追い越してライゼスの元に行く三男……。
どうして、うちの男子はライゼスが好きなんだろう? しばらく会ってなかったのに、全然普通に挨拶してるし。
「新しい植物植えるなら、あっちに畑あるよ!」
「今、行こうとしてたところだ」
「カシュー兄ちゃんには言ってないだろ」
三男が長男に口答えしている。
おお? 反抗期か?
久しぶりに三男のステータスを確認してみる。
「……植物の育成に才能を発揮――できちゃうのか。最高」
反抗期ではなかったが、なんだかとてもいい情報を手に入れたぞ。
ライゼスのなにか言いたそうな視線を感じるが、弟たちは昔から見てるからね。小さい頃は健康チェックもあったから、毎日見てたし。
「ディーゴ、このシリリシリリ草を増やすの頼んでもいい?」
「は? え? ぼくが育てていいの?」
「うん。どんな環境がいいのかわかんないから、もし枯らしちゃっても、わたしがまた採ってくるよ。色々試してみてよ」
シリリシリリ草が入っている袋をまるごと三男に渡す。
「ソレイユ、それが全部なんだろ。さすがに全部はまずいんじゃないのか」
長男が心配するけど、わたしの独断で却下する。
「ぼくがちゃんと育てるよ!」
しっかりと袋を持った三男が真剣な顔で請け負ってくれた。
「ライゼス兄ちゃん、これってどんなところに生えてたの? 土の様子は? 日光は?」
「ダンジョンの石の隙間から生えてたよ、日光は基本的にはなかったかな」
ライゼスが言った言葉に、三男は慌てて袋の口をきゅっと締める。
「じゃあ、日光が嫌いなのかも。石の隙間ってことは、水もない方がいいのかな」
じーっと袋越しにシリリシリリ草のステータスを見る。
うん、三男が言った通りの育成で問題なさそうだ。
「すこしジメッとしてる場所だったから、多少は水があったほうがいいかもね」
「じゃあ、霧吹きでかけるくらいかな。町の図書館でも調べてみる」
なんだか凄く生き生きしておる。
ライゼスから聞き取りを終えると、すぐに袋を持って行ってしまった。
手伝いが欲しいときは声をかけてね、とは言ったけれど、聞こえていたかどうかはあやしい。
「シリリシリリ草はディーゴに任せとけば、大丈夫だと思うよ」
「ソレイユがそう言うなら」
ライゼスも承知してくれる。
「ディーゴはあれで植物を育てるのがうまいから、案外ちゃんと増やしてくれるかもな。枯らしちまったら、悪いけどまた頼むよ」
「いいよー。でも多分、大丈夫じゃないかな」
シリリシリリ草を植えたところをあとで見に行って『ヒーリングライト』をかけておけば、ちゃんと根もつくと思うし、そうじゃなくても三男がちゃんと育ててくれると思うから。
三男ディーゴは予想以上の働きを見せてくれた。
その日のうちに、父に地下畑を作る許可を得て、家の裏に地下室を作った。
小さい頃からわたしが魔法を教えていただけあって、堅い地面も魔法で掘り下げて結構深い縦穴を作り、そこから横に広げていく。
途中で魔力が足りなくなったので、二男であるバンディが手伝った。バンディはわたしが教えたわけではないが、わたしに負けたくないがために独力で頑張っている。
父の助言を受けて、地下室の天井と壁面には柱が組まれて、しっかりと補強された。
それから、地上の土を中に持ち込み畑を作り、シリリシリリ草を植える。
地下を明るくする流れで、わたしがライトのふりをしてヒーリングライトで作業の間中、地下を照らしておいた。
これで、根がつくのは間違いないね。
最後まで付き合ってくれたライゼスが、諦めの目をしてわたしを見たのが解せない。
使えるものはなんでも使うべきだと思うのよ。
途中でヒーリングライトに惹かれたユキマルがやってきて、危うく植えたばかりのシリリシリリ草が踏み荒らされるところだったのはご愛敬だ。
カティアに回収されて、ムウムウ言っていた。
最高の育成場所を手に入れたシリリシリリ草が、大繁殖して嬉しい悲鳴を上げたのは、それから数日も経たない日の話となる。
大繁殖について伝えるとライゼスに疑いの目で見られたけど、初日の定植以外でヒーリングライトは使ってないよ! と、力一杯否定しておいた。
それからほんの数日、ルヴェデュの町に滞在したライゼスは、すぐに領都に帰って行った。
一応視察の名目ということなので、アザリアの遺跡で活気がある町の視察などを行い、きちんと報告書をまとめていた。
勿論、シリリシリリ草の事も書かれていて、一緒に畑も作っていたので、立派な栽培の手引きができた。素晴らしい!
料理下手なので、入れればなんでも美味しくなるシリリシリリ草の粉末が凄く欲しいと思いました。
こる.