6.ほうれんそう
昼前に遊びに来たライゼスに、今朝あった事を伝えた。
報連相は大事だからね!
「わかったよ、シリリシリリ草は僕が知っていたことになったんだね。それにしても、昨日の今日で既にそんなことになってるなんて、思わなかったよ」
ライゼスが遠くを見ているけれど、そっちになにかあるのかと視線をやっても、遠くに山があるくらいで特になにも見当たらなかった。
「うん、ビックリだよね! カシュー兄さんもレベッカ姉さんもヤル気満々だよ。あとで、バターあげるね! ライゼスの功績でもあるから、レベッカ姉さんが取り分けてくれてあるんだ」
追加で二キロ分のバターと混ぜたので、あの強烈な感じはなくなったので安心して渡せる。
「僕はなにもしてないけど。そのバターは興味があるな、楽しみにしてるよ」
帰りがけ、忘れずに渡さねば!
「あっ! ライゼスさん、こんにちわ」
緑のブチの子牛を連れて、三女が歩いてきた。今朝、もう育成舎の方に移動してもいいことになった子牛の移動か。
「こんにちわ、ティリスさん」
四年ぶりの再会でもちゃんと三女の名前を呼んでくれるライゼスの記憶力は素晴らしいな。
当時八歳でまだまだ小さかったティリスも、もう十二歳。身長もすらりと伸びて、姉の欲目でも可愛く成長していると思うのだ。
「カシュー兄さんが、相談に乗って欲しいって言ってました。時間があれば、よろしくお願いします」
「わかったよ、伝言ありがとう」
ニッコリ笑って去る三女に、ライゼスも手を振って応える。
「相談ってなんだろうね?」
「わたしは聞いてないけど、もしかすると生乳のことかな」
本人に確認するのが一番早いと、ライゼスと一緒に長男を探す。
索敵の魔法で生き物の居場所は把握できるから、長男っぽい動きをしている人がいる育成舎の裏に向かった。
「ライゼス様、お久し振りです! 領都からソレイユを送っていただき、ありがとうございました」
こちらに気づいた長男が、手を止めて駆け寄ってきた。
綺麗にする魔法で汚れを落としてから、挨拶をする。
「お久しぶりです。お元気そうですね」
「もちろん! 調子が悪くなっても、アザリア苔を煎じて飲んだら一発だ」
……アザリア苔って動物用の滋養強壮薬では? 人間も動物といえば、動物だから、まあいいのか。
「それはいいことを聞きました。今度僕も、試してみます」
え、ライゼスも飲むの? じゃあわたしも、風邪の引き始めとかに飲んでみようかな。この年まで、風邪を引いた記憶がないけど。
「人間用に飲みやすくしたのがあるから、あとで母さんからもらってくれ。それで、ひとつ相談があるんだが」
最初こそ敬語だったのに、すぐに元に戻ってる。さすが我が兄だ。
「生乳が余りがちなんだが、バター以外に使い道はないだろうか」
なるほど、バターだけじゃなく、他にも商品を増やしたいわけか。
「ぱっと思いつくのはチーズですが」
「チーズか……作り方がなあ」
長男が難色を示すと、ライゼスが上着の内ポケットから一冊のノートを出した。
「何種類かのチーズの作り方について書いてありますので、ご参考にしてください」
チーズといえば、ホエイが副産物だよね、ホエイ豚っていたよね。
栄養がある液体だから、牛にあげてもいいのかな? 搾乳中の牛は乾草とかの粗飼料がメインだから、肥育中の肉牛にならいいかも。あとで父に聞いてみよう、こっちの牛は事情が違うかもしれないし。
「ず、ずいぶん用意がいいが……。ありがたくお借りします」
長男が恐縮しながら、ノートを受け取った。
「この地域の乳量が安定して右肩上がりなのは、父に聞いて知っていましたので。遅かれ早かれ、余剰が出てくるのではないかと思ってました」
「さすがライゼスだよね!」
予測した上でちゃんと準備をしてくれるのが、ライゼスって感じだ。
「うーん、でも商品として製造するなら。ある程度の道具を揃えた方がいいよな、できれば専用の設備も準備したいよなあ」
長男はブツブツ言いながらノートを捲っている。
「ところで、我が家に加工部門を抱えるくらいの、人的余裕はあるの?」
「ぐ……っ」
魔法を使っているから、完全に手作業での搾乳とは違って、かなり搾乳できてはいるけれど。
「手間取る作業は色々あるけど、まずは搾乳を自動化したいよね。搾乳用の魔道具とか、搾乳した乳を貯蔵する装置も欲しい。ミルキングパーラーが欲しい。いや、どうせなら、夢のロータリーパーラーを、夢の……」
前世の知識と思しきものが、どばーっと押し寄せてくる。
まずは搾乳の魔道具が欲しい。凄く欲しい。
それに伴って、保冷機能のあるバルククーラーも要る。絶対に要る。
「ソレイユ、暴走しちゃダメだよ。まずはできる所から、だからね」
ライゼスが真剣な顔でわたしに注意する。
「いやだなあ、わかってるよ、できることしかできないからねっ」
「そりゃそうだな。それで、搾乳の魔道具ってのは、具体的にどんな感じなんだ?」
長男が話を振ってくれた。待ってました!
「ええとね! 搾乳はねカップを乳房にかぽっと嵌めて、カップから伸びる管から牛の乳を吸い上げて、大きな冷却機能付きのタンクに貯めるの」
地面に牛の絵と搾乳に必要なシステムを描いていく。
「乳を吸い上げるって、絞るんじゃなくてか?」
「うん。この部分を、真空……空気のない状態にしておいて、このカップを付けることで、乳房から乳が吸い出されるって寸法です」
「ふんふん。空気を抜けば、吸い込む力が生まれるってのはわかる。ってことは、ここら辺は柔らかい材料じゃあダメだな――」
ざっくりと描いた絵と適当な説明で理解してくれる長男は、とても頼もしいな!
向こうの世界寄りの思考になりがちなわたしのアイディアを、長男がこっちの世界仕様に直してくれる。適切に魔法を使い、欲しい結果を作り出してくれるんだよね、最高だ。
勿論、博識な父の協力も必要だけど。
こうやって動き出した長男は、完成するか、どうしても技術的に無理だと判断できるまで止まらない。
父と長男がいなければ、我が家がこんなに発展することはなかったと断言できる。
二人が作った便利道具は素晴らしいのがたくさんあるし、それの特許収入もあるのだ。わたしの思いつきから生まれた物もあるけれど、それ以外のものもたくさんある。
魔法がある世界っていうのは、無理が利いて面白いよねえ。前世を思い出したら、余計にこの世界が楽しくて仕方がない、教えてくれたオブディティに感謝だよね。
「父さんと相談してみるか。これで搾乳時間が短縮できれば、加工や販売の方に時間を割けるようになるよな」
「うんうん!」
そういうことなのです! 時間の短縮もそうだし、うまくいけば作業に割く人数も減らせるよね。まずは、搾乳設備ありきなので、ロータリーパーラーは搾乳がうまくいってからの相談だ。
「とはいえだ、それと平行してチーズ作りもはじめたいよな」
「うんうん!」
それはそれ、これはこれだよねっ!
「この、フレッシュチーズなら、すぐできそうだよね」
ライゼスのノートをめくる。
発酵させたチーズも追々作りたいけど、まずは目先のフレッシュチーズだ。
「カシュー兄さん、もしかして、使ってもいいミルクってある?」
「あるぞ、絞りたてだ」
そう言って出してきた大きなミルク缶。四十リットル入るやつ。
「やったね!」
ということで、ここから先は朝と同じだ。
キャッキャしながら、魔法で浮かせた生乳を温めそこにレモン汁を少しずつ加えていくと固まりはじめるので、優しく混ぜる。液体と固体に分かれてくるので、液体をミルク缶に移す。このホエイは栄養価が高いからスープなんかに使えるらしい、もちろん飼料にする野望もある。固体を軽く絞ってから塩を少々加えて完成。
「なるほど……全行程魔法でやってしまうのか、ソレイユは」
ライゼスの声が呆れ混じりだ。
「案外できるものだよ!」
「できねえよ。普通は」
長男が、すぐさま否定してきた。
むう、実際にできてるのにな。
「多分これで合ってるよね? あとはこれを冷蔵箱で一日休ませたら完成? バターと同じ調子で作ってたら、倍以上できちゃった……」
できあがった大量のフレッシュチーズを宙に浮かせたまま、戸惑ってしまう。
「これ、食べきれるかな」
「ご近所に分ければいいだろ。まずは味見だな」
長男はそう言うと浮かせたままのチーズを、魔法で綺麗にした手で摘んでむしり取って味見する。
「ん、悪くない。ライゼス様もどうぞ?」
長男に勧められて、ライゼスも魔法で手を綺麗にしてからチーズをむしって食べた。
「うん、おいしいと思うよ」
「あっ! アレ入れるの忘れてた」
わたしが声を上げると長男もハッとする。
母屋に向かいかけたわたしの顔の横に、抹茶のような粉の入った瓶がぬっと出てきた。
それはわたしが朝、母に料理用としてプレゼントしたシリリシリリ草の粉だった。