5.シリリシリリ草
前話、1日間違えて更新したので、連続になりますが本日もお付き合いいただけると嬉しいです!
翌朝、無茶苦茶すっきり目が覚めた。
誰よりも早く起きて部屋を出て下に行くと、まだ薄暗い中で母が朝ご飯の準備をはじめていた。父も多分もう外で仕事をしている。
父母は本当にいつ寝てるんだろう。
あ、そうだ! 暗いから、ヒーリングライト!
ピカーッと光を放つと、部屋の隅で寝ていたユキマルがぴょこんと起き出して、光を全身に浴びて喜んでいる。
「おはよう、ソレイ――ぷ、うふふっ、な、なあに? どうしてお顔を光らせてるの? ふふふっ。それも、学園で習ったのかしら?」
母らしからぬ大笑いをしてくれた。
「おはよう、お母さん。これは、学園でじゃないけど、新しく覚えたの。ほら、顔から出すと手が自由だから、いいでしょ?」
「うん、そうね。ソレイユは、本当に変わらないわね」
安心したような母の声に、首を傾げる。
「やだなあ、そんなに簡単に変わらないよー。昨日は、牛たちに会いに行けなかったから、ちょっと見に行ってくるね」
「はいはい、いってらっしゃい」
母に見送られて、足元にユキマルを従えて牛舎に向かう。
まず子牛の哺育舎に行ってステータスを確認する。
新たに生まれた子牛たちは、わたしに興味津々だ。……もしかすると、顔面を光らせてるからかな?
やっぱりおでこからにしておこう、光も気持ち柔らかめにして。
ヒーリングライトなので当たると気持ちいいらしく、初顔合わせにもかかわらず、わたしの間近で気持ちよさそうな顔をしている。
ユキマルがぴょんぴょん跳ねて自分も光に当たろうとしているけど、牛のサイズには及ばないので、蹴られたらかわいそうなので、拾い上げてわたしの頭に乗せてみる。
なかなかうまい具合に頭にフィットして、ちょいちょいと手を伸ばしておでこから出ている光にじゃれている。邪魔ではないので、このままでいいかな。
子牛たちのステータスを確認したけれど、異常がなくて安心した。出産間近の母牛も問題ナシだ。
それにしても、前世の記憶を思い出した今では、この世界の牛って本当にカラフルだなと思う。
赤、青、黄色、黄緑、オレンジ色、紫、それらの色も、濃淡が違っていたり、一頭として同じ柄もいないし、本当に個性的だ。
ずっと見てても飽きないよね。
「ソレイユ? そろそろ朝ご飯――ぶふっ!」
外で作業していたらしい父が、わたしを見て吹き出した。
頭にユキマルを乗せ、おでこからヒーリングライトを出しているのだから、まあ、面白いよね。
「お父さん、おはよう! こんなのもできるよ!」
おでこじゃなくて顔面から光を放つと、父が逃げ出した。離れたところで爆笑している声が聞こえてくる。
ヒーリングライトは本当にウケがいいなあ。
父の腹筋を崩壊させないために、父の前で顔面からヒーリングライトを出すのはやめておこう。
「お父さん、朝ご飯食べに行こう」
「ああ、そうだね。うん、行こうか」
もう光は消したのに、わたしの顔を見ただけで吹き出しそうになるのはどうかな。父を引っ張って家に戻る間に、朝の搾乳をしていた長男と長女に合流した。
周囲には、ミルク缶がたくさん並んでいる。
ちょっと疲れた顔の長女に、無言で頭の上のユキマルを取られてしまう。ユキマルは、長女に柔らかなお腹に顔を埋めて深呼吸されてもおとなしくしている。
長女の癒やしになってあげてね、後でヒーリングライトを浴びせてあげるから。
「ミルク、大量だねえ。なんだか、前よりも多くない?」
「ああ、すっかり乳量が安定してるし、牛の死亡率も低くなってるから、多くなるんだよな」
乳量が増えたのは良いことだと思うんだけど、長男の表情は苦い。
「ま……まさか、生産量が多過ぎて、廃棄なんて……」
前世の苦い記憶があふれ出す。
搾乳した乳を、生産調整で廃棄しなければならなかったあの日の記憶。あの苦渋を、この世界でも味わわなければならないのか。
「いや、捨てはしないって。だけどなあ……」
「ウチだけでなくて、他の酪農家も乳量が増えていて、生産と消費のバランスが良くないのよね」
「安く卸すのも一つの手段だけど、それをすると今後、足下を見られる可能性があるから」
長男と長女の言葉を、父は口を挟まずにウンウンと聞いている。
「ずっと考えていたのだけれど、加工して販売するのはどうかしら? バターとかチーズとか。各家庭で作ってはいるけど、売り出したらそれはそれで売れるんじゃない? ほら、バターなんて作るのが重労働でしょう?」
長女の言葉にわたしは首を傾げる。
「バターって撹拌するだけじゃないの? ほら、魔法でブーンってやれば、すぐにできるよね?」
わたしに呆れた視線が集まった。え?
ユキマルをわたしの頭から長男の頭に乗せ換えた長女が、生乳で満たされた缶をひとつわたしの前に置いた。
「やってみなさい」
「えっ!? これ一缶使って良いの?」
動揺して父と兄に視線を向けるが、頷かれてしまった。
どうしよう、凄い、わっくわくする!
「じゃあまず、冷やします!」
一応作り方は知ってるんだよ、母が料理するところを見てたりしたからね。
本当は数時間冷やさなきゃならないけれど、そこは魔法でシャランラ~☆
ほどよく冷やして、冷やして、ちょっと混ぜつつ中まで冷やして、上の方に集まった脂肪分の濃いところを魔法で空中にすくい上げる。
「できたクリームを、撹拌!」
父が麦稈を細かくしている魔法をマネして、脂肪分の多い生乳を球体に閉じ込め、風の魔法でブーンと思い切りホイップする。
「おお! もう分離してきた!」
「ソレイユ、こっちの空いてる缶にバターミルクを移しなさい」
「はーい」
バターミルクを缶に移して、残った固形物がバターだ。
「……思ったよりも少ない」
「これだけあるなら、十分だわ。冷たい水で洗ってみて、余分なバターミルクが出てくるわよ」
浮かせたまま、長女の言葉に従って魔法で出した冷水で洗って、重力の魔法で圧を掛けて汁を抜き、最後に丸く形成する。
「これって、慣れたらもっと早くできそうだよね」
作った感想を伝えながら、完成したバターの玉を長女に差し出す。
「……ソレイユの魔法操作を侮っていたわ。言っておくけれど、普通はこんな風に、全部の行程を魔法でなんてできないのよ、そもそも魔法でやろうとする人なんていないわ」
ハンカチに綺麗にする魔法を掛けてから、その上にバターを受け取った長女の言葉に首を捻ってしまう。
「折角魔法が使えるのに。そういうもの?」
「そういうものよ」
自分が魔法の操作が上手い自覚はあるけれど、もしかすると思ったよりも他の人は魔法の操作が苦手なのかもしれない。
「ということは、バターやチーズは、案外売れるってこと?」
「可能性があるということね。でも、人力で作るとなると量が作れないのよね」
「一缶でこれだけなら、この一塊に一缶分の値段を付けなきゃならないが、そんな値段で売れるだろうか」
長男の言葉に唸る。確かに、原材料と労力などのコストを考えなきゃいけない。
「バターに付加価値を付けるとか? 『ダイン印バター』とかブランドを付けるとか。バターに香草を練り込んで香り付けをしたり……あ! いいのがある」
アザリアの遺跡で採取したシリリシリリ草があるじゃないか! 冒険者ギルドに売らなくてよかった。
大急ぎで家に戻って「朝ご飯よー」という母の言葉に生返事をして、荷物を漁ってシリリシリリ草が入った袋から五本掴んで取り出し、大急ぎで父たちの所に戻る。
「ちょっと待ってね、今作るから!」
これは、アザリア苔のような陰干しで三日なんていう指定がないので、魔法で水洗いしてから魔法で乾燥、粉砕して、抹茶の粉のようになったそれをたっぷりバターに混ぜ込んだ。
クンクンと匂いを嗅いでみる。
「うわ、無茶苦茶美味しそう」
自分で作っておいてなんだけど、凄く美味しそうな匂いがする!
他のみんなもそれぞれ匂いを嗅いで、驚いた顔をしている。
「そういえば、お母さんがご飯だよって言ってた!」
「パンに塗ろう! 絶対うまい!」
「塩を入れてないから、塩を混ぜてからね!」
全員でバタバタと家に戻り、バターに塩気を足してから食卓に出す。
「あら? バターを作っていたの?」
「そう! パンに付けて食べよう!」
母の用意した朝食を前に、わたしたちを待っていた弟妹がちょっと文句のありそうな顔をしている。
「遅くなってごめん! でも、これ、きっと美味しいよ!」
まだ味見もしてないけど、断言する。だって、凄く美味しそうな匂いだからね!
近づかないとシリリシリリ草の匂いはわからないけれど、まだ温かいパンにナイフで塗りつけ、口元に持ってくるとその芳醇な香りがわかる。
パクリと一口食べれば、口の中に広がる濃厚な風味。
シリリシリリ草がバターの風味を生かしつつも、独特の旨味を放つ。咀嚼が止まらない。
一口食べた母や弟たちも、目を丸くしている。
「うわ……すっげえ、美味い」
「なに、このバター。どこで買った、いや、いまソレイユ姉ちゃんが作ったのか?」
三男のディーゴがわたしを名指しする。
どうして、わかった。
「もしかして、領都って、こんなに美味しいバターが売ってるの?」
ティリスが聞くけど、それには首を横に振る。
「実は帰り道でアザリアの遺跡に寄ったんだけど、そこでシリリシリリ草っていうのを見つけたんだよね。乾燥させて細かくして料理に使ったら美味しいって――ライゼスが言ってた!」
ライゼスの名前に、全員が納得する。
さすがはライゼスだ! 頼りになる!
「さすがはライゼスさんだな。植物も詳しいなんて」
ライゼスを尊敬しているディーゴのライゼス株がまた上がった。
「それにしても、これは、手が止まらなくなるね」
父が珍しくパンをお代わりして言う。
「……中毒性はないはずなんだけどな」
あまりにもみんながバターを食べるので、ちょっと不安になってきた。
「食べ過ぎてしまうのが怖いわね。もしかすると、もっと入れる量を減らしたほうがいいんじゃないかしら? ソレイユはさっき、シリリシリリ草の粉末をたくさん入れていたでしょ?」
食べ過ぎるといいつつも、ちゃんとパンを一個で止めた長女がみんなを見ながら分析する。
レベッカ姉さんは本当に精神力が強い。わたしは、二個目のパンを止められないよ。
「うん、作った粉全部入れちゃったね。シリリシリリ草五本分」
「はい! みんな! 朝のバターは終了!」
「ええええええ」
鋼の理性を発揮した長女が、卓上のバターを回収して容器に入れて冷蔵箱に片付ける。
「聞いてたでしょ。このバターは危険なので、もっと薄めます! ソレイユ、あと生乳二缶使っていいからバターを作って、このバターと混ぜておいてね」
「了解しました!」
確かに、ちょっと怖いくらいに食欲がそそられちゃうもんな! レベッカ姉さんの意見に大賛成だ。
「このバターを使ってクッキーを作ったら、無茶苦茶売れそう」
「クッキーだけじゃなくて、他の料理だって、色々できてしまうわね」
母とティリスが真剣な顔で話している。
「余剰分の生乳を、加工して販売するのは賛成だけど。これはやっぱり、ちょっとマズイんじゃないかな」
珍しく父が意見する。
うん、わたしも薄々そんな気がしていた。
さっきの食卓は、ちょっと怖かったもんね。
「判断するのは、量を加減して使ってみて、どんなふうになるのか試してからでもいいんじゃないかしら? ほら、依存性があるなら、私が片付けても出して食べちゃうと思うけれど、みんな平気でしょう?」
長女に言われて、なるほどと納得する。
「確かに、無茶苦茶美味しかったし、また食べたいとは思うけど、衝動的に食いたいっていうのはないな」
長男が自分のお腹を撫でながら言った言葉に、わたしを含めて全員が頷いた。
「わかった。では、レベッカとカシューに余剰分の生乳についてどうするか任せるよ」
父の言葉に、長男と長女が強く頷いた。
これが、ダイン家の加工部門が発足した瞬間だった。
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