3.うっかり
宝箱を見つけた我々は、折角だからもう少しだけ先に進もうということになった。
言わずもがな、わたしの強硬な意見によって。
だって、このメンバーじゃなければこんなに奥にまで来られないだろうし、ヒーリングライトという素敵な能力も手に入れたんだから。
「これ、便利だね!」
ヒーリング『ライト』というだけあって、灯りの性能が思いのほか最高。
深い階層になると、自動で通路に灯りが点かないので魔法のライトや、視覚を強化しながら歩くことになるんだけど、このライトは魔力を使わないで長時間点灯できるんだよね!
最初は手のひらから出してたけど手を上げてるのがだるかったので、顔から出したら二人が大笑いしたので止めた。
索敵の魔法で近くに人が居ないことを確認しつつ、今はおでこからライトを出している。
明るさの強弱も思うがままできるので、いまは中くらいの出力で前を照らしているのだ。
「このスキルを、灯り代わりに使うのは、きっとソレイユくらいだよ」
並んで歩いているライゼスが、こっちを見ないようにしながら言う。
わたしは前を照らさなきゃならないので、顔を正面に固定だ。
「そんなことないよ、きっと他の人もやるよ! だって、便利だし」
よく見れば、踏まれた草が元気になってたりするけど、気にしなきゃわからない程度だ。
ライゼスは頑なに使おうとしないけれど、本当におでこライトは便利なのにな。
「それにしても、あの箱、持って帰りたかったな」
ヒミツの部屋にぽつんとあった大きな宝箱を思い出す。
「あれだけでも、ひと財産ありそうでしたね。ですが、一説には宝箱はダンジョンの一部なので、ダンジョンを出た途端に消えるそうですよ」
「苦労して運んでも、無駄になるわけだね」
「……じゃあ、諦める」
諦めるもなにも、持って帰る手段もなかったわけなんだけど。
「あの宝箱って、これからずっと、あそこに空のままってことになるのかなあ」
次に見つけた人、がっかりするだろうな。
「いや、時間は掛かるけど、中身は復活するらしいよ」
ライゼスの言葉に驚いて彼を見る。
「じゃあまた、能力本が復活するの!?」
「残念だけど、中身の質は段々落ちるらしいから、もう能力本が出ることはないはずだよ」
眩しそうに目を細くしてわたしの顔を前に向けさせながら、答えてくれた。
「質が落ちるなら、もしかしたら、また能力本が出る可能性もあるかもよ! ヒーリングライトよりも質が低い能力とかで」
「それはないんじゃないですかねえ、同一の宝箱から、同じアイテムが出たという記録はないらしいですから」
トリスタンの言葉に肩を落としてしまう。
能力本という括りでカウントされちゃうのかー、残念だなあ。
歩きながら三人での話し合いで、あの場所はまだ公表しないことになった。
ふと、通路の奥で何かが動いた気がした。
索敵の魔法には引っかからない距離だけど……。
「なにか、いる」
よく見ようと、ライトの出力を上げた。
「あ、ソレイユ、待っ――」
ライゼスの慌てた声の前に、わたしはソレに『ヒーリングライト』を当ててしまった。
「も、申し訳ございません」
「ムーゥ」
おでこライトをやめて、ライゼスの前で土下座するわたしの横で、フカフカとした白く丸い形状で大きな三角の耳を持つカワイイ生物が不満そうな声で鳴く。
「狐犬の亜種でしょうか、白というのは珍しいですね」
トリスタンが興味深そうに言う。
そう、わたしはうっかり出力を上げた『ヒーリングライト』で、瀕死だったこの白い、狐犬と呼ばれる生き物を回復させてしまったのだ。
狐犬はどうやら癒やされた恩義を感じているらしく、わたしたちに牙を剥くことなく、警戒したわたしたちの前で腹を出して服従の姿勢を取ったのだ。
血で汚れてなかったら、うっかりモフっていたかもしれない。
いきなりへそ天で服従されて驚くわたしたちに、赤い目をキュルンと丸めて、小首を傾げて「こうかな?」「こうかな?」とカワイイポーズを繰り出してきた狐犬に、つい綺麗にする魔法を全力で掛けてしまったけれど、それはいい判断だったと思う。
真っ白ふっかふかになった狐犬は、それはもう可愛らしくて、一度は耐えたものの、綺麗になった状態でキュルンとやられて思わず手を伸ばして撫でてしまった。
狐犬を撫でたわたしの頭が、ライゼスの手に掴まれ、狐犬から引き剥がされる。
「これが、魔物の戦略だったら、ソレイユは無事じゃ済まなかったんだよ」
「申し訳ございません。つい、この子の愛らしさに負けてしまいました」
速やかに正座で、反省の姿勢を取る。
「つい、じゃないよね? ここはダンジョンだよ、何があるかわからないんだからね」
ライゼスの厳しい視線から、そっと目をそらす。
「はい、仰るとおりです」
「ムゥ~」
ライゼスに向けて平身低頭のわたしの隣に、白い狐犬が並んで神妙な顔(予想)でお座りしている。
……多分、ライゼスのことを群れのボス的な感じで認識したんだろうな。
「それで、ソレは大丈夫なのかい?」
ライゼスにいわれて、ハッと白い狐犬に目を向けてステータスを見た。
■白毛狐犬。幸運値が高いので、身近に置くことを推奨。賢く、ソレイユたちに服従の意思を示している。
よかった! 悪いことは一切書かれていない。
「わたしたちに服従してるって。幸運値が高いから身近に置く方がいいって書いてあるよ」
コソコソと告げると、彼が遠い目をした。
「……わかった。ちゃんと躾けるんだよ」
「うんっ! よかったね、ユキマル」
雪のように白くて丸いフォルム、直感で名前を付けてしまう。
「ムゥ!」
声を掛ければ、嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねてから、わたしに体をすり寄せてきた。
「理解してるようですねえ。賢いなあ」
「賢いから、白毛なのに生き残ったのだろうね」
白毛の動物は、あまり生き残らない。
自然界で白は目立つので、他の動物から獲物にされる危険が高いからだけど、この世界も同じなんだろうか? 少なくとも、ユキマルは瀕死だったけど……幸運値が高いって、どのくらいなんだろう。幸運値が高くても、瀕死になるほど過酷だったということもあり得るのか。
この子が一緒ならオブディティのくじ運も良くなるんじゃないかと思ったけど、期待できなそうだね。
「ダンジョンを出たら、冒険者ギルドで登録をしましょうか。万が一、好事家に狙われないとも限りませんから」
「好事家に、狙われる?」
トリスタンの不穏な言葉を聞き返す。
「白い狐犬なんて、珍しい生き物なんだから、コレクターが欲しがってもおかしくはないだろうね。オークションに出せば、高値が付くのは間違いない」
オークション、好事家、怖い。
「ギルドで使役獣の登録をしておけば、迂闊に手を出せなくなりますから、大丈夫ですよ」
トリスタンが画期的な方法を教えてくれた。
使役獣というのは、稀に冒険者が冒険のお供に連れている獣のことだ。
わたしも一度しか遭ったことがないし、狼系の使役獣だったので遠目に見ただけだったけど。
「じゃあ、早く戻って、登録しよう!」
「そうだね。今日はもう、色々ありすぎたし、戻り道にしたほうがいいね」
疲れたように言うライゼスに、トリスタンも強く頷いていた。
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