6.町デート
お昼のミルクを少し早めにちびちゃんたちにあげてから、町にあるライゼスの家に向かおうとしたところで、レベッカに止められた。
「ソレイユ、あなたその格好で町に行くつもり?」
長女に言われて自分の服装を見れば、袖がちょっと汚れていたので手で払った。
「そうじゃないわよ。そうじゃなくて、町に行くならもう少しおしゃれな格好をしなさいって言ってるの。それから、顔も洗って、髪の毛も梳かすの」
「ええええ……早く遊びに行きたい」
「私の妹なんですから、ちゃんとしてね?」
小首を傾げて言った長女の笑顔が、なぜか迫力があって怖い。
「わ、わかった」
「よろしい、特別に綺麗にしてあげるわ」
家に入り、顔を洗ってから二階の子ども部屋に連れて行かれる。みんな外にいるから、家の中はしんとしていた。
「『ソレイユを綺麗に』」
髪を梳かしてから魔法をかけられ、お陰で体全部がスッキリした。
「ほらこのワンピースに着替えて、靴も、サンダルがあったでしょ、そっちにしなさい」
テキパキと着替えさせられ、最後にイスに座らされる。
後ろに立った長女が丁寧に髪を梳いてから、ぴょんぴょん跳ね放題のオレンジ色の髪をくるくるっと巻いて綺麗なクシを挿してまとめてくれた。
「ソレイユは髪が多いからハーフアップにしておいたわ。暴れたら取れるから、これを外さないで帰ってきなさいね」
「えええ」
暴れるつもりはないけど、このクシが取れたらきっと怒られる。
「ほら、いってらっしゃい。ライゼス君来てるわよ」
「ええええ!」
窓の外を見れば、昨日と同じ場所にライゼスが立っている。あのゴエーさんも一緒だ。
「今日はわたしが迎えに行こうと思ってたのに!」
「別にいいじゃない。折角だから、町でデートしてくれば」
「デートじゃないし!」
走り出しかけて、頭の上で髪の毛が揺れる感覚に気付いて慌てて走るのをやめて早歩きで階段を降り、ライゼスの所まで精一杯の早足をする。
その間に、またゴエーさんはどっかにいき、ライゼスが近づいてくる。
「ソレイユ、どうしたの? かわいいね」
「こ、これは、お姉ちゃんがっ」
「へえ、髪の毛も綺麗にまとまってていいね。クシが緑色だから、果物のオレンジが頭にくっついてるみたいでかわいいよ」
オレンジが頭についてるのは、本当にカワイイんだろうか……。というか、そうか、カワイイってこのオレンジのことだったのか、焦って損した。
なんかムカムカするけれど、訳のわからない褒められ方をしたからだよね。不可解なムカムカに気を取られていると、いつの間にか近くにきていたレベッカが、腰に手を当ててビシッとライゼスに指をさしていた。
「オレンジが頭についているなんていう褒め言葉はないわ!」
ぽかんとするライゼスに、ハッとしたレベッカはわざとらしい咳払いをしてから、腰の手を下ろしてニッコリと笑った。
「いいこと? ライゼス君、褒める時はもっとその人の喜ぶ言葉で、ね? じゃあ、町デート楽しんでらっしゃいね」
長女はそれだけ言うと、小さく手を振って去ってしまった。
「お姉さん?」
「うん、レベッカお姉ちゃんが、髪の毛とか、服とかやってくれたの」
「そっか……」
レベッカの背中を見送り、それからそっと手を繋がれた。
「行こうか」
「そうだね」
長女の言葉があったからか、町にいく予定ではなかったけれど、わたしもライゼスも自然と町に向かって歩きだした。
「ねえソレイユ。今日もアレ見えるの?」
無言で歩いていたライゼスが、意を決したように聞いてきた。
歩きながら見かけた気になる木や猫のステータスを見ていたわたしは彼に視線を戻して頷き、報告したいことがあったのを思い出した。
「そうだ! わたしわかったの! アレが見えるのはわたしよりお馬鹿な生き物だって!」
「お馬鹿……ええと、牛以外にも見えたんだね?」
彼の言葉に、何度も頷く。
「ウチの鶏も、弟たちのも見えたよ」
「弟たちって。君、人間にも試したのか」
驚く彼に、得意になって説明する。
「お兄ちゃんたちは見えなかったの、お父さんとお母さんも」
「て、手当たり次第だね。まあいい、情報は多い程いいから、よかったってことにしておこう……いや、まずいか。ねえソレイユ、どんな内容がわかるんだっけ」
「内容? 名前がついてたら名前と、種類と、年、と性別? あと、ケガをしてたらそれも書いてあるよ」
「ケガだけ? その人の詳しいことがわかるわけじゃないんだね? 両親が誰とか、ヒミツとか」
「ヒミツ? そんなのは出てないよ」
答えたわたしに、彼は少しだけホッとした顔をした。
「じゃあソレイユ、僕のは見られる?」
「ライゼスの? うーん」
ライゼスのステータスを見ようとしたけれど、ダメだった。
「見えない」
彼はホッとした顔をする。
「ん? もしかして、わたしがライゼスのステータスを見られないってことは、わたしの方がライゼスよりもお馬鹿ってこと?」
「それはどうだろうね。まだソレイユがソレを見られる条件は確定してないから、一概には言えないんじゃないかな」
さらっとそう答えたライゼスだけど、自分の頭のよさを確信している余裕に見える。
「ふーん、それなら、わたしのほうがライゼスよりも頭がよくなって、アレが見えるようになったら、条件がわかるってことだよね」
「そうかもしれないけど。人間のを見るのはやめなよ、失礼に当たるかもしれないし、ソレイユのことだから、うっかり聞いてない情報を口にして、アレのことがバレるかもしれないだろ?」
彼がそう説明するけれど、わたしは彼よりも頭が良くなってステータスを見る気満々だ。
「わかった。確かに、ツルッと言葉を滑らせてしまうかもしれないよね。これ以上、他の人のを見るのはやめる」
新しく見ることはないけれど、もう見ちゃった人はいいよね。
「聞き分けがいいね、ソレイユ」
「ただし、ライゼスのは見るよ! 勉強をたくさんすれば、きっと見られるようになるんだから!」
宣言したわたしに、ライゼスは肩を落とした。
「……そんなことだと思った。まあいいよ。ただし、ソレイユが勉強する以上に、僕も勉強するけどね。僕のを見たかったら、しっかり頑張りなよ」
「ズルイ! ライゼスは勉強したらダメ!」
繋いでいる手を引っ張って、足止めをして訴える。
「僕だって、ソレイユに見られたくないから、勉強するに決まってるだろ? それでも、僕のを見たいなら、僕よりもずっと頑張ればいいだけだよ」
彼の言葉に、うぐぐぐっと言い返せなくなる。
「わかった! お家に帰って勉強する」
家に帰るために離そうとしたわたしの手を、彼の手が握って引き留める。
「ソレイユ、町には行かないの?」
「行かない。だって勉強しなきゃライゼスの見られないし」
わたしの言葉に、彼は不思議そうな顔になる。
「そんなに知りたいの?」
「知りたいんじゃなくて、見たいの」
「知るのと、見るのって……ああ、そうか。ソレイユは僕に、頭のよさで勝ちたいってことなんだ?」
わたしが彼の言葉に強く頷くと、彼は声をあげて笑ってわたしの手を掴んでいた手を離した。
「いいよ、ソレイユ。勉強しに帰っても」
「……ライゼスも帰って勉強するの?」
尋ねたわたしに、彼は少し考えてからニッと笑う。
「もちろん、するよ。ソレイユに負けられないからね」
「じゃあ、ライゼスと一緒に勉強する! だって、いまはライゼスの方が、頭がいいんだからライゼスに教えてもらったほうが、早く覚えられるよね」
食い下がるわたしに、彼はポンと手を打った。
「なるほど。自分の勉強を教えてもらうことで、僕の勉強を妨害することもできるという、一石二鳥の荒技――なんて、考えちゃいないんだろうな。ははっ、いいよ、教えてあげる。じゃあ行こうか」
「うん!」
彼が差し出す手を握り、大きく頷いた。