閑話 オブディティの独白
オブディティsideとなっております
【オブディティ・イクリプス】
わたくしはイクリプス家に生まれた待望の女児で、三人の兄と両親に甘やかされて育ちました。
そのせいで、折角武家の名門である我が家なのに、わたくしは兄たちの鍛錬を見るばかり。
幼いわたくしは、我慢できずに父にお願いして、子ども用の刃を潰した剣を握らせてもらったこともあるのだけれど……わたくしにはとても重くて、地面に付いた剣先を持ち上げることができないばかりか、剣の重さにうっかり手を離してしまい危うくつま先を潰しかけたのです。
そのせいで、父から剣に触るのを禁止されてしまいましたが、わたくしもすっかり懲りてしまい、剣の道は諦めました。
そしてもうその頃には日本人だった頃の記憶ははっきりしており、それならば魔法無双しかないだろうと閃いたわたくしは、自身の多い魔力を頼りに魔法の練習を頑張ったのですが……量が多すぎるのか、魔法の制御が困難で自宅の訓練場を荒らしてしまい、訓練場の出入りを禁じられてしまいました。
しかし、それで諦めるわたくしではありません。
回復魔法ならば制御に難があっても被害は出ませんし、なによりこれを極めれば『聖女』と崇められるのではないかという下心で頑張りましたが……。
後日この世界にはそもそも聖女というカテゴリーがないことを知り、膝から崩れ落ちたこともありました。
それにしても、幼いわたくしは混乱したものです。
自分の容姿がなまじ整っているものだから、絶対にヒロイン枠――いや、色味的には悪役令嬢枠ではないのかしら。
それならば、なにかしらのチートな能力を持っていて然るべきではないのかと。
そんなある日に見つけたわたくしの『収納』の能力。
地味だし使いどころのない能力、どれほどの量が入るのか中での時間はどうなっているのかなどは、能力に気づいた時点ですべて把握できていたので、検証する楽しみすらなかった。
期待を裏切る能力に、わたくしは自分がモブであるのを再確認するしかなかったのです……。
こんな腹立たしい能力なので、誰にも言わずにそっと封印しました。
そんなわたくしが貴族の義務としてコノツエン学園に入学して同室となった同級生を見たとき、ああこの子がヒロインなのだと直感したのです。
悔しいけれど……太陽のように明るい髪色に、整った顔立ち、目力のある華やかな目元。
挨拶の礼も美しく、ため息が出そうになったほど、けれどもそれがハリボテだと知るのは、思いのほかすぐでした。
そもそも、彼女自身わたくしと同じで前世の記憶を持つ者でしたが、この年齢になるまでそのことに気づかなかった時点で、ポンコツの片鱗を見せておりましたね……ええ、本当に。
ところで、貴族の女性にとっては重要な社交において、噂話というのは会話のほとんどのウエイトを占めているのですけれど。
この学園に入る前に頻繁に噂になっていたのが、農家出身の少女が入学してくるというものでした。
商家が出身の子は割と多く、入学する生徒の一割程度は彼らなのです。
貴族との縁を持つためにわざわ学園に入学し、勉強をしつつ人脈を作る。そんな効率のいい場所がこの学園の意義ですから。
貴族出身のわたくしたちも同じ理由で通っているようなものですけれど、ただ……貴族はよっぽどの理由が無い限りは、義務として入学しなくてはならないので、幼い頃から家庭教師を付けて、なんとしてもこの学園に通える学力を身につけているのです。
強制的に学力を上げることで、愚かな貴族が世に蔓延るのを阻止しているのかもしれませんね。
さて話は戻りまして、そのポンコツな彼女ですけれど、バックにはライゼス・ブラックウッドという領主の三男が付いており、これがまた恐ろしい人物なのです。
人当たりがよく、そつが無い、そして抜け目もない。
ソレイユさんを守るためならば、多少の悪事は悪とも思っていない節があります。
部活動で彼らの日常を知るわたくしなどは、彼がソレイユさんを溺愛しているのは早々に理解いたしましたけれど、他の人間にはあまりそれが理解できていないようなのです。
……理解させないように、彼が上手に動いている可能性もあるかしら?
ですから、ダンスパーティの一件で、アヴァリス・ダークスウェイ先生が引退させられたのは当然かなと思うのですけれども……その素早さには驚きを通り越して呆れてしまいました。
まさか、当日の内に処理……いえ、対処してしまうとは思いませんでしたわ。
もしかすると事前に根回し済みで、他の教員への牽制がてらダンスパーティーの当日に実行したのかもしれませんね。
とはいえアヴァリス先生は、貴族の子であっても贔屓が露骨でした。
学年の主任を務めていらっしゃいましたので、他の教員よりも立場が強くみえましたから、色々と専横が酷過ぎて他の教師からも目の上のこぶだった可能性は大きいのですのよね。
利害の一致もあったのでしょうね。
ふふっ、わたくしもソレイユさんを陥れようなんてしたら、きっとすぐに彼に処されるに違いありません。
そんな下手を打つつもりはありませんし、ソレイユさんはすでに大切な友人なので、彼女の信頼を失いたくはありません――けれど、わたくしにもできないことはあるのです。
いえ、ちょっと見栄を張ってしまいましたね、できないことばかりでした。
でもこれだけは、本当にどうにもならないのです。
「とにかく、くじ運の悪さは、もうどうしようもないのです! 諦めてくださいませ!」
ソレイユさんに内緒で接触してきたライゼス様に、きっぱりと言い切ったのは、二度あることは三度あるを体現した翌日です。
「ソレイユさんと一緒にダンジョンに潜りたいのは、わたくしとて同じです」
一緒に冒険なんて、滾らないわけがないのです! パーティーを組んでダンジョンを探索し、宝箱を見つけたり、怖いけれどボスに挑んだり! 剣と魔法の世界に生まれたのですから、憧れないはずがないでしょう。
「だから、もう一度」
往生際悪く粘る彼を、長いマツゲに縁取られた鋭い切れ長の目でギッと睨む。
ソレイユさん絡みであっても、できないことはあるのです!
「ソレイユさんにも伝えてありますわ、挑戦は少しお休みすると。彼女も理解してくれていますわ」
「……そうか」
心なしかしゅんとする彼に、少しだけ仏心が湧いてしまう。
「秋休みに実家に戻りますので、家のものに武器の手ほどきを受けようと思っておりますの。ビックラットくらいは、倒せるようになって戻ってくる予定ですわ」
隠していた計画を明かしてしまう。
兄たちに心からお願いすれば、きっとどうにか倒せるように稽古をつけてくれると思うのです。
兄たちは決して脳筋ではないので、わたくしによき立ち回りを教えてくれるはずです。信じておりますよ、お兄さまたち!
「オブディティ嬢……! すまない、感謝する」
わたくしが心の中で三人の兄に祈っている間に、現金なほどに彼が元気になる。
「感謝など不要ですわ。わたくしは、友人と一緒に冒険したいだけですもの」
つんと顎を上向けて、言い切ってみせる。
わたくしの顔立ちでやると小悪魔的に愛らしい仕草の一つですけれど、彼は仕草には感動しない。そうでしょうね、わたくしの顔が好みでないのは、存じておりますわ。
「そうですわ。今度の休日に、わたくし、ソレイユさんと二人でお買い物に行く予定ですの。あとでソレイユさんから聞くとは思いますが、ライゼス様はくれぐれもご遠慮くださいね。女子だけで買いたい物もあるのですから」
「え? だが、一緒に行くくらい――」
「女子、だけで、買い物したい、と申しました。ソレイユさんを困らせず、すんなり承知してくださいませ。あまり束縛しますと、狭量だと思われてしまいますでしょう?」
大人げなく、ダメ押しをしたわたくしに、ライゼス様は歯ぎしりしそうな顔をしておりました。
ふふ……高笑いを我慢して、別れを告げて寮に戻りましたわ。
念を押したおかげで、休日の買い物はソレイユさんと二人だけで行くことができました。
彼のことですから、どこかで見張っているかもしれませんが、一緒に行動しないならそれでいいのです。
ライゼス様にお願いするのはちょっと怖くはありましたが、女子二人での買い物はとても楽しく、満足のいくものでした。
二人とも軽く変装をして庶民的なお店ばかりを巡りましたので、他の生徒に会うこともなく、秋休みに家族に持ち帰るお土産をゆっくりと選ぶことができましたし、かわいらしい喫茶店でお茶をすることもできました。
後日、ソレイユさんが『索敵の魔法』というので、女子生徒を避けてくれていたのだと教えてくれたのですけれど……女子生徒は敵認定なのかしら?
本当に、わたくしの友人……いえ、友人たちは、面白くて一緒にいて飽きませんわ。
これで第二章が終了となります
お付き合いいただきありがとうございました!
第三章は六月頭を目処に公開したいと計画中です(宣言しとかないと、先延ばし癖が……っ)
秋の長期休暇編となります(≧∇≦)ノシ 豊穣祭もあるでよー