22.ダンスパーティ
なんとか間に合ったダンスパーティの当日。
オルト先輩とも練習できたし、もう一人も確保できた。
そして当然のことながら、パーティにはドレス着用なんだよね。このドレスも、制服の一部として準備されている。
基本の数通りのパターンの中から、自分の好きな、あるいは自分に似合う形の中から選ぶ。金額的な差はないようになっているが、お安いわけではない。
わたしは母と長女、そして最近おしゃまなティリスの三人に選んでもらった。ありがたい。
「ソレイユさんは、身長があるからそういうシュッとしたタイプのドレスがよく似合いますわ」
家族は一番動きやすそうなドレスを選んでくれた。体型がわかるようなスタイルなのをちょっと恨めしく思っていたら長女に「ドレスを着ている時に、食べ過ぎなんて以ての外よ」と微笑みとともに釘を刺されている。
食べるけどね! だって有名店のお料理なんて、食べる機会ないし! 絶対に食べる!
「オブディティさんもドレス、クールでかっこいいよ」
「そうでしょう? わたしの色味だと、これよね」
深紅のドレスは確かに黒髪に合う。
「ソレイユさんは濃い青にすると思いましたけれど、グリーンなんですね」
「濃い青?」
「ライゼス様に、色をねだられませんでした?」
「ライゼスには言われてないけれど。青系はまずいだろうって、家族が言ってた」
ライゼス狙いの乙女たちの逆鱗に触れるとも言われたっけ。
「それはそうね。ライゼス様も、わかってらっしゃるでしょうから、無理は言わないわよね」
オブディティもわかってくれた。
会話しながらも、身支度を進めていく。
身につけるのはぎっちぎりに締めるようなコルセットではなくて、自分で脱着できるボディスーツ的なもので体型を多少補正する程度だ。
「コルセット? もちろんあるわよ? 庶民には無いのかしら。まあ、あなたには必要ないでしょうけれど」
わたしの体型を吟味するように、オブディティが視線を上下させる。
「オブディティさんも着けてないよね?」
「あれは、苦行を超えた先にある、美を求める淑女が使うものなの。わたくしは、そこまで美に執着していませんもの」
と言いつつ、毎晩念入りに、全身のみならず髪の先までケアしている。
全身に綺麗にする魔法をドカンと思い切りよくかけた後、いろいろなクリームやらなにやらを塗っているのだよね。この程度は当然の嗜みと言ってるけど、これが貴族の普通ならやっぱり貴族って大変そう。
わたしは実家にいたときと変わらずに、綺麗にする魔法を使うくらいしかしていない。
肌や髪の油分を取り過ぎたりしないようにとか、コントロールには気を遣っているけれど、それだけなんだよね。面倒くさいことはできないし、いままでこれでお肌にトラブルが出たこともない。
「それにしても、ソレイユさん、ちゃんとお化粧もできたのね」
「特訓したからね。ちゃんと、昼用だけじゃなくて夜用の化粧もできるよ」
夜用は華やかにするのが大事らしいよ。昼用の化粧のほうが、派手じゃなくて好き。
「素晴らしいわ。さて、戦闘準備も整ったことですし、行きましょうか」
「戦場へ?」
綺麗に微笑み合ってから、わたしはオブディティと少し時間をずらして寮の部屋を後にした。
寮の男女共用のホールには、ドレスアップした男女が大勢あふれていた。
ライゼスとはあらかじめ合流場所を決めてあるので、問題はない。……はずだったんだけどな。
彼の周りには、人垣ができてしまっている。身長があるので、頭はかろうじて見えるけれど、どうにも身動きができないようだ。
「ライゼス様をあなたと踊らせないつもりのかもしれませんわね。ライゼス様も、単位を落としてしまいますけれど」
いつの間に近くに来ていたのか、オブディティが独り言のていでわたしに教えてくれる。
人が密集しているのは彼の周りだけで、少し離れるとゆとりがある。
「仕方がないから、先に行こうかな……」
「あら、こちらに気づいたようよ。では、お互い単位を落とさぬように、頑張りましょう」
何食わぬ顔で彼女が離れていく。
オブディティは引く手あまたなんだから、頑張るまでもないと思うんだけどな。
ライゼスは確かにわたしの方に来ようとしているけれど、人垣がなかなか崩せないでいるようだ。
強引に抜けることはできないんだろうかと思っていると、フッと彼の頭が見えなくなり、それから彼が宙高くに舞い上がった。
いや跳んだ?
ジャンプで人垣の頭上を通り越し、上着の裾を翻して優雅に一回転するとわたしの近くに着地した。
着地音もほぼ無い。
「やっぱりライゼスも、覚えたんだ?」
思わず素で聞いてしまった、いけない、公共の場では敬語にしなきゃだ。
「もちろん。君ができるんだから、僕もできるだろ」
余裕の表情に「だよねえ」と同意しかけ「ですよね、おほほ」と言葉を直す。
わたしができることが、ライゼスにできないわけがないもんね。
「でも、いいのですか? 新魔法創作部の人、この中にもいらっしゃいますよね?」
「僕を誰だと思ってるの。僕を無理に勧誘する人なんているのかな」
どや顔に、心配なんかいらないことを理解する。
「さすがはライゼス様、心強いですわ」
「そうだろ? 君の隣に立つからには、この程度のこと、できて当然だからね」
すっと手を差し出され、いつものようにその手に手を重ねる。
「では会場まで参りましょうか、ソレイユ嬢」
キザな態度なのに、キザに見えないのが凄いよね。
あっけにとられた人垣が正気に返る前に、急いで今日の会場である舞踏会場へと向かった。
滅多に開かれない舞踏会場に初めて足を踏み入れ、思わず感嘆がこぼれた。
天井が高く広々とした大広間には魔道具のシャンデリアが幻想的な光を放ち、ダンスのために磨き上げてつやつやの床に、直接美しい絵画が描かれた壁、その壁際には休憩スペースとしてソファや椅子が並んでいる。
二階部分には音楽隊のためのバルコニーがあり、すでに演奏者が準備をはじめている。スピーカーのような魔道具がフロアの各所に設置されているらしい。
「王宮の舞踏会場は、この倍は広いらしいですよ、ソレイユ嬢」
「そうなの、ですか。一度見てみたいです」
舞踏会場に驚いてうっかり言葉遣いが飛びかけ、焦りながらもなんとか修正する。
「そうですね、ソレイユ嬢ならきっと見ることができるでしょう。その時もご一緒できることを、切に願っております」
ライゼスはそう言うと、わたしの手を取ってその指先に唇を軽く触れさせた。
手袋をしていなかったら、悲鳴をあげてたよ!
舞踏会場にはすでにペンとバインダーを持った先生方が何人もいるので、きっともうはじまってるんだよ。だからうかつなことはできないのに。
微笑みのままで視線でライゼスをにらむと、彼は悪びれもせずに微笑みを返してきた。ぐぬぅ。
「大丈夫だよ、三回踊れば、評価はもらえるから」
ライゼスは気軽に言うが、万が一もあるから気は抜けない。
背筋を伸ばして、微笑みは絶やさず、わたしは優雅な淑女なのよ。
程なくして、学園の時を知らせる鐘が三度鳴り、続いて二階のバルコニーに陣取った音楽隊の演奏がはじまった。
「ソレイユ嬢のファーストダンスのお相手を務める誉れをいただけますか?」
そう言って差し出されたライゼスの手に手を重ねる。
「ええ、喜んで」
エスコートされ、舞踏会場の真ん中まで進む。
周囲も生徒でいっぱいだ。全校生徒が一堂に会しているから、かなりの人数になる。
一曲目は様子見で、壁際で休んでいる人たちも半数はいる。
ダンスがはじまると、わたしはここ数日の特訓でものにした浮く魔法を使う。
ライゼスの動きを邪魔しないように、ステップをこなす。
わたしは彼にリードを任せて、笑顔で合わせていけばいい。
長いようであっという間だった一曲が終わり、他の人に場所を譲るように壁際に下がる。
「本当はこのまま三回踊ってしまいたいけれど、それはまたの機会まで我慢するよ」
ライゼスはそう言うと、わたしの手を近くに来ていたオルト先輩に渡す。
「ソレイユをよろしくお願いします、オルト先輩」
「わかってるよ。足なんか踏まねえから安心しろ」
練習で何度となくわたしの足を踏みかけた人がなにを言う。
ライゼスも、オルト先輩の言葉に一瞬だけ懐疑的な表情をしたが、言ってもどうしようもないことだと気づいたのか、諦めて次の相手を求めて離れていった。
ふと見ると、ライゼスの次の相手はヴィヴィアン・クロスだった。例の、わたしの相手を妨害してる女性。
聞けば、彼女は幼い頃からライゼスの妻を目指して研鑽を積み、その努力の方向性を他者の排除に向けるという惜しい人らしい。
領主の息子とはいえ第三子なんだから、そこまで執着する必要ないだろうに、とはライゼスの弁だが。魔道具創作部の他の三人は、ライゼスの顔面偏差値のせいだろうという意見で一致している。
頭もよくて、顔もよくて、運動神経もよくて体格もいい、さらには家柄もいいとくれば、本気で狙いにくる女子が多くてもおかしくはない。
それにしても……彼女はわたしを留年させようとしてる人なのに、ライゼスはどうしてわざわざ彼女にダンスを申し込んだんだろう?
胸にモヤモヤが浮かんだとき、オルト先輩が声を掛けてきた。
「じゃあ次の曲で入るぞ」
「よろしくお願いいたします、オルト先輩」
「おう」
ヒールを履いたわたしよりも低身長なオルト先輩なので、お互い少々踊りにくいものの、なんとか転ぶことも足を踏むこともなく最後まで踊りきった。
ライゼスの時の倍は疲れたな。
さて、最後は――。