21.奥の手
オルト先輩が部室を出て行ってしまい、我々一年生トリオは気まずく顔を見合わせる。
「仕方がないわね、頭が冷えれば戻ってくるとは思うけど……。わたくしがちょっと探してきますから、ソレイユさんとライゼス様はダンスの練習をなさっていてください」
椅子から立ち上がったオブディティさんが、ビシッとわたしたちに指示して部室を出て行った。
「時間もないことだし、頑張ろうか」
「そうだね。……ねえ、ちょっと試したいことがあるんだけど、いい?」
わたしのおねだりを無碍に却下するライゼスではない。
「浮く魔法を試したいんだろう?」
さすがはライゼスだ、わたしの思考なんか読めて当然だよね!
なんだか、ライゼスのステータスは一生見られない気がしてきた……。
いや、まだまだ学園生活もはじまったばかりだ! 諦めるには早すぎる。
ライゼスのステータス問題は置いておいて、まずは反重力の魔法で浮いてみよう。
「浮きたい! いや、浮く。ライゼス、肩を貸してもらえる?」
「いいよ」
快く貸してくれた肩に掴まり、体内の魔力を整えて魔法に変える。
ふわっと浮く感覚、ほら、あの、ジェットコースターの下りでふわっと浮く感じ。
目を閉じて重力が減るイメージをすると体が軽くなる、あの内臓がふっと浮く感覚まで再現されちゃったので驚いて魔法をやめる。
「うまくいってるみたいだったけど。大丈夫かい?」
「うん、ちょっとびっくりしただけ。もう一回やってみるね」
肩を貸してくれているライゼスにも魔法がちゃんとできていたのがわかったということは、この方向性で間違っていないってことだから、自信を持って魔法を使おう!
「ふわっと、浮く!」
今度はすぅっとつま先が地面から離れた。
イメージした通りに、空中に浮かべた!
「さすがソレイユだね。おっと」
フワフワと浮かび過ぎて、慌ててライゼスに手を掴まれてそれ以上浮かんでいかないように引き寄せられる。
「これだと浮かびすぎだから、足が付くか付かないかくらいにできるかな?」
集中を切らせないようにしながら、ライゼスに指示されたように浮力を弱める。
「上手だね。じゃあこのままステップを踏んでみようか」
手をホールドの形に取られて、そのまま踊り出す。
足の動きには基本の形があるから、その通りに浮いたまますっすっと動かした。ライゼスの足の動きに合わせればいいし、浮いているので足を踏んでもダメージがないとなると、そっちに注意を払わずに動くことができる。
気を遣わなくてよくなったおかげで、のびのびと動かせる。
ただ、魔法を使いながら、なのでそっちに意識がとられてしまうのが問題ではあるんだけど。
ひとしきり踊ってホールドしていた手を離し魔法も解除すると、戻ってきた重力と自覚した体の疲れに椅子に座り込んでしまった。
「随分よくなったよ、ソレイユ。余計な力が抜けたし、魔法に注意がいって、余計なことを考えずに体を動かせていたね。この感覚を忘れないようにしようね」
なるほど、魔法を使うことによって、確かに今までのように考えすぎて体が動かなくなることがなくなったかもしれない。
怪我の功名っていうのかな。
「忘れないうちに、もう一回!」
「僕はかまわないけれど、魔力は問題ないかい?」
いわれて、自分の体内の魔力に意識を集中させてみる。
「魔力は減ってるけど、思ったほどじゃないかな。反重力なんてもっとばかすか魔力を消費すると思ってたけど、そうでもなかったよ」
「へえ。僕もあとで試してみようかな、魔力の使い方をもう一回見せてもらえる?」
「いいよ!」
差し出されたライゼスの両手を取って、もう一度浮き上がる。
繋いだ手から彼が魔力を私に巡らせてくる。明かりの魔法の時と同じ要領で彼がわたしの中の魔力の使い方を探る。
細部までは把握できないらしいけれど、大まかな流れがわかれば、あとは自分で試行錯誤できるもんね。
ちなみに、他人に魔力を通すというのは、滅多にすることではないらしい。なんでだろう? 両手を繋がなきゃならないからかな。
ライゼスからも、ライゼス以外とはやらないようにといわれている。もちろん家族は別だけど。
「ありがとう、ソレイユ。なんとなく、わかったよ」
「やってみる?」
「いや、今はソレイユのダンスが優先かな」
それもそうだね。
繋いでいた手を、ダンスのホールドの形にして、ライゼスがリズムを取ってくれながらダンスをはじめた。
二巡目のダンスをしていると、ピタリとライゼスが足を止めた。
「二人が戻ってきたみたいだ」
ちゃんと索敵の魔法で近づく人の気配を確認していたんだね。わたしは浮くだけでいっぱいいっぱいだから、それどころじゃなかった。
もう少しなれてきたら、他のことをする余裕も出てくるとは思うんだけどね。
「オルト先輩の機嫌、よくなったかな」
ちょっと心配だったけど、戻ってきた二人の表情は悪くなかった。
「ただいま戻りました」
「二人とも、お帰りなさい!」
オブディティに挨拶を返して、オルト先輩に駆け寄る。
「オルト先輩! 浮く魔法できるようになったから、ダンスパーティ、よろしくお願いします!」
「は!?」
「踏んでも痛くなきゃいいんですよね?」
ふんすっと鼻息荒く確認すると、オルト先輩に思い切りあきれた顔をされた。
「まあ、そうだな。それで、浮く魔法、見せてみろよ」
「了解ですっ」
近くの壁に掴まって、つま先が浮くくらいまでふわりと浮き上がる。
「凄いな。その状態で、移動はできるのか?」
「浮くだけです。気を抜くと、こけそうです」
バランスを取るのが難しいので、ダンスのパートナーなり、壁なりに掴まってないと、いまですらすぐに転けてしまいそうなんだよね。
試しにちょっと手を離してみたけれど、すぐに壁にすがりつく羽目になった。
「そのまま移動できたら面白いよな」
オルト先輩は興味深そうにわたしの周りを歩いて言う。
「そのままということは、すーっと滑るように平行移動かしら? ……夜の廊下であったら、怖いわね」
オブディティの言わんとすることがわかり、強く同意した。
立ったまま、上下動なくすーっと近づいてこられたら、絶対幽霊だって思うよ。
「……この学園に七不思議を作るのも面白そう」
ふふふとにんまり悪い笑みを作ったわたしを、オブディティが窘める。
「七不思議というのは、物語性があって楽しめるものですわ。おやめくださいまし」
「七不思議というのがなんなのかはよくわからんが、その魔法は極力使わねえほうがいいな。新魔法創作部の奴らに見つかったら、捕まるぞ」
「捕まる、というと?」
ライゼスの空気が一段冷える。
「わかるだろ? 新しい魔法が大好物なんだぞ、根掘り葉掘り聞かれて、あいつらが習得するまで解放されるわけがねえ」
わかる。
「なるほど。では、派手な使用は控えて、浮いているのがわからないように、浮けるようにしないとね」
ライゼスの視線がわたしに向いて、言い切った。
言い切るということは、絶対に、そうするってことだ。
浮いてるのがわからないようにするのか……。
「頑張ります」
「体重が軽くなればいいのでしょ? そんな風にぷかぷか浮かなければいいのではないかしら」
「浮かない、軽くなる」
「それに、パルクール、っていったかしら? あんなこともできるのではない?」
楽しげにオブディティが前世のネタをふってくる。
本当にオブディティは案外隠さないよね! ちょっとヒヤヒヤするよっ。
「ぱる?」
「い、イメージはわかったよっ、こういうことだよねっ」
疑問を口にしようとしたオルト先輩を遮って三人を廊下に誘い、浮く魔法を応用して体を軽くして、地面を蹴って廊下を軽やかに走り、走った勢いのままふわりと床を蹴り、その次に壁を蹴って体をひねって優雅さを意識しながらバク宙を決める。
廊下に着地しても、足音も衝撃もほとんどない。
身体強化とは違って、軽やかに宙を舞うという感覚だ。滞空時間が半端ないよこれ。
オブディティが無邪気な笑顔で拍手してくれる。
「素晴らしいわ、ソレイユさん。まるで鳥のように舞っておりましたわ」
「むちゃくちゃ楽しいよっ」
背中に羽が生えたようなというか、重力を感じずに高く飛べるし、着地の衝撃も凄く減らせる。
「それでしたら、わたくしもやってみたいですわ」
目をキラキラさせたオブディティに、全員が真顔になる。
「まかり間違って、天井に突き刺さるオブディティなんか見たくないよ?」
わたしの言葉に、ライゼスとオルト先輩が強く頷いた。
「ところで、オブディティさん。どうやってオルト先輩の機嫌を直したの?」
「それは、企業秘密ですわ。おほほほ」
企業、秘密。