20.ダンスの特訓
とにかく、ダンスパーティまで日がないということで、魔道具作りは一旦止めて部室の隅を借りてダンスの特訓がはじまった。
「ソレイユは元々運動神経がいいんだから、コツを掴めばすぐに覚えられるよ」
なんてライゼスは気軽に言ってくれるけれど、いままでダンスの授業をしてきて、全然コツを掴めなかったのですよ。
「おい、俺も踊ってやるとは言ったが、足を踏んだらその場で踊るのを止めるからな」
わたしのダンスを見たオルト先輩が、なにやら危機感を感じている。
「酷いっ!」
「おっと」
踊ってる最中にオルト先輩が変なことを言うから、思いっきりライゼスの足を踏みつけそうになってしまった。
華麗に避けてくれたライゼスが、上手にわたしをターンしてくれる。
「自動でダンスができる魔法の靴なんてないのかしらね」
音楽がないので手拍子をしてくれているオブディティも、わたしたちのダンスを見ながらファンタジーな解決策を口にする。
「自動でダンスか……それは、履くと自分の意思に反して、体が勝手に動くようになるってことか?」
「何ソレっ、怖い!」
「おっと」
オルト先輩の解釈に動揺したわたしを、またもライゼスが上手に回転させる。
「ソレイユさん、ちゃんと集中しなさい」
手拍子を止めないまま注意してくるけど、原因はオブディティじゃないか。
「もっと優雅な表情で、自分が羽になったように軽やかに」
アヴァリス先生ばりの無理難題を言うオブディティの指示に、なんとか合わせようと頑張る。
余裕のある優雅な表情、わたしは鳥よ! 軽やかに舞ってみせる!
「顔に意識がいって、ステップがダメになったな」
オルト先輩が冷静に分析する。
「オルト先輩も一回踊りましょう! もしかしたら、うまく踊れるかもしれないです」
「どうして、そう思えるのかがわからん」
ライゼスと組んでいた手を離して、オルト先輩ににじり寄ると、オルト先輩は素早く机の向こう側に回り込んで距離を取った。
「そうか! 羽だ、羽のように軽くなれば、踏まれてもダメージがないぞ!」
急になにか思いついたオルト先輩が白紙を引き寄せて、アイデアを書きだしていく。
一年生の我々は、またはじまったと思いながらも、オルト先輩の机の周りに集まった。
「風で、浮くんですか?」
「スカートが捲れそうですけれど、大丈夫かしら」
「風力が弱ければ浮かない、強ければスカートが捲れる……」
「風じゃなくて、反重力とかできないのかなあ」
「ハンジュウリョクってなんだい?」
「ええと、重力の概念って、なかったっけ?」
「ありますわ。世界が丸いこともわかっておりますから、特に問題はないですね」
オブディティの答えに、ホッと胸をなで下ろす。
「あ、よかった。じゃあ、その重力に反発する力のことを反重力っていうの」
「重力に反発する力」
「例えば、こんな風に」
手のひらの上に、近くにあった木片を載せて、フワフワと浮かせる。
「磁石が反発するイメージね」
オブディティが浮いてる木片の下に指を入れて、なにもタネがないのを確認する。
魔法がある世界って、マジックがないからちょっと寂しいよね。全部魔法で再現できちゃうことの弊害かな。
「……ちょっと、なにをやってるのかわからん」
オルト先輩が顔を顰めながら、オブディティと同じように、浮かせている木片の下に手を入れたり、木片を取って仕掛けを確認したりする。
タネも仕掛けもない木の欠片なので、そんなに見てもなにも出てこないんだけどな。
「地面と反発する力が掛かっていたのですわ。そのバランスが取れていれば、丁度いい感じで宙に浮かせられるわけです」
オブディティがオルト先輩から木片を取りあげ、わたしの手のひらの上に載せるので、もう一度反発する力を魔法にする。
「オブディティ嬢もできますか?」
ライゼスの言葉に、オブディティは少し考えて近くにあった小さな木の棒を手のひらに載せた。
「どうでしょう。あまり魔法の操作はうまくありませんが、やってみますね」
え!?
わたしは咄嗟に魔法の膜で木の棒周辺を覆う。
その一瞬後に、木の棒は勢いよく上に向かって飛んだ。
魔法の膜が目一杯伸び、なんとか天井を突き刺さる前に木の棒の勢いを殺すことに成功する。
「万が一、上の階に人がいたら危ないから、止めたけど、よかった?」
ちょっと心臓がバクバクいってる。
「いい判断だ、ソレイユ・ダイン」
「そういえば……オブディティ嬢の魔力操作は、難があるんだったか」
魔法実技の授業ではなんとなく男女分かれているので、多分ライゼスもオブディティの魔法を実際に見たことはなかったんだと思う。
「オブディティさんの魔法は活きがいいんだよね! だから、気を抜くと危ないんだよね」
「お恥ずかしい限りです」
お淑やかに照れているが、魔法のインパクトが軽減されるわけではない。
「……人間誰しも、得手不得手というのがあるんだな」
オルト先輩がしみじみと言う。
「ソレイユさんがこっそりフォローしてくださるので、授業で被害は出ていませんわ」
少々誇らしげにオルト先輩に説明してるけど、そうじゃない。
授業以外はどうかというと、基本的に魔法を使わないから大丈夫。オブディティが自らの魔力コントロールの下手さをわきまえているのもあるけど、基本的に貴族の女の人はあまり魔法を使わないので表立って問題はないらしい。
男子は男子なので、これでもかと魔法を使い倒すみたいだけど、大きな魔法をバーンとやるのがカッコイイらしいので、繊細な魔力操作は苦手だということだ。まあ、その気持ちも理解はできる。
「やりたいことは理解した、こうか」
オルト先輩が、手のひらの上に木片を載せて浮かせる。一応浮いてるんだけど、なんだかゆらゆらと安定しないし、上下動もしている。
「なかなか難しいな。だが、重力に反する力というのは理解できた。これを魔道具にすればいいのか。靴だと面積が足りるだろうか? それに、靴底に反重力の力を与えるとして、立つだけでもバランスを取るのが難しくなるな」
オルト先輩が浮かせている木片を見ながらブツブツと言い始めた。
こういうときはそっとしておくに限るんだよね、話し掛けても無視されるから。
「わたし思うんだけど。反重力の魔法で、自分を浮かせられればいいんじゃないかな?」
「それじゃ、浪漫がないだろっ」
聞いてないと思ったオルト先輩から返事があってビックリした。
「なんのための魔道具創作部だよ!」
「え、便利な道具を創作して、世の中を快適にする部活じゃないんですか」
オルト先輩の作ってた魔道具の数々も、基本的にはそんな感じに見えていたんだけどな。
「違う、魔道具という浪漫を追い求める部だ」
「それは、オルト先輩の理念ですわね。この部の創立時の理念はそちらに掲示されておりますわ」
オブディティが示した先には、ちゃんと額縁に掲げられた小さいながらも立派な書があった。
『幾千の願いを繋ぐ灯火となる魔道具を創造し、世界に幸福の風を運べ』
多分、わたしが言った方がこれに近いよね。
「浪漫がなけりゃ、使う人間の心を揺さぶるような魔道具なんてできねえんだよ」
オルト先輩は拗ねたように言って、持っていた木片を机に放って部室を出て行ってしまった。
寮の部屋を綺麗にしてくれるソレイユに感謝しているオブディティであった。