18.ダンスパーティ
冒険者証の問題が解決したものの、休日以外はダンジョンに潜ることができないので、今日もせっせと魔道具作りにいそしんでいるのだが。
「全校でのダンスパーティ、ですか……」
学園に入学して二ヶ月、学園では月に一度なにがしかのイベントが開かれる。
因みに一ヶ月目には入学祝賀会があり、豪華な夕飯と素晴らしいケーキが食べられた。
そして今月は、恐怖のダンスパーティらしい。
「ダンスもあるけれど、立食式の会食もあるぞ」
図面を引いていたオルト先輩が、気の無さそうな声で教えてくれる。
「ダンスは絶対に踊らなきゃならないって本当ですか? ひっそり壁と同化してたらマズイですか?」
「無理だ。ダンスの授業の点数にもろに響く」
あー……。
溜め息は呑み込んで、机に突っ伏す。
オルト先輩の答えはなんとなくわかってた、わかってたけど壁の花になりたかった。
「ねえソレイユ、僕と踊るのはイヤ?」
ライゼスがわたしの手を取って、指先にキスをするマネをする。
「イヤではないんだけど、まだ一曲も踊りきったことがないの知ってるよね? 絶対にライゼスの足を踏む自信がある。ゴリッって」
「自信満々で言うことではないわね」
優雅にお茶を飲んでいたオブディティが、呆れてツッコミを入れ、オルト先輩が重要な情報をくれた。
「噂じゃ、今回の食事は、領都でも有名な老舗レストランだとよ」
なんですと!?
思わず体を起こす。
「有名な、老舗レストラン」
領都はレストランの激戦区なので、マズイ料理を出すお店は淘汰されていくのだけど、昔からやっていて生き残っているレストランはそれだけで価値が倍増しだ。
オルト先輩の情報に、思わず生唾を飲み込んだ。
だって、そんな有名なお店の料理を口にすることなんて、自分のお小遣いじゃ絶対にないからね!
お店に着ていく服も持ってないし、マナーは一応大丈夫だとは思うけれど、高級レストランはコネがなければ予約すらできないものだから、庶民にはハードルが高いのだ。
こんな機会でもなければ、絶対に口にできない。絶対に口にしたい!
「頑張れる気がしてきました」
オルト先輩に、キリッとした顔で宣言する。
「色気よりも食い気ね。他の生徒ならば、ライゼス様とのダンスに釣られるわよ」
「だって、ライゼスとはいつも授業でペアになってるし」
必修の授業であるダンスでは必ずライゼスがわたしを誘ってくれる。そうでなければ、庶民のわたしに声を掛けてくれる男子なんかいないので、とてもありがたい。
もちろん他の女生徒からの反感はもの凄いけれどね!
因みにオブディティは小柄な美少女なので、身長が低めの男子からモテモテだ。勿論、低め男子以外からもお誘いはあるけれど、彼女は身長が合わないとダンスがしにくいからときっぱりお断りしている。
わたしと友達になってくれたオブディティだけど、他の女子とも上手に付き合いを続けている。
わたしたちは部屋以外ではあまり親しくないフリをして、会話も最低限の事務的なものにしている。そして夜、部屋に戻ってからオブディティが女子間の情報を共有してくれるのだ。
まるで、ヒミツのミッションをこなしているみたいで、とても楽しい。
「ダンスの授業は、せめて週一回は必要だと思うんだけど、二週に一回は少なすぎる」
ライゼスが苦々しく意見するが、わたしとしては今のままでいいんだよね。
「確かに二週に一回は少ないと思うけど、それはさ、貴族の人はできているのが当たり前の教養だからでしょ? 多数に合わせるのは仕方ないよ」
それでも授業にダンスがあるのは、学園が小さな社交場でもあるからなんだろうな。
必修であるので、わたしには必要ないと思っても、拒否することができないのはツライところだけど。
「あら、随分物分かりがいいのね」
「わたしにとってどうでもいいことだからね! むしろ必修じゃなくてもいいのにって思ってる」
「そんなことだろうと思ったわ。興味がないことは、どうでもいいものね」
「そんなものじゃない?」
「今後あなたが夜会に出ないとも限らないのだから、いまのうちにしっかり踊れるようになっておいた方がいいわよ」
オブディティの忠告に、ライゼスも乗ってくる。
「そうだよ、ソレイユ。ブラックウッド家が後見しているのだから、今後関連する夜会に出る機会は必ずあるからね」
なんですと!?
愕然とした表情を彼に向けると、オルト先輩が呆れた声でツッコミを入れる。
「そんなのはわかりきってることだろうが。後見を受けるっていうのは、その家の庇護に入るってことだ、ってことは、その家の看板を背負うってことだろ」
「なるほど」
入学するまで勉強と実家の手伝い漬けだったし、そんなこと考えてもみなかったけど。
言われてみればそうだよね、後見だけされるなんて都合のいいことあるわけがないよね。ちゃんと後見人の恥にならないようにしなきゃいけないのは当たり前だった!
わたしはちゃんと貴族の流儀に合わせなきゃいけなかったのだ。
「そっか、うん、理解した!」
領主様にわたしの後見人をしてよかったと思わせてみせる!
「じゃあ、先生にダンスの補習授業申し込んでくる!」
思い立ったが吉日。
他の授業でもそうだけれど、苦手な人のために補習授業があるんだよね。今までは最低限でいいやと思ってたから視野に入れてなかったけど、事情が変わった。
「あ、ちょ、ソレイユ!?」
慌てる声を背に、魔道具創作部の部室を飛び出した。