17.断罪
フィリプスが証言した場所でわたしが採取していないことを断言したのを受けて、ライゼスの赤い目がフィリプスを射貫くように鋭く光る。
「彼女の言い分は、そういうことです。では、あなたは彼女がどこでロウネジアを採取したのを見たのでしょうね」
睨まれたフィリプスは、気圧されるように喉をゴクリと鳴らしジリジリと後退るが、周囲にいる物見遊山の冒険者に阻まれて、逃げることはできない。
「な、なんだよっ、新規の登録者が落ちるのなんて、いつものことだろうっ」
周囲の冒険者を説得するように、哀れみを込めて言い募るフィリップスに、怒りがあふれてくる。
「実力が足りなくて落とされるなら納得できるけど、嵌められて落とされるなんて、許せるわけないよ! わたしの何が気に入らないのかしらないけど、これだけ言ってもまだシラを切るってことは、何か理由があるんでしょっ!」
こんな人がどうして立会人なんてしてるんだろう! こんな人を立会人にしてるギルドにも腹が立ってきたぞ。
「理由なんてあるわけがない! 間違いなく、お前が失格だってだけだ!」
むきーっ! この程度の人間なら、わたしよりもおバカだよね! ステータス見れたり――した。
■フィリプス・サウバント、二十六歳。他の立会人及び数名のギルド職員と共謀し、袖の下を渡す冒険者登録者のみを合格させている。
清々しいほどにクズ。
そして、本当にステータスが見れたことにびっくりだよ。
いい年してても、わたしよりもおバカなんだね。……もしかして、わたしが前世の記憶をちょっと思い出したから、それが上乗せされたとか?
あっ! そういえば昔ライゼスに、むやみに他人のステータスを見ちゃダメって言われてたんだよね。今回のは不可抗力ってことにならないかな。ならないよねえ……。
見ちゃったこと、バレないようにしなきゃ。絶対に、怒られる。
「フィリプス・サウバント、あなたには失望しました。冒険者証の剥奪を申し渡します」
「はあ!? なんでだよ! 俺は仕事をしただけだ! 誓って間違ってない!」
本気の声で言いつのる。
もしかして、本気でそう思い込んでるのかな。何度も言っていると、それが本当だった気がしてくる現象というか。
自分の無実を訴えるフィリプスを無視して、わたしの方へ近づいた副ギルド長は恭しく頭を下げた。
「ソレイユ様、当方の不手際により、ご不快な思いをさせてしまいもうしわけありませんでした。冒険者証を発行いたしますので、こちらへ」
副ギルド長の言葉に反応したのは、わたしと一緒に冒険者登録に来ていた人たちだった。
「はあ!? おい! そいつは金を払ってねえんだろ!」
「五十万も出させておいて! 金を払ってない奴に冒険者証を発行するなんて、どういうことだよ!」
「話が違うだろうがっ」
柄の悪い男達が口々に声をあげ、フィリプスが焦った表情になる。
五十万って、大体二ヶ月分の生活費だよ、袖の下が思いのほか大金でビックリする。
「おおかた、他のギルドでは登録できなくて、ここで金を積んで冒険者証を取りにきたんだろうね。わざわざ自分で不正を暴露するんだから、底が知れる」
いつの間にかわたしのすぐ後ろに立っていたライゼスが呆れたように見解を述べる。
なるほど、あの柄の悪さと年齢はそういうことだったのか。とても納得ができる。
「ふ、副ギルド長っ、か、か、勝手に規則を曲げるのは、どうかと……っ」
エモースと呼ばれていた、受付のギルド職員が、真っ青な顔で副ギルド長に進言する。勇気を振り絞った雰囲気だけど、絶対自己保身。
……見ちゃえ。
■エモース・ベンド、三十七歳。冒険者登録の不正等の中心人物。愛人を三人囲っている。
「あいじん、さんにん……」
サイテー。
思わず目が据わるってものだ。
ちらりと、ライゼスがわたしを横目で見たけれど、特に何も言われなかったので、うっかり呟いた声は聞き取られなかったのだと思う、よかった。
「君たちの話をまとめると。不正な金を受け取ることで、本来合格に満たない人間にも冒険者証を発行していたということですね。そして、本来受かるべき人間を落としていたと」
副ギルド長の眉が怒りにつり上がる。
「違う、違うんです。本当に、落ちるべき人しか落としておりません」
この期に及んでまだシラを切る根性はすごいと思う。
「本来落ちるべき人ですか。あなたは、この方の事を本当にご存じないのですね」
副ギルド長が、そう言ってわたしに視線を向けた。
え、わたしですか?
「この方は、かの有名なアザリアの遺跡にて、遺跡の新層とアザリア苔を発見した功績者ですよ」
周囲がざわめく。
「いやいや、副ギルド長、こんな若い子が、そんなわけないでしょ。あの遺跡の新層が発見されて、もう五年くらい経ちますよ」
周りの人たちもフィリプスの言葉に頷く。
「彼女が十歳の時に見つけたのですから、そうでしょうね」
「十歳? それなら、ダンジョンになんて入れないはずですよ!」
「五階層未満の小さなダンジョンでは、冒険者の同伴があれば、冒険者ギルドへの申請は必要ですが、子供でもダンジョンに入ることができるのですよ。アザリアの遺跡は当時、第三階層までしかないと思われていましたから」
周囲からは「へえ~」という感心の声が上がるが、フィリプスの表情は穏やかではない。
「冒険者になられてからも、アザリアの遺跡で新種の薬草を発見されていますしね」
ステータスのお陰でこの五年で二種類の植物は見つけたけれど、アザリア苔のような凄い植物ではない。薬効も強くなく、既存の薬草の方がずっと使えるので、一応申請はしたけれど、胸を張れないんだよね。
「ですので、冒険証の更新も十年の猶予があるはずですが」
え?
思わず、ライゼスと顔を見合わせる。
彼も怪訝な顔をしているし、わたしも動揺している。
「副ギルド長、それはどういうことですか? 彼女は、あちらのギルド職員に、冒険者証が失効していると言われて、今日、再度取得しにきたのですよ」
ライゼスに指差されたギルド職員の顔色が悪くなっていく。
「それはおかしい。万が一本当に失効していたとしても、申請すれば再登録が可能ですよ。しかしながら、彼女はそもそも失効していない」
副ギルド長がスッと右手を上げると、フィリプスやエモースだけじゃなく、数人のギルド職員、そして今回わたしと一緒に講習を受けた人相の悪い男達が取り押さえられる。
「なにしやがる!」
「くそが! 触るんじゃねえ! くそがっ!」
簡単に捕まる男達でもなく、暴れだし、周りの冒険者達が取り押さえるために乱闘がはじまった。
その騒動を無視して、副ギルド長はわたしの前に片膝をついて、胸ポケットから一枚の冒険者証を取り出した。
「ソレイユ様、この度は本当に申し訳ありませんでした。こちらは、本日から十年間更新の猶予がある冒険者証でございます。ギルドへの年会費につきましても、十年間当ギルドで負担させていただきますので、どうかお納めいただけますか」
ふおっ!? ギルドの年会費って、ギルドが冒険者から徴収して国に納めてくれているお金だよね、実質十年免税ってことですかっ!
副ギルド長に両手で差し出されたカードを両手で受け取る。
「納めますっ! ありがとうございます!」
やったー! 税金免除ー!
「ソレイユ……」
ライゼスの気の抜けた声に、ハッとなる。
恐る恐る振り向いたが、ライゼスは別に怒ってなかった。よかったー。
「妥当だと思うよ、君は丁度いい釣り餌になれたようだからね」
ライゼスの言葉に、副ギルド長が緩く笑みを作り立ち上がる。
そうか、いい釣り餌になれたのか。釣りに餌は大事だよね、よくしらないけど。
周囲は暴れる男達で混沌としているので、こちらに注意している人がほとんどいなくてよかった。
「ライゼス、これで次の休みにダンジョンに行けるね!」
「そうだね。あのダンジョンはケチが付いたから、もう少し大きいダンジョンを見に行こうか」
「大きいダンジョンっ! いいね、いいねっ、ワクワクするねっ」
テンション上がるねっ。これから行きたいくらい、ウズウズする。
「お、お、お前のせいでええええっ!」
怒声が聞こえたかと思うと、フィリプスが腰の剣を抜いてわたしに向かって斬りかかってくる。
逆恨みいいいいいっ!
魔法を使うこともできず呆然とするわたしの前に、自然体のライゼスが立ち、襲いかかるフィリプスめがけて剣を振り抜いた。
ドゴッ!
鈍い音がして、フィリプスが吹っ飛ぶ。
「え、ええっ?」
剣の間合いに入っていなかったよね?
剣圧ってやつなのかな!?
周りの冒険者からもどよめきが出ている。きっとライゼスは、それだけ凄いことをしたんだ。
「次にソレイユを害そうとした場合は、手加減しない」
吹っ飛んだフィリプスの胸を踏みつけて押さえ、冷たい目で怒りを向ける。
え、これでも手加減してるんだ……。
「ひっ、ひぃっ、す、すみませんっ、二度としませんっ、すみませんっ」
這いずってライゼスの足から逃げる姿は、とても滑稽だ。逃げた先で、他の冒険者に取り押さえられたのもまた滑稽。
うむ! いい気味だ!
いきなり斬りかかってこられた恐怖があるからライゼスの後ろにくっついて見ることしかできないのが情けないけど、ライゼスが盾になるように立っていてくれるからとても安心できる。
昔はヒョロヒョロだったのに、今はその面影もない。
情けなくバタついている冒険者ギルドを後にして、ライゼスと二人で帰路についた。
朝からギルドに顔を出して、今はもう夕方だ。長い一日だったなあ。
「ソレイユ、どこかでご飯を食べていこうか」
「えっ! い、いいのかな? 寮でご飯あるよね」
「じゃあ、少しだけ買い食いしよう」
「賛成!」
晩ご飯のお腹は残して、少し位ならいいよね!
ライゼスと二人で屋台を吟味して、いくつかの軽食を分けっこして楽しんだ。
うん、今日はとってもいい日だ!