16.遺憾の意
「納得できません、わたしは絶対に、植物の種類を間違えたりしない!」
だって、植物のステータスは、絶対に見えるんだから!
冒険者ギルドの納品カウンターの一つで粘るわたしに、納品待ちの冒険者から迷惑そうな視線を感じるが、引いてたまるか。
「いい加減にしなさい、君はもう失格になったんだから。フィリプス、申し訳ないけど、この子を連れ出してくれますか」
「わかったよ。ほら、来るんだ」
「いーやーだっ!」
立会人だったフィリプスに腕を掴まれて、ギルドから追い出されるべく引きずられてしまう。
んぎぎぎっ! 負けてなるものかっ!
身体強化を使ってしっかり足を踏ん張る。
「こいつっ! 身体強化まで使えるのかっ!」
「使えるに決まってるでしょうがっ」
「なにをしているんですか」
冒険者の格好をしたライゼスが、わたしの腕を掴み、わたしの腕を掴んでいたフィリプスの腕をひねり上げた。
「うら若い女性に乱暴をするのは、よくありませんね」
「なんだお前。お前こそ、お呼びじゃないんだよっ。こいつはな、冒険者登録の試験に落ちたくせに、言いがかりをつけてきて、こっちが迷惑をかけてるんだ」
「言いがかりなんてつけてないっ、わたしは間違いなく、ハイネジアを納品したのに、違うのが入ってるってウソを言われたのっ」
ライゼスなら信じてくれる!
「植物の採取だったんだね。得意分野じゃないか」
「と、得意分野だろうがなんだろうが、間違えたものは間違えたんだ、諦めて出直してこい」
わたしもフィリプスもライゼスに腕を掴まれたまま、動くことができない。
ライゼスってこんなに強かったっけ? 身体強化が上手いにしても、わたしだってフィリプスだって身体強化を使っていたのに、こんなに簡単に取り押さえられた。
フィリプスもそのことに気付いているのか、額に汗を浮かべて顔を引き攣らせている。
「彼女は、植物を間違えることはありませんよ。なにかの手違いでしょう」
言い切るライゼスに、フィリプスの顔が引き攣る。
「では、もう一度受付に行こうか」
「ふざけるな! 立会人である俺がダメだと言ってるんだ! コイツは、絶対に不合格なんだよ!」
口の端から泡を飛ばして怒鳴るフィリプスに、違和感がある。
「どうしました、なにか問題でもございましたか?」
カウンターの奥からビシッとスーツを着た老紳士が歩いてきた。白髪交じりの髪を後ろに撫で付け、姿勢もとてもよくて威厳があるので、きっと偉い人だ。
「はいっ!」
ビシッと手を挙げる。
「はい、どうぞ」
老紳士はちょっと吹き出しそうにしてから、柔らかな表情でわたしの発言を促してくれた。
「ありがとうございます。今日、冒険者登録にきたソレイユと申します。筆記では満点を取れたのですが、実技で指定された植物を、指定された本数間違いなく納品したのに、別の植物が入っていたと言われ不合格にされました。わたしは絶対に間違えていないので、再度の確認をお願いしたのですが、却下されてしまったので、納得ができずに食い下がっておりました」
きっぱりと言い切り、紳士の目をじっと見上げる。
濃い灰色の目は真偽を見極めようとするように、しっかりとわたしの目を見返してくる。
「なるほど、あなたの言い分はわかりました。彼女の納品を担当した人、こちらへいらっしゃい」
「はっ、はいいっ」
声が裏返ってますよ、担当の人。
バタバタとやってきた担当者は、おたつきながらも自分は間違っていないことを主張する。
「――そうですか。では、自分の取ってきた植物は、間違っていないと断じるあなたの実力を、実証していただいてもよろしいですか?」
わたしに向かってそう言う紳士に、合格への可能性が見えた。
「はい! いくらでも!」
勢い込んで答えるわたしに、彼は小さく微笑んで頷く。
「では、こちらの薬草を分別していただきましょう」
紳士に指示された別のギルド職員が、小さな採取袋を持ってきて、近くのテーブルの上に中身を広げた。
わたしとライゼスは離され、わたしだけがそのテーブルの前に立つ。
なるほど、不正ができないようにという配慮なのかな。
「じゃあ、分けますね」
全部で五種類の薬草がぐちゃぐちゃになっている、それを一つ一つ手に取りステータスを見て分けていく。
ハイネジアとロウネジアも入っているので、混ざらないように気をつけた。
「はい、分けました。左から、ハイネジア、バルカラス草、ペレン草、レナ花、ロウネジアです」
「すべて正解です。判断も速く、迷いもありませんでしたね。さすがはソレイユ様でございます」
ほえ? ソレイユ、様?
紳士は満足そうに頷き、それからわたしの採取物を検品を担当したギルド職員とフィリプスに鋭い視線を向けた。
周囲は物見遊山の冒険者で囲まれていて、二人に逃げ場はない。
「副ギルド長、エモースの席にあるクズ入れから、こちらが出てきました」
それはぐちゃっと潰された、ハイネジアだった。
「ほほう?」
老紳士の目が意味深に細くなる。
「そ、それは――ああ! きっと、間違って足下に落ちたやつです! 踏んづけて使い物にならなくなったのをクズ入れに捨てたんでした、申し訳ありません!」
副ギルド長だという紳士に、直角に頭を下げたギルド職員を、副ギルド長は冷たい目で見下ろす。
「納品された物を捨てるというのは言語道断。それはそれとして、ということは、彼女が不合格であったのは、間違いだった、ということでしょうか」
「そ、れは、いえ、別の方が納品された物である可能性もありますので……」
ごにょごにょと言いよどむギルド職員。
この期に及んで、どうしてもわたしを合格させたくないのか。
「そうですよ。彼女の試験の立会人であった私も、彼女が間違えて採取したのは見ています」
フィリプスが堂々と言ってのける。
この自信はどこから出てくるんだろう。
「ほう? 見ていた、とね」
「はい、間違いなく、彼女が間違えていました」
ぐぬぬぬっ、こいつめ!
かみしめた奥歯がギリギリと鳴る。
「どの地点で採った時のものか教えていただけますか?」
副ギルド長が来てから黙っていたライゼスが、フィリプスに向かって問いかけた。
「どの地点か、なんて、覚えてるわけないだろ」
「では、ロウネジアを採取したときの状況などでも構いませんよ」
ライゼスの言葉と、フィリプスの答えを待つ副ギルド長の視線に押されるようにして、彼が渋渋といった様子で口を開く。
「たしか……あれは、最後の方だった。二階層に降りて、暫く真っ直ぐに歩いた後、左に曲がったところにあったやつだ」
確かにそこにもハイネジアが生えていたし、ロウネジアもあったけどさ。
「そこでは採取してないよ」
「そんなわけあるか、あそこが一番見つけやすいんだ、採らないわけがないだろ」
「採らないわけがない? ソレイユさんが採取しているところを見ていたわけではないんですね」
「いっ、いや! 見てた! 間違いなく、あそこで採ってた!」
副ギルド長の言葉に、慌てて言い募るが、すでにボロが出ている。
「採ってないよ! だってあそこのハイネジアには、アオスジモスの幼虫がみっちり付いてたから、気持ち悪くて触れなかったんだから」
「アオスジモス……」
あの時は遠目でステータスを確認してよかったよ、うっかり触ったら悲鳴上げたに違いない。
「そういえば、ソレイユは虫は嫌いだったね」
「嫌いだよ! 共存したくないくらいには、嫌いだよっ! 農作業中ならまだしも、それ以外では絶対に触りたくないっ!」
両手を握りしめて強く主張した。