14.知識が足りないし、燃料も足りない
「ダメだあ……どうしたって、魔石が足りない! 実験に使う魔石なんだから、もう少し融通してください! オルト先輩っ、お願いしますっ」
「活動費には上限があんだよ。魔石にばっかり使ってられるか」
部長であるオルト先輩が活動費を割り振りしているので直談判したけれど、一瞬で却下された。
わかってたよ……。ただでさえ、魔力を喰うモーターを使ってるんだから。
「それにしても、随分と頑張ったよなあ」
一ヶ月掛けて仕上げてきたボードを、オルト先輩が矯めつ眇めつじっくりと眺める。
ちゃんと人が乗れるサイズのボードは表面をちゃんと磨いたし、タイヤのほうも色々頑張ったし、安全のことも考えた。
「バネで衝撃を吸収するとか必要あるか? あと、速度を手元で操作できるようにするとかは、まあ、その方が安全でいいだろうが、これだけでも特許取れちまうぞ」
呆れた感じでオルト先輩が褒めてくれる。
「そちらの特許申請は、既に済んでいますよ」
「いつの間に……。申請したなら、言ってくれよなあ」
ぼやくオルト先輩に、しれっと「すみません」と謝っているライゼスだ。
速度操作スイッチができたときに、他の何をも放り出して申請をしてくれたライゼスの素早さには驚いたよね。
笑顔で、僕はソレイユの魔道具を申請するためにここにいるんだから当然だよ、と言ってくれたのはちょっと嬉しかったな。
この部室でライゼスはオルト先輩が作ったたくさんの魔道具の申請ばかりしているので、必然的に彼との会話が多くなる。
わたしだって普通にライゼスと話はするけれど、彼ら二人にしかわからない会話をしているときもままあって、そういうときはなんだか面白くない。
仲間はずれになってる気分……ともちょっと違うんだよね。胸がもにょもにょする。
まあそれはいいとして。
「魔石なら、わたくしが差し入れましょうか」
オブディティがそう言ってくれるけれども、それは却下です。とわたしが言う前に、オルト先輩が却下した。
「それをしちまうと、際限がなくなっちまうから、私財を投じての活動は禁止されてんだよ」
忌々しそうに言っていることから、禁止事項がなければ、オルト先輩自ら魔道具製作にお金をつぎ込みたいと思っているのがわかる。
「私財を投じての……ってことは、自前で魔石を獲ってくるのもダメかあ」
「自分で魔物を倒して手に入れてくるのは問題ないぞ」
オルト先輩の言葉に、他の三人が「え?」となる。
「部活の一環としてダンジョンに潜って、魔物を倒し、そこで手に入れた素材を活用するのは認められているんだ。あくまで部活の時間内での話だがな」
貴族がほとんどのこの学園だけど、剣術などの武術の授業もあるし、攻撃の魔法も習う。
自分の身は自分で守る、という考えがあるのがわかる。
そんなわけで、自衛を超して戦う力を得た生徒は少なくなく、そうなるとダンジョンに入りたいという思いも湧いてくるわけだ。腕試ししたくなるよね、わかる。
だから、学園では冒険者資格を得て、ダンジョンに潜るのを認めているそうだ。
この世界の貴族って、思ったよりも過保護じゃないんだよね。だって、普通なら、危ないから禁止されそうなのにさ。
「まさかの抜け道! じゃあ、わたし、ちょっとダンジョンに潜ってきます!」
勢いよく立ち上がったわたしの肩を、ライゼスが押さえる。
「今日はもう時間がないし、ダンジョンに潜るなら、こっちの冒険者ギルドに申請もしなきゃならない。ダンジョンも一つじゃないし、どんな魔物が出るのかなどの下調べも必要だよ」
「ええええええ」
イスに逆戻りして、肩を落とす。
「ソレイユさんって、冒険者登録していらっしゃるの?」
オブディティが興味津々といった様子で聞いてくる。
「してるよ。ウチの近くにもダンジョンあったから、お小遣い稼ぎしてたんだ」
あと、苔も採らなきゃならなかったし。
今頃、ひとつ下の弟のバンディが、アザリア苔を採ってるんじゃないかな。
双子のディーゴとティリスはまだ十二歳でダンジョンに入れる年齢じゃないし、バンディが主戦力なんだよね。
「ダンジョンで冒険ですか……ワクワクしますね」
ほうっと吐息を吐き出して、オブディティが夢を見るように目を閉じる。
いや、多分、思っているような感じじゃないと思うんだけ――んんっ! そういえば、彼女って収納の特殊能力持ってたよね! ということは、持ち帰る量を考えずに、素材取り放題ってことでは?
「そう、そうだよ、ワクワクするよねっ! ねえ、オブディティさんも、一緒にダンジョンに潜ろうよ! 大丈夫だよ、わたしが守るから! 危ない階層には絶対に行かないし。ほら、何事も経験だよ、こんなこと、学生のうちにしかできないよね?」
本気で彼女を口説く。
「そうだね、学生のうちしか冒険なんてできないよね。僕も冒険者の資格を持っているけれど、勉強の合間にダンジョンに潜るのは、いい息抜きになるんだ」
「えっ! ライゼスも冒険者の資格取ってたの?」
驚きのあまり、オブディティを口説くのを中断する。
だって、ダンジョンで使う魔法の改良は積極的にしてくれていたけれど、自分も冒険者の資格を取ってダンジョンに潜ってるとは思わなかった。だって、領主様の息子だよ、三番目だけど。
「いつか、ソレイユと二人でダンジョンに潜りたかったからね」
「いいね! わたしもライゼスと一緒にダンジョンに潜りたい。ライゼスのランクはいくつ?」
「僕はあんまり潜ってないから六かな」
「え……」
冒険者のランクは一が一番高くて、一番最初は十から始まる。
高レベルと認識されるのは一~五、普通に冒険者と名乗れるのが六~八、九と十は初心者という扱いだ。
ライゼスはわたしよりも二つも上だ、わたしは全然ランクが上がってなくて八なのに。
家の仕事があったり勉強があったりでまともに依頼をこなせなかったし、ダンジョンに入る主な名目は自家消費分のアザリア苔の採取だからろくに実績が積めないんだよね。
「とにかく、オブディティ嬢も気になるなら、今のうちしかこんな機会はないと思うよ。だから、オブディティ嬢も一緒に、どうかな? もちろん、危険がないように、先に僕とソレイユでしっかりと下調べしてからになるけど」
ショックを受けているわたしから話を逸らし、ライゼスは紳士的な笑顔をオブディティに向けると、彼女はほんの少しだけ頬を赤くして、ぷいっと彼から顔を背けた。
ツンデレっぽい動きだね! そうだよ、ライゼスのランクのことは取りあえず後回しで、いまはオブディティを勧誘しなきゃ。
「き、危険がないのでしたら、構いま――」
「俺も行く」
オブディティの言葉に被せるように、オルト先輩が立ち上がり、ライゼスに鋭い視線を向けた。ライゼスは彼の視線を平然と受け止めて、笑みを返す。
「オルト先輩はダンジョンの経験はお有りですか?」
「う、ぐっ、ない」
ないのかあ……。
冒険者証はすぐ取れるとして、初心者二人か。
領都近郊のダンジョンがどの程度なのかわからないけれど、そもそもダンジョンは危ないから、二人を守りながらっていうのはちょっと無理っぽいなあ、なんて思っていたらライゼスも同じだったようだ。
「では、全員一緒にというのは無理ですね。僕らも、冒険者の資格は持っていますが、専門でやっているわけではないので、二人で一人を守るのが精一杯ですから」
「うぐっ」
悔しそうだが、ここは引けないところだ。本当に命懸けなんだから。
「まずは、二人でダンジョンを見てこようか、ソレイユ。よさそうなところを、僕が選んでいいかい?」
「もちろん、いいよ!」
ライゼスと二人でダンジョンって、はじめてだよ。テンションが上がるよね!
「ダンジョンデート……」
オブディティがぼそっと呟いていたが、これは君を安全にダンジョンに連れて行くために必要な準備なのだからね!
「くそっ、俺も冒険者登録しときゃよかったっ」
オルト先輩が悔しがっているけれど、冒険者登録していたとしても一緒はできなかったかな。だって、折角のオブディティの能力が使えなくなる。
ライゼスの口の堅さは信用できるけれど、知り合ってひと月少々のオルト先輩に教えるのは無理だ。
そうすると、なんのために彼女を誘ったのかわからなくなるからね。
オブディティの冒険者登録に先だってライゼスと二人で下見をするために、領都の冒険者ギルドにダンジョンへ潜る許可をもらいに行ったんだけど、そこでわたしにちょっとした問題が発覚してしまった。