12.アイデア
オルト先輩の挑戦的な目が、オブディティに据えられる。
「なあ、この部の名前わかってるか?」
「え、ええ。魔道具創作部ですわね」
少し飲まれるように答えた彼女に、彼は口の端をニッと上げる。
「そうだ、新しい魔道具を創作するのが、我が部の命題なんだよ。あんたは、新しいアイデアを出せるって言ったな? それは、どんな魔道具なんだ? 本当に新しいものなのか?」
挑発する声で聞かれ、オブディティはムッと顎を引く。
「ええ、この世界にはない物ですわ」
んん? この世界?
「へえ? じゃあ、そのアイデアが素晴らしいものなら、入部も認めるし、あんたの考えた魔道具、俺が作ってやるよ」
「入部するつもりはないと申してますでしょ。でも、作ってもらえたら、嬉しいですわね」
そう前置きした彼女が出したアイデアというのは、全自動マッサージチェア。え、それ?
「こう、全身を包み込むようなイスで、指先から頭のてっぺんまで、よい塩梅でマッサージしてくれる魔道具が欲しいのです」
イメージを伝えるために紙に書いたイラストは、かなり上手だった。
ふむ、手も挟んで揉むタイプか。もちろん、ふくらはぎや足の裏も指圧するやつだ。
「こんなの……メイドにやらせりゃいいだろ」
「わかっておりませんね。自分の好きな時に使えるというのがいいのです」
力強く訴える彼女は、色々イラストに説明を書き足している。
首筋は左右から挟んで揉むように、肩周りは丁寧に小型のローラーで血流をよくし、背筋は大きめのローラーで筋肉を解す、頭部もほどよく指圧するんだ、目元はホットアイマスク的なもので癒やされて……凄くいいな、これ。
「わたしも一台欲しい」
「でしょう? アイマスクだけでも先に作れないかしら?」
「目を温めてどうするんだ?」
「目の疲労が癒やされるのよ」
「目の疲労か」
ライゼスも、ちょっと食い付いてきた。
「一定時間で効果が切れるようにしなきゃね」
「そうね、目の周りを低温火傷しちゃうわね」
アイマスクの説明書きが増える。
「これ、絶対寝落ちしちゃうやつだよ」
「それは、仕方のないことだわ。でも風邪をひいてはいけないから、目覚ましのタイマーを付けておけば、いいのではないかしら」
「起きられるかなあ」
「絶対起きるようにするなら、ビリッと電流を流すとかかしら?」
「折角マッサージで気持ちよくなっても、それじゃ台無しだよね」
「それはそうね。じゃあ、音楽を流すのはどうかしら?」
「目覚ましの音楽、いいかも」
「音楽で、目覚まし、だと?」
違うところに食い付いてきたオルト先輩の目が光る。
「そもそも、音楽を奏でる機械はあるのよね……音の質はよくないけれど。それなら、あとは、時計と組み合わせて、決めた時間に鳴るようにすればいいわよね」
いいわよねではない、組み合わせるのは、リンゴにペンを刺すような簡単な話ではないぞ。
「時計と組み合わせる。それはどういうことだ」
オルト先輩がオブディティに詰め寄り、オブディティはなんとかイメージを詳しく彼に説明しはじめた。
紙を前に頭を突き合わせて、あーでもないこーでもないと言い合っている二人を見ながら、ちょっと後ろに下がって丸椅子に座る。
「彼女、入部しそうだね」
小声で言ってきたライゼスに、どうかな? と曖昧に首を傾げる。
入ってくれたらいいなと思う。日本で便利だった物をこの世界に反映できることができたら、きっとこの世界が生活しやすくなると思うし。
「くっそ! わかった、あんたも合格っ! っていうか、是非入ってくれ。あんたのアイデアを、俺の手で実現したい」
なんだか凄く歓迎されてるけど、オブディティは若干引いている。
「ところで、オルト先輩。新しい魔道具が作られたとして、特許の申請は先輩がするのですか?」
ライゼスの質問に、目に見えてオルト先輩が動揺する。
「す、す、するさ、もちろん。じゃないと、ほら、問題が起きたり、するだろ?」
疑問形でライゼスに説明してるけど、どう見てもちゃんとできてない人の反応だよね。
ライゼスもそう思ったようで、軽く溜め息を吐いた。
「確か、特許等の申請をとりまとめて行う部署があるのではないのですか? それなのに、自分で申請するのはなぜですか?」
「……俺が、あれもこれもと申請依頼を出していたら、他の仕事ができないからと怒られてしまった」
「僕が聞いたのは、書類に不備が多すぎて、それを担当の人が指摘したところ、貴方が逆に怒り出し、以降この部の申請は自分で行うようになった。そう聞いていますが?」
「聞いてんなら、わざわざ俺に聞くなよっ!」
本当に良い性格になったよねライゼス。
身長もあり体格もいいライゼスが、小柄なオルト先輩に近づいて見下ろす。
「な、なんだよっ」
「諸事情がありまして、特許の申請をするのに必要な資格を取得していますので、僕も入部していいですね」
「はあ!? おまっ! そんなのっ、早く言えよっ! よろしくお願いします!」
まさかの、オブディティをも上回る大歓迎っぷり。ぱあっと笑顔になり、ライゼスの手を取って、ぶんぶんと上下に振っている。
それにしても……いいですか? じゃなくて、いいですね、と言い切るライゼスの強気っぷりが素晴らしいね。
ヒョロヒョロだった子供の頃がウソみたいだよ。
「よろしくお願いします」
「こちらこそだよー! 本当にありがとうね! これっ、これ入部用紙だからっ」
誰よりも先にライゼスに記入させようとすることで、彼を獲得したい本気度がわかるね。
ライゼスはにこやかに用紙を受け取り、サラサラとサインを入れてオルト先輩に渡す。
「ありがとう! あ、君たちも、これに書いてね」
ついでのように入部申請書と紙を二枚わたしたちに渡す。
ちょっと納得しがたいものを感じてオブディティと顔を見合わせたものの、反論はせずに申請書にサインを入れた。
「今年は三人も入ってくれて、大収穫だな」
「ところでオルト先輩。先輩以外の部員は、まだ来ないんでしょうか?」
「俺一人だから、誰も来ないぞ。ええと、ソレイユ・ダインに、オブディティ・イクリプス、そしてライゼス……ブラックウッド? 今年入学する、領主の息子ってのはあんただったのか」
オルト先輩がなんとも言えない顔でライゼスと、申請書を見比べる。
「三男ですから、どうぞ気安く接してください」
「別に、領主の息子だろうが、関係ない。学園は、平等だからなっ」
そう言いながら、ライゼスに丸椅子ではない、ちゃんとしたイスを出してる。そして、ライゼスも普通の顔をして、出されたイスに座っている。
「この差別、ツッコミを入れた方がいいのかしら……」
オブディティの独り言に、内心で激しく同意した。
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