11.課外活動
わたしたちは今『魔道具創作部』というプレートが出ている扉の前に立っている。
内訳はわたし、ソレイユとライゼスとオブディティの三人だ。
ライゼスの金魚の糞であるところのストルテは一緒ではない。なにをしているのかは聞いていないが、必要ならライゼスが教えてくれるはずなので、気にしない。
「よく見つけたわね、こんな端っこにある部室」
「作成じゃなくて、創作というところが決め手だったのかな?」
ついてきたライゼスとオブディティが、それぞれの見解を言う。
わたしとオブディティが和解してから、ライゼスにも事の次第を説明して、オブディティに対する警戒を解いてもらった。いまは様子を見るけれどなにかあればすぐに対処するからねと、笑顔で言われている。
「一週間探してやっと見つけたの。魔道具作成部もあるけど、あっちは既存の魔道具を作るだけで、独創性がなかったからやめといた」
「独創性は大事ね。だけど守破離も大切よ? 基礎があっての、応用ですもの」
「うう……確かに、じゃあ、一年目は魔道具作成部に入るのがいいのかも」
「ソレイユの勘でいいんじゃないかな? もし違うと思えば、転部すればいいんだし」
扉の前でああだこうだ相談していると、音もなく扉が開き、腕組みをした少年が出てきた。
身長は小柄なオブディティよりも少し高いくらいで、炎のような赤いツンツン頭に琥珀色の目をしている。炎の妖精のような容姿だ。
「さっきからうるさいが、何の用だ新入生ども」
低い、声が、低い。もしかして、見た目通りの年齢じゃないのかも!? それに上級生ってことは、わたしよりも年上だよね、失礼のないように入部を申し込まなくては!
「こっ、ここに、入部させてくださいっ!」
咄嗟に口にした言葉に、後ろでオブディティが「ジブリかしら」と言っていたが、そんなつもりはない。
「うるさい。他所へ行け、他所へ」
「ここで、作りたいんですっ」
後頭部にオブディティの視線が刺さるようだけれども、いまさらこの勢いを殺すことはできない。
「だいたいなあ、基礎も知らないようなひよっこが、簡単に魔道具を作れるようになるわけないだろうがっ!」
「じゃあ、なんでこの部があるんですかっ」
「元々、魔道具を趣味で弄ってた人間が入るんだよ。基礎ができてる人間しか、入れねえの」
「基礎ができてるかどうかは、どうやって判断するのですか?」
ライゼスの言葉に、赤毛の先輩は小さく舌打ちをする。態度が悪いなこの人。
「入部試験があるんだよ。それで認められなきゃ、入部はできない」
「では、その試験を受けるということで、よろしいのではないかしら? やってもいないうちから拒否するのは、横暴ですもの」
わたしの後ろから出てきたオブディティが貴族らしい微笑みと共にそう伝えれば、赤毛の先輩は彼女を見てグッと息を呑んでから少し耳の端を赤くして視線を逸らした。
ほほーん。我が家には初恋泥棒の異名を持つ兄姉が居るのだよ、彼が恋に落ちたことなど、一目瞭然っ!
「わかったよ。そんなに言うなら、試験を受けさせる」
「やったあ!」
思わず喜んだわたしに、冷たい視線が刺さる。
「入部させるとは言ってない。合格基準に満たない場合は、二度とこの部屋に入らせないからな!」
「承知しておりますっ」
キビキビと返事をして、部屋に入っていく彼に続いた。
「うわあ、凄い」
開いた口が塞がらないよ!
広い室内には、無骨な広い作業台が四つあり、その上には雑多な魔道具が載せられている。解体されているものや、作りかけとわかる物もあって、見ているだけでワクワクする。
「ソレイユさん。あなた、もしかして解体魔でしたの?」
解体魔とは、時計や電化製品などを手当たり次第に分解する子供の事である。
「いまは、やってないよ」
色々とバラしていたのは前世までで、今世ではやっていない。今世の魔道具は、専用の道具がないとバラせないんだけど、それは父が厳重に保管していたからね。
赤毛の先輩は一つだけ綺麗に片付いている作業台の前に立ち、机の下から魔道具のランプを取り出した。
「これを、バラして、組み立ててみろ」
「その前に、達成条件を教えていただけますか? オルト・グリンスース先輩」
ライゼスの言葉に、赤毛の先輩がまたも舌打ちする。
名乗られてもいないのに、フルネームを言ったねライゼス。もしかすると、本当に学園に通う全員の生徒のフルネームを知ってるのかもしれないな。
「組み立てて、ちゃんと灯りが点けばいい。簡単だろ? 組み立てて、戻す、それだけだ」
「はじめてなので、危ないところがあれば、止めてくださいね。あ、この道具を使って良いんですね? お借りします」
時間制限はないみたいだし、じっくり観察をしていく。
うん、やっぱりウチにあるのと同じタイプだ。これって、魔道具の組み立てキットで売ってるランプなんだよね、ちゃんと組み立ての説明書もあったので覚えている。
父が小さい頃にお小遣いを貯めて買ったと言っていたので、魔道具に惹かれるのは父の血だね。
「まずは、底の魔石を外して、と」
動力源である魔石を付けたままだと、解体できないようになってるんだよね。安全対策がしっかりしてていいよね。
それから、ドライバーみたいな道具を使って分解していく。
外した順番がわからなくならないように、きちんと並べるのが大事だ。このランプのパーツくらいだと、そんなに多くないから、バラバラでもいいんだけど、順番にしておいたほうが組み立てるのが早いし。
「分解完了、でいいですか?」
一通りバラバラにして、赤毛のオルト先輩に聞くと、彼は苦々しく頷いた。
「……ああ、問題ない」
「じゃあ、組み立てます」
組み立てるときは魔力を少し流しながら組まないといけないんだよね、なにせ魔道具だから部品同士の魔力の循環が大事になるんだってさ。父の本棚にあった魔道具の本に書いてあった。
この時流す魔力は一定にすることが、より良い魔道具を作るコツだそうだ。
「……ちっ、組み方も知ってるのかよ。――それも、魔力の流し方に迷いがねえな」
「魔力の循環は得意ですから!」
「喋ったら、魔力が揺らぐだろうが」
注意されたので、喋りながらでも手は止めずに口を尖らせる。
「魔力を揺るがせたりなんかしませんー。この程度のことで、魔力循環が揺らぐわけないじゃないですか」
「こ、この程度……っ」
一層低い声で呻いたが、先を続ける前にライゼスが口を開く。
「オルト先輩、ソレイユ式という魔力の循環訓練はご存じですか?」
「あ? ああ、知ってる。俺がまだ子供の頃に発表された訓練方式だな。あのお陰で、魔力暴走をする子供の人数が激減した、画期的な方法だが。もしかして、あれを続けているからか?」
「ソレイユ式って、もしかして、ソレイユ・ダインさん、あなたが考えたの?」
わたしに声を掛けてきたオブディティに、オルト先輩が目を剥く。
「はあ!? こいつが!?」
「オルト先輩も、多分魔力が多かったですよね? そして、ソレイユ式を試したはずです」
「……ああ、そうだ。ソレイユ式のお陰で、かなり助かったんだ。だが、どう見ても、俺よりも年下だろう」
「今年十五歳になりました」
「ソレイユが八歳の時に見つけて、十歳の頃には普及されたので、間違いではないですよ」
「あれを、八歳で……」
「わたくしもソレイユ式で魔力の循環訓練をしましたわ。まさか、その考案者があなただなんて……」
「褒めてくれていいよ!」
オブディティが感心してくれた気配がしたので、すかさず褒めを強請る。
「……あなたはとても素晴らしいわ、偉い、偉い」
なんだか心がこもってないよう。組み立てが佳境に入っていて、突っ込みを入れられないのが悔しい。
「そういうところだよ、ソレイユ。みんな、がっかりするから、もう少しそれっぽく振る舞った方がいいよ」
「わたしは、わたしでしか居られないですー。幼馴染みのライゼスが一番よくわかってると思うけど?」
「そうだね、うん。ソレイユはそのまま、大きくなるといいよ」
身長はもう止まったみたいだけどね!
ランプの最後のパーツである、魔石を底面にセットして蓋をスライドして挿し込んだ。
「完成しました!」
宣言してランプの灯りを点けた。途端に、パアッと光が放たれる。
なんだか光が強い気がするな。
「ああ、合格だ」
脱力して、丸椅子に座ったオルト先輩が苦笑いの顔で拍手してくれた。
「ありがとうございます!」
「それで? ソレイユ・ダインが入部するのは決まったが、そっちの二人も入部試験を受けるのか?」
「わたくしはご遠慮申し上げますわ。アイデアは出せても、作れそうにありませんもの」
オブディティが残念そうに断る。
「ふーん? アイデア、ねえ?」
オルト先輩の琥珀色の瞳が、キラリと光った気がした。