閑話 ストルテ・アリュート
ストルテは、本家である領主ブラックウッド家の分家のひとつであるアリュート家の二男だった。
コノツエン学園への入学が年齢制限ギリギリになったのは、両親がライゼス・ブラックウッドの入学に合わせたからに他ならない。
本来であれば十五歳で入学するだろうと思われていた彼が一年遅らせたことで、ストルテよりも少し上の、ライゼスの側近になることを狙っていた分家の多くが目論見を果たせなかった。
二十歳になるストルテも今年を逃せば入学することができなくなるので、ギリギリ間に合ったのだ。
ライゼスの入学はコノツエン学園の入学倍率を爆上げし、成績の振るわない人間は容赦なくふるい落とされた。だから、分家の若い子弟でも、学力の面で落とされたのだ。
そして入学を決めた人間のなかに、ライゼスが一年入学を遅らせる原因となった少女がいた。
彼女の存在は、既に社交界に広まっている。
一時期田舎で療養していたライゼスにつきまとい、彼の父の威光を受け、庶民だてらにコノツエン学園に入学する少女。
悪目立ちしないわけがない。
ストルテもまた、彼女の悪評を耳にして、ライゼスの側近として彼女を排除することを決意していた一人だった。
「へえ。悪評ねえ? 噂を真に受けて、真偽の確認を怠るような馬鹿を、僕が側近にするわけがないだろう」
ストルテがソレイユ・ダインに初顔合わせをした夜、寮の部屋にてライゼスに平身低頭で謝罪をしていた。頭を床に擦り付け、上げることも叶わずに、ライゼスの冷たい声を浴びる。
「四つも年上なのにこの体たらく、嘆かわしいことだね。これから仕えようとする相手の、情報を集める努力もしなかったのかい、愚かなストルテ・アリュート」
ゴツッと革靴がストルテの頭を小突く。
「申し訳ありませんっ」
精神的な寒気に体を震わせる彼を、ライゼスは冷めた目で見下ろす。
「彼女はね、お前らなどに見下されていい人物ではないのだよ。彼女の功績が、我が領を富ませているのだと、聞いていないのか?」
そんなのは初耳だと、震える。
「愚かだね。耳もなく、目もない、戦う腕も貧相だ。それでどうして、僕の側近を名乗ろうなんて言えたんだろうね」
ストルテは決して無能ではなかった、武に優れた家系で、彼自身も鍛錬を欠かさず、大人に交じり引けを取ることなく剣を振るうことができる人材で、尚且つこの学園に入ることのできる頭も持っている。
ただ、ライゼスはそれ以上の能力を持っているというだけで。
「同室の解除については、今回は見送る。ただし、一つ宿題をあげるよ。『ソレイユ・ダイン』彼女の功績を調べることができれば、このまま同室でいよう。できなければ、すげ替える」
「はっ! 承知いたしましたっ」
足音が遠ざかり、ドアが閉まるのを待ってから、冷や汗に濡れる顔を上げ、それから脱兎の如く部屋を飛び出していく。
部屋のドアに背をつけ、その音に聞き耳を立てていたライゼスは昏く笑んだ。
「勉強を疎かにして落第をする可能性もあるわけだけど。まあ、そんな人間は、不要かな」
数日後、ソファに座るライゼスの前にストルテが平伏していた。
「ソレイユ様の成されたこと、調べさせていただきました」
「それで?」
「ソレイユ様に、直々に謝罪をさせていただきたくっ」
一層頭を下げたストルテに、ライゼスの眉がピクリと動く。
「却下する。彼女を煩わせたくない」
「しかしっ、私のしたことを、謝罪しなくては――」
「謝罪など、君の気持ちの問題だろう。君が、救われたくてするものだろう? 自分が楽になるために、ソレイユを煩わせるなど、到底許せるはずもないな」
淡々としたライゼスの言葉が、ストルテに刺さる。
「ぐっ……。承知いたしました」
彼の言葉に納得した以上、頷く以外にできる返事はなかった。
「だが、まあ、合格点だよ。これからも、同室よろしく」
「はっ、よろしくお願いいたします」
ソファから立ち上がり、自室に入りかけたライゼスが振り向く。
「そうそう。僕が許可するまで、僕らと距離を取って行動してくださいね」
「承知致しましたっ」
部屋に入ったライゼスは、ホッと肩を落としてこりを解すように肩を回す。
「こういうのも、慣れていかないとな」
なにせあのソレイユと共にありたいのだ、彼女の至らない部分は自分が負うと決めている。不要は排除し必要なものを囲う、そのための手腕を身につけなければならない。
一方、ストルテも部屋に入るライゼスの背を見送り、決意を固めていた。
自分よりも四つも年下なのに、あの貫禄と判断力。自分がどれだけ甘く生きてきたかを思い知らされる出来事だった。
「あの方の側近になってみせる」
家にいわれるがまま生きてきたストルテの、これがはじめて自らが立てた目標だった。