8.ネタばらし
ストルテ・アリュートを置き去りにして、図書館に向けて歩き出したはいいけれど、結構色んな人が見てたよね。
「ライゼス。あんなことして、大丈夫なの?」
領主の息子の横暴だ! とか、ならないのかな。
「僕の立場の確認と、ソレイユを大事にしていることが、明日には広まってくれるといいよね。ついでに、僕をちょっと危ない奴だって認識されて、遠巻きにしてくれるようになれば最高かな」
「んん?」
機嫌の良さそうな彼に、違和感を感じる。
「ストルテには無茶をお願いをしてしまったけれど。いい仕事をしてくれたね」
「まさか、さっきのって、演――っ」
大きくなった声を、彼の手に塞がれる。
「僕が、変な人間を同室にするはずないじゃないか」
赤味掛かった目が弧を描き、楽しげに告げられる。
本当にあれは演技だったんだ! 全然気がつかなかった。あのストルテの態度が演技でよかったな、ライゼスの同室の人に嫌われるのは、ちょっと嫌だもんね。
「ライゼス、強かになったねえ」
「ふふっ、まあね」
得意気に笑う彼がカワイイ。いやいや、初日から思い切ったことをする。
「僕はね、二年間しっかり学びたいんだ。だから、余計なことで煩わされたくないんだよね」
「確かに、あんな風に取り巻かれてたら、勉強どころじゃないよね」
先程、生徒たちに幾重にも取り囲まれていたライゼスを思い出す。
「そういうこと。ああ、ここが図書館だね」
彼に釣られて顔を上げると、廊下の突き当たりに立派な一枚の扉と、その横に図書室という文字、その下に注意事項が掲げられていた。
「ソレイユ、鍵は持ってきてる?」
「鍵って、これでいいの?」
自分の部屋の鍵を出すと、頷かれた。
「それを使って入るんだ」
ピタリと閉じている大きな扉、その横の壁にある鍵穴にライゼスが自分の鍵を挿し込むと、扉が横にスライドして人一人分の隙間を空けた。
奥にはズラリと並ぶ本棚が見える。
「図書館の入室は一人ずつ、鍵の持ち主しか入ることはできないから――」
説明するライゼスを押しのけて図書館の中に入ろうとしたが、途端に扉が閉まり、足を挟まれた。
「なにやってるの!? ソレイユ!」
慌てるライゼスを片手を振ってまあまあと宥める。
「ケガはしないけど、痛い程度に挟まれるんだね」
足を挟まれたまま手を伸ばして壁に自分の鍵を挿し込み、扉を開けて無事に脱出できた。
「本当にっ! ソレイユは、無茶をするね。ケガはしなかった?」
「うん。覚悟はしてたけど、大丈夫」
ニッと笑って答えると、ライゼスは心配そうな表情を緩めた。
ライゼスは開いている扉の鍵穴にもう一度自分の鍵を挿し、わたしの腕を取って図書館の中に入る。なるほど、扉が開いてる時に鍵を挿しても通用するのか。
「三回やったら、図書館の利用が禁止されるから、もうやるんじゃないよ」
「えっ!」
危なかった! 一発禁止じゃなくて、本当によかった!
図書館は二階まであり、ズラリと並んだ背の高い重厚な本棚には、みっちりと本が並んでいる。窓はあるけれど分厚いカーテンで隠され、代わりにいくつものランプが室内を照らしている。
入って右手側には返却・貸し出し受付と書かれたカウンターがあり、その中には生徒とは違う制服を着た体格のいい男性がいて、不審げにこっちを見ていた。
「ソレイユが挟まったりするから、司書に警戒されてるんだよ」
小声で告げてきた彼に、なるほどと納得してから小声で「謝ってくるね」と伝えて足音を立てないように静かにカウンターに近づく。
「扉で実験をしてごめんなさい」
「ふふっ、新入生に一人は居ますから、大丈夫ですよ。ケガはないかしら?」
低音だけど柔らかな声音で尋ねられて、コクコクと頷く。
「はい、大丈夫です」
「よかったわ。あと二回、さっきのをやると、ここを使えなくなるので気をつけてね」
「はい、ありがとうございます。これからも、よろしくお願いいたします」
無事、謝罪をしてライゼスと合流した。
女性っぽい話し言葉で優しそう、たくさん図書室に通いたいな。
二人で本棚を眺めて歩いていたら、鐘の音が聞こえてきた。
「夕飯の鐘よ、図書館も閉まるので、もし借りたい本がある場合は、早めに手続きをして頂戴ね」
司書の言葉に了承して、ライゼスと二人で図書館を出る。
図書館は廊下の突き当たりで、わたしたちが最後の利用者だったので、少し急いで廊下を進んだ。
夕飯は広い食堂で、縦に長机が並んでいる。
「まるでハリポタの世界だわ……っ」
聞こえてきた声に、ああ、確かにと思う――あれ? はりぽたって、なんだっけ。
感動に彩られた声の主は、オブディティだった。
胸の前で両手を組んで、潤んだ目で食堂を見渡している。
「あ、オブディティさん」
「あら、ソレイユさん、っと、イケメンっ」
わたしの隣に立つライゼスを見たオブディティのテンションがギュンと上がる。
イケメン、確かに。――だから、いけめんて何?
彼女の言葉を聞くと、納得のあとに混乱がやってくる。
「はじめまして、ライゼス・ブラックウッドです」
よそ行きの笑顔でオブディティに挨拶をするライゼスに、オブディティも表情を微笑みに変えて略式の礼をする。
「オブディティ・イクリプスと申します。ライゼス様というと、領主様の三男でいらっしゃいますか?」
「はい。ソレイユの幼馴染みでもあります」
あらそうなんですね、うふふふ、と笑うオブディティと、そうなんですよ、と笑顔で答えるライゼス。
そして「ぐううう」と腹の虫を鳴らすわたし。
二人の視線がわたしに向けられ、思わず小さくなってしまう。
「もしよければ、ご一緒にいかがですか?」
ライゼスがオブディティを誘い、彼女は一人だったそうで受けてくれた。
テーブルは入口側が上級生で、奥が新入生になっていると、案内の上級生が教えてくれた。
案内された席に三人並んで座る。
わたしが真ん中だけどいいのかな?
「ソレイユさんと一緒で嬉しいわ」
「わたしも、オブディティさんと一緒で嬉しいです」
よそ行きの顔で微笑み合い、それからすぐにパンを満載したカゴがテーブルの真ん中を音もなく進んで並んでゆき、それから次々に料理が流れて目の前で止まる。
凄い! こんな魔法があるんだ!
感動したのはわたしだけではないようで、食堂の新入生側のそこかしこから驚く声が上がっていた。
「ベルトコンベアかしら……?」
オブディティが呟いて首を傾げている。
「回転寿司っぽいよね」
彼女の言葉を聞いて、思わずわたしも脊髄反射で呟いてしまった。
「特急レーンね」
彼女は自分の前に並んでいく皿を見ながら納得したように呟いて、一拍後にハッとした顔をわたしに向け、大きくした目でわたしを凝視する。
「あなた……まさか……」
片手を品良く口元にやり、驚きを隠せないといった表情だ。
彼女がなにか言いかけたとき、食堂の一番奥にある壇上にコック服の女性が立って口を開いた。
「新入生の皆さま、入学おめでとうございます。料理長のシュテーベルです。これから二年間、我ら料理人一同、皆さまの健康と成長のために尽力してまいりますので、よろしくお願いいたします」
彼女の口上に拍手してから、食事がはじまった。
食事中はお喋りは禁止で、ゆっくり味わって食べることができた。
ライゼスとはそこで分かれ、オブディティと二人で部屋に戻ったんだけど。
彼女が急かすように歩くせいで、駆け足にならないギリギリで部屋まで急ぐことになった。