7.ライゼスの同室者
結局オブディティに会わないまま、男女共用のスペースまで来てしまった。
すると、ホールの中央に人垣ができていた。
男子も女子も集まって、誰かに話し掛けている。
有名人でも居るのかな?
ちょっとワクワクしながらその輪に近づいて、背伸びして中心に居る人物を見た。
「あれ?」
ライゼスだ。
丁度彼の正面から見たので、彼とバッチリ視線が合った。
「待ち合わせしていた友人が来たから、話はまた今度」
そう言いながら人垣を掻き分けて、わたしの腕を取る。
グイグイと腕を引いて歩く彼に、引きずられるようにして付いていく。
後ろに残してきた人たちからは、ちょっと不満の声も聞こえてるんだけど、いいのかな?
「待ち合わせ、してたっけ?」
「してない。ソレイユが来てくれてよかった」
やっぱりしてないよね? でもまあ、ライゼスを助けられたならいいか。
「あの人たち、ライゼスの友達?」
「違う。僕が領主の息子だから、仲良くなる使命を帯びてここに来てる奴ら」
「三男でも?」
「三男でも。僕の兄二人はちょっと歳が離れてるからね、僕のことを狙える年齢の女性からモテモテなんだよ」
「もてもて……」
表情は変わらないが、小声で伝えられたそのうんざりした声音に、気苦労がわかる気がした。
領主の息子って大変なんだなあ。
「そういえば、お屋敷でお兄さん達に会わなかったね」
「ああ、それぞれ領地の視察――に行くように仕向けた。ソレイユに会わせたら、なにを言い出すかわからないから」
え、わたし、何か言われるの?
「もしかして、農家の娘風情が、カワイイ弟に近づくな! とか?」
「は? いやそうじゃなく――」
そうだよ、その可能性が高いよ。
「あり得る。だって、九歳からのカワイイ盛りのライゼスをわたし独り占めしてた自覚あるし。わたしも、ティリスやカティアのカワイイ時代を見逃してたら悔しくて、怒ってると思う」
だから昨日も、領主様達に会うの少し怖かったんだよね。取り越し苦労だったけど。
だがしかし、お兄さんはまた別だろう。ライゼスのお兄さんになにを言われても、甘んじて受けよう。
どうやって謝るか、いまから考えておいた方がいいかな。
「ソレイユ、なにろくでもないこと考えてるの」
思考に沈んでいた頭をペチペチと叩かれ、ハッと現実に戻る。
「謝罪を――って、ろくでもないことなんて、考えてないよ」
重要なことだよと胸を張る。
「謝罪? 誰に?」
「お兄さん達に、弟さんを独り占めして申し訳ありませんでした、でいいかな?」
かなり本気で彼に確認すると、彼に
「謝る必要はないから、兄たちについては大丈夫だし、ソレイユには今後も僕を独り占めしてもらう予定だし」
「わたしが、ライゼスを独り占め?」
「それよりも、無事に入寮できてよかったよね――」
独り占めっていうのがどういうことかわからないけれど、あからさまに話を逸らしたってことは説明するつもりがないってことなので、追及するのは諦めた。
一度こうと決めたら譲らないんだよね。だから、こっちがお姉さんになって引いてあげるんだ、なにせわたしの下には弟妹が四人もいるからね! お姉さんのプロなのですよ。
なんて考えていたら、がしっと顔面を掴まれた。ライゼスに、片手で。
「また、ろくでもないこと考えてるね?」
「そんなことないで、あ、いたたたたたっ」
ミシリと食い込んできた指に、降参をして、謝罪した。
わたしは悪くないけど、引いて――いえ、なんでもありません。
「そういえば、ライゼスはどんな人と相部屋だった? わたしの同室はね、オブディティさんっていって、優しそうな人だったよ」
「へえ、イクリプス家の三女か。ちょっと変わってるって聞いてたけど、ソレイユと仲良くできるなら、問題無いか」
「……ライゼスって、もしかして入学した人、全員覚えてるの?」
いくら頭が良くても、そんなことまで覚えてたら、頭の良さの無駄遣いになるよ。
「まさか! 全員なんて覚えてないよ。ソレイユと同室になりそうな人間だけ、当たりを付けてただけだよ」
わたしの同室候補を覚えてたってこと?
「え? なんで?」
「今までの傾向を見れば、大体予想がつくからね。割と絞れるんだ」
いや、予想の付け方じゃなくて、絞って覚える必要性がわからないんだけど。覚える必要があったってことなのかな!?
「もしかして、わたしも調べてこなきゃいけなかったの!?」
「いやこれは、僕の趣味だから、ソレイユが気にする必要はないよ。それで僕の同室は、元々決まっていて今年二十歳になる――」
「ライゼス様っ! 一人で出歩かないでいただきたいと、申し上げていましたよねっ」
走り込んできたのは、明るい金色の髪に透けるような青い目を持つ、騒々しい青年だった。本当に二十歳? わたしたちより年上?
うっすら汗を掻いていて、ちょっと息が上がってるけど、一生懸命それを隠してるから指摘はしない。
「君の願いは却下したはずだ。僕は僕のやりたいようにやる。両親にも、それで了承を得ている」
冷たく見える表情で、金髪の青年に煩わしげな視線を向ける。
「ああそうだ、ソレイユ。僕の同室の、ストルテ・アリュートだよ」
「お前がソレイユ・ダインか、ライゼス様に――」
ストルテの足が払われ、ライゼスの右手がストルテの後頭部に振り抜かれた。
見事にスッ転ぶストルテ。ぽかんとするわたし。
ストルテの後頭部を掴み、床に押しつけるライゼス。
「誰の許可を得て、ソレイユに話し掛けた。それも、ろくでもないことを言おうとしたな?」
ストルテを押さえつけて低い声で問うライゼスから、禍々しい怒りの波動を感じる。
まおう……かな?
「魔王さま……っ」
微かに聞こえた声に顔を向ければ、柱の陰にオブディティがいた。それも、超興奮した様子で。
白い頬に赤味が差し、目はキラキラと輝いてライゼスを見ている。
この状況はよく知っている。伊達に初恋泥棒の兄姉を持ってないからね。
だけど……恋に落ちて、魔王様って言うかな?
魔王、様? まおうって……なんだっけ。
頭の奥がチリチリする。なんだろう、なにかを思い出しそうな、妙な高揚感が胸に湧き上がるんだけど。
「ソレイユ?」
ライゼスに声を掛けられ、現実に引き戻された気分で彼に視線を戻す。彼はわたしの視線を追って柱の方を見たのでわたしもそっちを見たが既にオブディティはいなかった。
「ねえライゼス、まお――」
言いかけたけれど、それ以上は止める。彼よりもオブディティに聞いた方が間違いない。
「ん? なに?」
「ええと、その人のこと、もうソロソロ許してあげたら?」
「貴様などに、庇われる謂れは――」
ストルテが言い終える前に、ライゼスの手が彼の後頭部を掴んで床に押し付けた。
わたしのところまで、ゴリッという音が聞こえた。かなり力が入っているみたいだ。
なるほど、ストルテはわたしのことが嫌いなわけね。
「僕の年齢に合う、適当な人材がいなかったが故の配置だ。お前にはなんの権限もない」
「しっ、しかしっ、自分は貴方をお守りするように言いつけられてっ」
「誰に? 少なくとも、僕の両親は、そんなことを君に依頼などしていないはずだが?」
ということは、ストルテは自分の両親から言われてるってことかな?
ストルテを床に押さえつけたままライゼスが言葉を続ける。
「折角、同室を認めてあげたのに、初日にフイにするなんて、愚かだね」
「ま、待ってください」
押さえつけていたストルテから手を離して哀れみを込めて言ったライゼスに、ストルテが慌てて起き上がる。
「どうせ四つも年下の僕のご機嫌を取るなど、容易いと思っていたのでしょう? 随分と舐められたものですね」
「舐めてなどおりませんっ」
「では、なにも考えていない愚か者ということですね。僕はそのような人間に、側にいてほしくはありません」
はっきりと言うライゼスに、ストルテの顔が強ばる。
「部屋の方は、僕が手続きをしておくよ。さあ、行こうかソレイユ。ここに併設されている図書館、見たがっていたろ? 人が多くなる前に、行ってみよう」
「ま、待ってください、ライゼス様……っ」
ライゼスは強引にわたしの腕を引き、ストルテを置き去りにして廊下を進んだ。