6.オブディティ・イクリプス
寮の人に案内されて部屋の扉を開くと、そこは小さいながらもソファやテーブルが置かれ、壁には額が飾られていた。
お、お、お、お洒落えぇぇぇ! ライゼスのお家で慣れてなかったら、目が皿になって口が開いてたよ!
事前の心構えって大事っ。
「入ってすぐのこちらが共有スペースです、左右の扉がそれぞれのお部屋に繋がっていますので。共有部分には私物は置かず、心地よい空間を作るようになさってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
内心の感動を隠して、あくまでお淑やかに微笑みを浮かべてお礼を伝える。
案内をしてくれた女性は簡単に説明をすると、すぐに次の生徒の迎えのために戻っていった。
手荷物を持って入り、正面の窓に興味が惹かれる。
「へえ、ここが……凄いなあ」
部屋自体は四階で、荷物を床に置いて腰高窓から外を見れば地面が遠い。窓は少ししか開かないようになっている。
風景が一望でき、敷地の広さを感じられる。
薄々気付いていたけれど、無茶苦茶広いな……。これが学園って場所なのか。
町の学校は町の中に建物があるだけだったけど。学園は、学園内で生活が完結できるようになっていると聞いたけれど、本当にそうなんだ。
感慨深く景色を見ていると、左手側の部屋に続くドアが開いた。
部屋から出てきたのは、わたしと同じ制服を身につけたストレートの黒髪に切れ長の目、キュッと引き締まった唇に、小柄な体格の女性だ。
目を引くのは前髪は眉ギリギリに一直線、頬の辺りの髪の毛は顎の下で一直線、後ろ髪は肩甲骨辺り一直線に切りそろえられていることだ。
ニホンニンギョウ、という言葉が頭を過る。
そこはかとなく懐かしさを感じるのは何故なんだろう? こんな変わった髪型の人なんて、はじめて出会ったのに。
「あなたが同室の方かしら。わたくし、オブディティ・イクリプスと申します。どうぞよろしくお願いいたしますね」
片方の足を後ろに引き、スッと腰を落とす綺麗な礼の姿勢だ。
「ソレイユ・ダインと申します、こちらこそよろしくお願いいたします」
母に教え込まれた礼と長女仕込みの微笑みで礼を返すと、オブディティの目が満足そうに細められる。
ふむ、家族から仕込まれた通り、これが正解なのか。
長女の「初手が大事なのよ」という言葉が脳裏を過っていく。
「わたくし、こちらのお部屋をいただきましたから、あなたはあちらを使ってくださる?」
疑問形なのに、確定してるんだね。まあ、最初に部屋に入った人の特権だよね、きっとわたしが先だったら、わたしが好きな部屋を確保してたと思うし。
「わかりました」
「あと、あなたのお荷物、そちらに置いてありますけれど。それだけ、ですの?」
部屋に入るドアの陰に置かれていたのは、確かにわたしの荷物だった。大きなトランクケースが三つもあるんだけど、これでもまだ足りないんだろうか、まさか本当に長女の言うとおりのことを言われるなんて。
「はい、なるべく減らすようにと、入寮の手引きに書かれてありましたので」
予め予想していた質問なので、長女と考えてあった答えを返す。
「あら……あなた頭に『ミカン』を付けてるから、お茶目な方かと思ったけれど、随分真面目なのね」
み、みかん?
あれ? みかん? これ?
片手を後頭部のお団子にやり、もう片方の手で胸を押さえる。なんだろう、胸がドキドキする。
「わたくしは少し外を散策して参りますから、どうぞごゆっくりお片付けなさってね」
そう言って部屋に鍵を掛けて出て行く彼女を見送る。もしかして、気を利かせて出て行ってくれたんだろうか? もしかして、凄くいい子が、相部屋になったのでは?
無言で万歳をして、喜びを噛み締める。
「はっ! 急いで荷物を片付けなきゃ!」
とにかく、彼女が帰ってくるまでに荷物を片付けなきゃ! 彼女の親切を台無しにしてしまう。
右手側の部屋のドアを開ければ、広くはないものの落ち着いた内装の部屋があった。
ベッドと机、机には魔道具の灯りが付いていて夜も勉強ができるように配慮されており、その横には小さな本棚がある。空っぽのその本棚を見るとワクワクする、取りあえず持ってきた本を置いたけれど、倒れるので、寝かせておくことにした。
他に大きなクローゼットがある。トランクケースに詰めていた服を全部掛けても、半分以上空いている。
クローゼットの端にトランクケースを置いて、完了。
「ふう。あっという間に終わってしまった! わたし、片付けの天才では!?」
ということで!
「わたしも寮の探検に行ってみようかな。オブディティさんに会えるといいな」
机の上にあった鍵を手に取る。
指一本分くらいの長さと太さの円筒の棒で、これを一分間握りしめると、わたしの情報がこの鍵に記憶されて、わたしだけの鍵になる。実家の鍵はみんなで使うので、この種類ではないので、この個人用鍵はちょっと憧れだったんだよね。
棒の端には魔石が付き、紐を通せる輪っかが付いている。
部屋を出て、恐る恐る鍵穴に鍵を差し込む。
カシャン
小気味よい音が鳴って、鍵が掛かった手応えがする。
わたしだけの鍵! そして、わたしだけの部屋っ!
「ふああ、自分の部屋ぁぁぁ」
何回か、鍵の開け閉めと、ドアの開閉をして、ここが自分の部屋だと実感して胸がジーンと熱くなる。
はじめて自分だけの部屋だー!!!!
もう、これだけでも学園に入った甲斐があるってもんだよね。
鍵を閉めて、ドアが施錠されたことを確認してから、しっかりとポケットの奥に鍵を入れ、ポンポンとポケットの上から叩いてその存在を確認する。
ここにはフォローしてくれる両親も兄姉もいないんだから、わたしがしっかりしなくっちゃいけない。
細い紐を買ってきて、鍵を首から提げられるようにしておこう。
共用の部屋から廊下に出る。ここには鍵がないので、ドアを閉めるだけで大丈夫なのか。
一つ一つがドキドキする。
「そっか……はじめての事ばっかりなんだ」
人の気配がするのに誰も居ない、磨かれた廊下。廊下に並ぶドアの奥に人の気配がある。
案内されて来たときは、緊張で気付かなかったけれど、廊下には魔道具の灯りが並んでいるから窓がないのに暗さを感じない。
「学園て、本当に凄いんだ……」
こんな風に優遇されるのは、きっとわたしたち生徒にそれだけの期待をしているからなんだよね。
緊張で出そうになる溜め息を呑み込んで、顔を上げる。
わたしもその一角に滑り込めた、だからここで、学べることを学んで、自分の糧にする。
わたしを快く送り出してくれた家族に、知識を持ち帰る。
もっと、畜産業を発展させるための知識を、たくさん持ち帰るんだ。
グッと両手を握りしめて決意を新たにした。