5.入学対策
今日は短めです
いいベッドでぐっすり眠り、とてもいい寝起きだ。
カーテンを開くと夜明け間際の空が見えて、窓を開けて冷たい空気で深呼吸する。
耳に生活の音が聞こえてくる。
優しい匂いが漂ってくる。
段々と太陽が昇り、今日がはじまる。
最高の今日がはじまる。
「おはよう、今日もよろしく」
右手で拳を作り、自分の胸をトントンと叩く。
それから着替える。
今日は学園の寮に入るから、制服を着なきゃいけない。
制服は予め体を採寸した数字を伝えて、それを元に作られて、家に届けられている。それが不思議とわたしの体にぴったりと合うのだから、凄い。
確かにとってもたくさん採寸したけど、こんなにぴったりになるものなんだと、家族全員で驚いた。
白を基調として深緑の差し色で縁取りされたロングスカートの制服だけれど、汚れたらすぐに魔法で綺麗にすればいいので、気負いはない。なんてったって、我が家で一番上手に綺麗にする魔法が使えるのがわたしだから。
鏡の前で大きめの襟にリボンタイを結ぶ。
リボンの輪は小さめにして、形良く。
髪を丁寧に梳かして、髪の半分をまとめてお団子にして緑色のクシで留める。
「うん、今日も上手くオレンジがくっついた」
長女はこの髪型をオレンジと呼ぶのを嫌がるけれど、どう見ても頭にオレンジがくっついてるように見えるんだよね。オレンジは好きだから、積極的にお団子を作るようにしている。
それから、長女に仕込まれた化粧をする。
うっすらとするだけなので、してもしなくてもいいんじゃないかと思うんだけど、許されないらしい。
ほどよい強さで顔に綺麗にする魔法を掛ける。強すぎれば肌が荒れるし、弱すぎても汚れが落ちきらずにニキビの元になってしまう。
丁度いい具合に魔法が掛けられると、肌はツルツルになり、透明感がひとつ上がる。毎日やることで、お肌の問題も起こらなくなる。
そこまで魔法の精度を上げるのは大変だったけど、長女との試行錯誤で満足のいく結果を出せるようになった。我が家ではわたしに次いで長女、母、少し精度は落ちるが三女のティリスも上手い。
綺麗にした肌はしっとりツルツルなので、うっすらと保湿のクリームを塗り広げ、白粉を刷毛でサッと乗せる、眉毛の余分なところは魔法で一本一本余分な毛を抜く。手でやるよりも失敗がないし、一息に抜くので痛みもないのだ。これにも繊細な魔法技術が必要だが、必要なら覚えるよね。
「この技術があれば、貴族相手の美容専門店できそうよね」
なんて長女が言っていたが、綺麗にする魔法と毛抜きの魔法なんて、頑張れば誰でも覚えられるのだから需要はないと思うんだ。
眉墨で眉の形をちょっと整えて、目の縁にほんのり赤味を差す、それから唇にも少しだけ朱を入れる。
鏡で全体のバランスを確認して、合格点を出す。
靴は旅で履いていたブーツではなく、少しヒールのある白いものだ。足首にベルトが付いているので、見た目よりも歩きやすいしカワイイ。
いつもよりも少し高い視線が新鮮だ。
踵を上げているので前のめりにならないように、真っ直ぐ背筋を伸ばすのを心がける。
「あなたは、私に似て美人なんだから自信を持ってね。……でも、口はあまり開かないほうがいいわね」
「ソレイユは残念美人って言われてるもんな」
二男のバンディが、長女に叩かれていた。
でも、まあ、初恋泥棒の異名を持つ長女レベッカに似てると言われることはある。静かにしていればとか、集中していればとか、とにかく口を開かなければかなり近くなるらしい。
「ということで、学園生活を穏便に過ごすために、口を開かないようにしようと思います」
「愉快なことを考えるよね、ソレイユは」
「いいえ、ダイン家の総意です」
表情をキリッとさせて伝えると、彼は馬車の窓から遠くを見た。
「そうかあ、家族ぐるみかあ」
学園に向かう馬車の中での会話だ。
ライゼスは、家族の総意なら……いやしかしと、なにやら一生懸命思案している。
「大丈夫、挨拶はちゃんとするから」
「うん、それなら、まあ」
不承不承頷いてくれる。
「まあ、ソレイユがずっと黙ってるなんて、無理だろうから、問題無いか」
「なにおう。やればできる子ですよ、わたしは」
胸を張って拳で叩くと、彼が苦笑いする。
「ほら、そういうところだよ、打てば響くように返事をしてくれるよね。それがソレイユのいいところでもあるんだから、無理はしない方がいいよ」
無理ではないと思うんだけどな。
学園に隣接して建っている寮の前に馬車が横付けされる。
早い時間帯だったからか、混雑することもなくスムーズに寮の部屋へ落ち着くことができた。
男子寮と女子寮は別棟となっていて、行き来はできないが、中間地点にある男女共用の建物には食堂や談話室などがあり、交流を図ることができる。寮を管理する職員の人数は多いので、男女二人きりになることがないように気配りされているので、親御さんも安心だ。
寮の部屋は基本的に二人部屋で、同室となるオブディティ・イクリプスはわたしよりも早く入寮していた。
彼女との出会いが、わたしに大きな革命をもたらすとは、この時はまだ思いもしなかった。