4.味ありお菓子
無事? 領主様と奥様との顔合わせが終わり、ライゼスと一緒に部屋に戻ってきた。
未婚の男女なので、部屋のドアは開けてある。これも貴族的マナーだ。ちゃんと習った。
それにしても、他愛のない話をしただけだったけれど疲れた。
ライゼスの配慮で、夕飯は部屋で食べるようにしてくれたのが、とってもありがたい。
もしかすると、味のない夕飯が出てくるかもしれないけれど、お腹に溜まれば問題ない。
「お疲れさま。疲れてるのに、両親に付き合ってくれてありがとう」
ライゼスが、自ら淹れてくれたお茶を飲む。
「挨拶をしたいって言ったのはわたしだよ。一緒に来てくれてありがとう」
「どういたしまして。ところで、もし寮に居られなくなったら、僕も一緒についていくから教えてね」
思わずお茶を吹き出しそうになった。
「な、なに言って――」
「ソレイユは、寮を出たとしても、ウチには来ないよね」
当たり前のように、わたしの考えを読むのをやめてほしい。
「ライゼスは連れていかないよ」
「いいよ、勝手についてくから」
隣に座るライゼスが、体をこちらに向けてソファの背に腕を掛けてじっとわたしを見る。
じっとりとした威圧を感じる。さすが領主様の息子だ、近いものがある。
「……寮を出るつもりはないよ」
根負けして、そう伝える。
「うん」
命を狙われるようになったらわからないけど、そうでないなら寮住みが一番効率がいいし。
「わたし、寮に入るの楽しみなんだよね。ほらウチって、子供が多いから、みんな部屋にギュウギュウなの、だから二人部屋っていうのも楽しみだし。全然知らない人と、一緒に生活するのも面白そうでしょ?」
「そうだね。ソレイユなら、きっと楽しめると思うよ」
穏やかな表情で、わたしの言葉を肯定してくれる。よかった。
「だから、寮は出ないから、安心して」
「わかった」
納得してくれたライゼスにホッとしたと同時に、確信が生まれる。
「ねえ、ライゼス」
「ん?」
彼の目をしっかりと見つめて問う。
「ライゼスって、無茶苦茶過保護だよね?」
「……過保護?」
「そうだよ、自覚がないかもしれないけど、凄く過保護だよ?」
頷きながら重ねて言えば、彼はうんざりした顔になる。
「違うね。断言するけど、僕は過保護ではないよ」
その自信はどこから来てるんだろう?
自分でも胡乱な顔になっているのがわかる、だって彼の行動はどう見ても過保護だ。
「ところでソレイユ、前に手紙で書いてあった、収納する魔法について調べてみたんだけど」
「収納魔法! あったの? それができるようになったら、手ぶらでダンジョンに入ることができるよねっ」
思わず身を乗り出したわたしのおでこを、彼は片手で押さえて近づけないようにする。
「調べてみたけど、どこにもなかった」
「ええええぇ……」
しょぼんとイスに座り直す。
「あからさまにがっかりするね。期待しないでって言ってあったろ?」
「だって、ライゼスは、いっつも無茶なことも叶えてくれたから……」
肩を落としたわたしよりも、彼の方が悔しそうな顔をしている。
「ソレイユの望みは全部叶えたいと思ってる。だから、ソレイユ、一緒に魔法を研究してみないか?」
「魔法を、研究? む、難しそうだね。研究なんていうのは、頭のいい大人の人がやるものだよね?」
「……君は散々色んな物を作り出してきただろ。ようはそういうことだよ、考えたものが、形になるように、試行錯誤すればいいだけだ」
噛み砕いてわかりやすく説明してくれたので、抵抗がちょっと消えた。
「試行錯誤すればいいだけ、っていうなら、できそうかも」
「そうだろ? じゃあ、魔法研究の科目を一緒に取ろうか」
「科目? 学園で習えるの?」
「習えるよ。他にも、乗馬や、社交という科目もある。詳しいことは入学したら説明されるけど、今からある程度絞り込んでおくほうがいいかな。定員いっぱいだったら、希望しても駄目なときもあるし。
「へえ! 町の学校とは違うんだね。町の学校は、みんなで同じ事を習っていくんだって」
「そうだね。コノツエン学園は、最低限町の学校で習う程度のことは、既に履修しているものとして授業が進められるから。ね」
既に履修……町の学校の勉強ができてるのが当たり前とな?
「てっきり、町の学校と同じような内容だとばかり思ってた。進みが早いから二年だけ通うとばかり」
「だから、君のお兄さんとお姉さんがみっちり勉強を教えてくれたんだよ」
「……もしかして、ライゼスが指示したとか? 妙にガッツリ教え込まれたのはそのせい!?」
「丁度良かったよね、お兄さん達が町の学校に通ってる時で」
カクシンハン、という言葉が脳裏を過る。あ、確、信、犯、か。そうか、理解。
ムッと尖らせたわたしの唇を、彼がむにっと指で摘む。
「僕の助言が間違ってたことあった?」
問われて、唇を摘まれたまま首を横に振ると、彼は得意気な顔でフッと笑う。
くぅっ! なにか、悔しい。
彼は摘んでいた指を離すと、しっかりとわたしの目を見る。
「でも、どうしても嫌なことがあったら教えてほしい。そうしたら、別の方法を考えるから」
ライゼスならわたしの本気で嫌がることはしないだろうし、どうしてもすることになってもそれはそうすることしかできなかったってことだろうから。
「わかった」
了解したけれど、きっと嫌だなんて伝える機会はこないんだろうなと思う。
ドアがノックされ、ライゼスが応えるとカートを押した執事が入ってきた。
「失礼いたします」
カートの上には、お茶とスポンジケーキが載っていた。
クッキーからグレードアップしてくれたらしい。
切り分けられたスポンジのケーキの横にはたっぷりの生クリームとジャムのソースが付いている。
「お待たせいたしました。ダイン様のお口に合うといいのですが」
さっきの味なしクッキーについては話題に出さない方がよさそうなので、お礼を言ってケーキを一口食べる。
口の中にクリームの甘さと、濃厚なスポンジがとても美味しいっ! 目を閉じて、しっかりと味わう。
「気に入ったようだね」
おいしさに打ち震えているわたしの表情から察したライゼスが、感想を代弁してくれたので、小さく何度も頷いた。
「ようございました」
執事がホッとしたように言う。
「それで、さっきのクッキーは誰が用意したものかはわかった?」
ライゼスの言葉に、思わず口の中の物を吹き出しそうになってしまった。
執事は表情を崩していない、さすがだ。
「判明しております、身柄も押さえてありますので、後ほど旦那様から沙汰をいただきます」
「くだらないことをした理由は、聞いてる?」
「聴取については、まだおこなっておりません」
「ふうん」
面白くなさそうに、ライゼスが目を細めた。
顔立ちが整っているから、表情を消すと、ちょっと怖い雰囲気になるんだね。
「僕も立ち会わせてね」
「……旦那様に確認して参ります」
執事が困っている。
わたしが口を出すことじゃないので、なんとも言えない気持ちのままおとなしくしておく。
「ソレイユ、その顔、どんな感情なの」
わたしを見たライゼスが、不思議そうな表情で聞いてくる。
その顔って、どんな顔だろう、両手で頬を揉んで表情を柔らかしながら返事をする。
「手の込んだ奇抜なイタズラだったけど、捕まったり、事情聴取されたりしちゃうんだ、って思ってる顔です」
「ああ、そういう感情なのか」
「愚考いたしますと、庶民の平凡な女子が、領主様宅で客員扱いされるのが気に食わない人がいたのかなと思いました」
「残念だけど、そのイタズラ程度のことで、勤め先を失うんだよね。先のことを考えず、こんなことをするような愚かな人間は要らないし。もしかすると、我が家にいくらでも毒を仕込めるぞ、という警告だったのかもしれないわけだし」
「なるほど! そっちのほうがあり得るね!」
ライゼスの言葉の説得力よ。
執事がライゼスの言葉に、満足そうに小さく頷いている。
「他の可能性もあるわけだから、やっぱり尋――事情聴取は必要になるんだ」
「納得しました。じゃあわた――」
「ソレイユは同席させないよ。長旅で疲れてるんだから、しっかり休むのが、君の務めです」
母よりも過保護なライゼスによって、部屋での夕食後は早々に部屋に軟禁された。ドアの外に見張りを置く念の入れようだ。
窓の外、中庭にも警備をしている人がいる。うーむ、流石に人様の家で好き勝手なことなんてしないのに。
明日の入寮に備え、部屋に運んでくれてある荷物を確認して、寝る前に綺麗にする魔法を自分に掛けておとなしくベッドに入った。
「ふわふわだ、それにスベスベ」
包み込むようなベッドに表面がサラッとスベスベしているシーツが掛けられている。
ほんのりイイ匂いもする。
両手両足を開いても寝られる大きさも素晴らしい。
のびのびと寝転がって、移動の間も欠かさずやっていた魔力の循環をする。
息を吸いながら、足の裏から入ってくる力を頭のてっぺんまで流して、吐きながら、頭のてっぺんから全身に流す。
何回も繰り返していると、いつの間にか寝てしまう。
この寝落ちが、一番気持ちいいんだよね。
なにも考えないで、今日は眠りたい。