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番外 危機3

「出てこいっ! このペテン師一家めっ!」


 そんな怒声に出て行くと、手にクワや鋤を持った北の牧場の男達が、ドロドロの仕事着で立っていた。


「全員、除染っ!」


 父の掛け声で、兄弟が一斉に綺麗になる魔法を男達に向けて放つ。

 あの格好でここまできたの? 正気かなっ!?


「うわあっ!」

「突然人に向けて魔法を使うなんてっ! 非常識だっ!」

 口々に文句を言う男達。


「非常識はてめえらだろうが! 病原菌をまき散らしやがって! こっちの牧場にまで、病気が広がったらどうしてくれる!」

 我が家で一番迫力がある長兄が怒りをぶつける。


「俺っ、道路を除染してくる!」

「私も行くわ!」

 二男と長女が駆け出した。

 二人だけで全部できるかな、わたしも行った方がいいだろうか。


「うるせえっ! てめえらのせいで、うちの牛がっ、牛がなあっ!」


 怒鳴る男がすべて言えずに詰まる。


「お前らがいい加減なことを教えるから、牛たちが病気になったんだ!」

「そうだ! どう責任を取るんだ!」

 荒ぶる男達に、父が前に出る。


「私たちは、あなた方になにも教えていませんが? そもそも、こちらの話に聞く耳を持っていないのはそちらでしょう?」

「いいや、お前らの責任だ! うちの子供らに、いい加減なことを吹き込みやがって!」

 がなり立てる男にも、父は穏やかに話掛ける。


「お子さんが、うちの子ども達と学校で話したのは聞いています。ですが、ウチの子ども達はちゃんと順序立てて、除染の仕方、防疫手順を教えているはずです。それを子ども達からちゃんと聞かず、話半分に聞いて勝手なやり方をした挙げ句、そのせいで牛たちを死ぬ目に遭わせ、その事実に向き合わず、私たちに責任を転嫁しないでいただきたい」

 きっぱりと言い切った父。本当にその通りだ。

 言われた男達は、咄嗟に言い返すこともできずに顔を赤くした。大いに心当たりがあるんだろうな。


「アザリア苔だって、三日間陰干ししてから、少量を餌に掛けるだけでいいのに、生のままあげたりしたんだよね? だから足りなくなって、慌てて冒険者に依頼を出したんでしょ?」

「なっ!?」

 わたしが言うと、なんで知ってるって驚いた顔をした。

 長兄と長女からさっき聞いただけだけどね。


「あの苔、あそこでしか生えないから、もし取り尽くしちゃったら、二度と手に入らないんだよ?」

「そ、そんなこと知るか! そんなこと聞いたこともない!」


「ちゃんとギルド経由で依頼してたら、ちゃんとギルドから説明があるんだよ。あそこの苔は冒険者ギルドで管理されてるから」

 男達が顔を見合わせる。もしかして、冒険者ギルドに依頼したけどダメで、ダメな理由も聞く耳持たずに出て行って、直に冒険者に頼みに行ったとか?

 ありそうだ、話を聞かない人たちだもんなあ。


「あの苔のことは領主様もご存じです」

 父が補足すると、男達はあからさまに動揺する。


「一応、ギルドで苔がある場所に看板は立ててあるけど、素行の悪い冒険者なら、無視するかもな」

 長兄がぼそりと付け足す。


「そもそも、あの苔って、精霊エラ・シルヴァーナの好物みたいだし、エラが悲しむかも」

 怒りはしないだろうけれど、年代物って言って喜んで食べてたし、嗜好品がなくなったらきっと悲しいよね。


「せ、精霊?」


「ええ、あの苔は、精霊様がダンジョンを一部封じてまで、大切にされていたもので。今回娘のソレイユとの親交があり、封印を解放して、我々に苔を恵んでくださったのです」

「はっ、はあ!? な、なんだその、荒唐無稽な話はっ!?」

 目を見開き、愕然とする。

「そんな話を信じろというのがおかしいだろう! どうせ、作り話に決まっている!」

「そうだ! そうだ! 精霊なんてのは、物語の中のもんだ! 子どもの作り話だろう!」


 否定されるのは、まあ、理解できる。だって、精霊様が、こんなところにホイホイ出てくるなんて思わないよね。


「牛の病気だって、お前らの仕業だろう!」

「そうだ! 自分たちで市場を独占したいから、こっちの牛を病気にしたんだろう!」

 クワや鋤を掲げて、根も葉もない言いがかりで捲し立ててくる。


「病気が発生したころ、病気が広がらないように助言もしたのに、聞く耳を持たなかったのはあなた達ではありませんか。こちら側に病気が広がらなかったのは、それぞれが考えを出し合い、防疫をしっかりおこなっているからです」


「そうだ、そうだ! 北の牧場のよ、こっちの話を聞き入れねえで、それで自分たちの都合が悪くなったら怒鳴り込んでくるってのは、お門違いじゃねえのか?」


 北の牧場主達のうしろに、こちらの牧場主やおかみさん達が剣呑な表情で集まっていた。


「レベッカちゃんと、バンディ君が一生懸命あんたらがばら撒いていった病原菌を綺麗にしてくれてんだよ! うちの子達も総出でね!」

 隣の牧場のおかみさんが眉を逆立てて怒る。

 よかった、二人だけだったら手に余るけど、みんなが手伝ってくれるならきっと大丈夫だよね。


「父ちゃん! もうこんなことやめてくれよっ!」


 更に向こうから、若い声が上がる。


 おかみさん達の間を縫って、北の牧場の子ども達が前に出てきた。息が上がっているので、走って来てくれたんだろう。


「たくさん牛が死んで、父ちゃんが一番悔しがってたくせに、悲しんでたくせに、どうして認められないんだよ、もう死なせたくないだろ!」

「うちらのやり方が悪いんだって、もう認めてくれよ! 魔法を使わない飼育に、なんの意味があるんだよ!? 昔からのやり方を変えるのが面倒なだけなんだろ! 工夫するのを、放棄してるだけじゃないかっ!」

 痛いところを突いてくるね、子ども達。


「お、お、お前ら……っ」

 男達の顔が、怒りに赤くなっていき、大きく口を開いたその時――


『なにやら、面白いことになっておるのお』


 いつの間にか、わたしのうしろにオレンジ色のブチ柄の牛『ミカン』が巨体を寄せてきていた。どうやって、脱走したんだろう。

「あ、エラ? お久しぶり」


『久しいの、人の子よ。我の名を呼んでおったようじゃから見に来てみれば、なんとも醜いことじゃのう』

 エラが首を伸ばして、男達を睥睨する。


 男達はダラダラと冷や汗を流し、一人二人と膝を折っていく。


「エラ?」

『我はの、馬鹿にされるのは好かんのじゃ。無論、我が好ましく思うておるそなたを、悪く言われるのもな』

 掻けとでも言うように、大きな体を寄せて頭を下げてくる。首をガリガリと掻くと、気持ちよさそうに目を細めた。カワイイ。


「せ、精霊、さま……まさか」

 目の前にいるのに、信じられないのかな。いや、もう信じてるんだろうな。


 男達以外の人は、エラに威圧される前にすでに膝を突いて、頭を垂れている。気付けば、立っているのはわたしだけになっていた。


「エラ、ありがとう。お礼はなにがいい?」

『ふむ。そうじゃの、乾燥した苔を少々もらおうかの』

「いいよー。じゃ、行こうか」

 膝を突いている父の方をチラリと見れば、頷きを返される。


 エラを連れて一緒に放牧場を目指す。途中、高床式の苔の貯蔵庫で、わたしの片手に載る分の苔を所望したので差し上げ、無事に放牧場の中に戻した。本当に、どうやって脱走したんだろう?


 エラと別れて、みんなの居る場所に戻ると、なにかもう一件落着していた。


 子ども達の訴えと、エラの存在感に、男達の価値観がすべてぶっ飛んだとのことだ。父が『自衛防疫手順』の冊子を一冊あげると、今後はちゃんと魔法も使っていくと約束して帰っていった。

「……本当に、ソレイユは、話題に事欠かないな」

 ことのほか分厚い手紙に書かれていた内容を二回読んで、脱力する。


 前回の手紙には、父へのものだったが『自衛防疫手順』という冊子がついていた。ダイン家と周辺の畜産農家が協力して作ったものだと書いてあったが、その完成度は高く、父は有識者の意見も交えてその冊子を検証し、有用だとわかるとすぐにソレイユの父に連絡を取って利用許可を得ていた。

 領内の畜産業のある地域に配布し、今後の防疫に対する指針にするそうだ。


「これからは、地域の実態を調査して、成功している地域のやり方を他の地域にも広めていけるように、色々整備したいものだな」


 夕食の席で、父が言っていたことを、ソレイユへの手紙に書いたら。


「縦の連携も大事だけど、横のつながりも重要だからさ。畜産農家同士で生産技術向上の勉強会や、他の地域への視察とか、自分たちでそういう組織を作れたらいいよね。そうすれば畜産業が活性化するんじゃないかな」


 という爆弾を返された。


 個ではできないことを、集団で行う。

 冒険者ギルドを手本にしての提案だろうか? いや、それなら畜産農家が主体となっての組織なんて言い方はしないか、じゃあ、なにをヒントに考えたのだろう……。

 ソレイユは本当に面白い。

 僕もまた、彼女に追い越されないように励まなければ。ステータスを見られるのだけは、絶対に阻止しなきゃならないから。

 僕のステータスを見れてしまったら、きっと彼女はがっかりする。見たことで僕を見下すような彼女ではないけれど、きっとがっかりさせてしまう。


「よし、僕も頑張ろう」

 寝るまでの一時も惜しく机に向かった。

これがこの世界における各種組合の先駆けとなる、酪農組合の誕生秘話である。


第一章(幼少期編)お読みいただきありがとうございました!

第二章開始まで、少々お時間をいただきたく思います(書けてない、マジで書けてない。書きたい気持ちだけがガンガン空回り中です(TωT))

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誤字脱字報告、大変、大変っ助かっております! ありがとうございます!! ゜・*.✿*書籍化決定しました!*✿.*・゜ 読んでくださる皆さまのおかげです! ありがとうございます。°(°´ω`°)°。ウレシ泣キ
― 新着の感想 ―
第二章が掲載されるのをわくわくして待ってます。 待ってる間に再読します。 伏線にどれだけ気付けるかな。
大変楽しかったです。 これで終わってしまうのはもったいないなと思っていたので、第二章嬉しいです。楽しみにしています!
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