番外 危機2
我が家の初恋泥棒二人は、翌日にはさっそく北の牧場の子ども数人と話をすることができたそうだ。仕事が早い。
「あの子達も、このままじゃダメだって理解はしていたわ。代替わりしたら、絶対にいまのやり方を変えるって言ってた、あんな馬鹿らしい習慣無くしてやるんですって」
長女はそう言って呆れたような溜め息を吐き、長男が言葉を引き継ぐ。
「代替わりなんか待ってられないんだよ。今を乗り越えられるかどうか、って時なのに」
悔しげに、吐き捨てるように言う。
本当にその通りだ。
「じゃあどうしようか? まずはその子たちを洗の……じゃなくて、教育しようか」
「教育?」
わたしの言葉に、バンディが怪訝な顔になる。
「そうそう、こっち側のやり方とかって知る機会あんまりないと思うんだよね、だから知識として教えてあげるってのはどうかな? 知識を得るのに、代替わりを待つ必要ないわけだしさ」
「確かにそうだな。知識は先に覚えておいても悪くないよな」
長兄が納得したように頷く。
そして、知識は得たら使いたくなるんだよね。
「じゃあさ、説明しやすいように紙にまとめようよ!」
わたしの提案で、それから数日掛けて、家畜防疫の手順書を作る。
手分けして両親や、近所の畜産業をしている農家の家をまわって聞き取りもした。
一通りまとめたら、ちゃんと糸で綴じて表紙も付けた。
表紙の牛の絵は、我が家の末っ子三歳児カティアが書いてくれた。ちゃんと牛に見える牛の絵だ、カワイイ。
最後に父と母に内容を確認してもらい、了解が出てから複写する。
面倒臭いけど、兄弟総出で手書きで写していく。ページ数がそれほど多くないのが救いだ。
カティア画伯も一生懸命、何枚も牛の絵を書いてくれた……最後の方は、飽きたのかカラフルな水玉模様だけだったけれど、それもまた味があっていい。
字の綺麗な長女が書いた一冊は、父が領主様へ送っていた。「ウチでなにかやるときは、報告が欲しいって言われちゃってるからねえ」と苦笑いしてるけど、領主様とは元から知り合いだったみたいだし、そのつながりがあるからやり取りできるんだろうな。
わたしもライゼスに手紙を書いて、一緒に送ってもらった。
長兄と長女は出来上がった冊子を使って、学校の休み時間に北の牧場の子たちに防疫について教えてくれた。こんなのを学んでいることがバレたら向こうの親に怒られるので冊子を渡すことはできないけれど、冊子を使うことで順序立てて教えることができ、とても好評だったそうだ。
母がカティア画伯の絵をお隣の牧場の奥さんに見せに行くと、一緒にいたご主人も冊子の中身を見て是非一冊欲しいとのことで、持っていったものを置いてきたらしい。中身を書き写したら返してくれるとのことだ。
それを聞いた他の牧場の人たちも、我が家に断ってからその冊子を借りては中身を書き写し……ウチに戻ってきた時には、冊子は歴戦の勇者の如き佇まいになっていた。ボロボロ。
それにしても、わたしたちが写さなくても、自分たちで書き写してもらうって手があったのかと、目から鱗だった。早く知りたかった。
そうしてダイン家で作られた『自衛防疫手順』は、最終的には領内全体に普及されるんだけど、それはまた少し後の話。
大問題が発生した。
冒険者ギルドで収穫、販売されているアザリア苔が、買い尽くされた。
犯人は、北の牧場。
子ども達から聞きかじった話で、アザリア苔のことを知り。これなら魔法ではないからいいだろうということになって、導入したらしい。
試しに少量をこっそり購入して与えたところ、みるみるうちに元気になったので、この度の大量購入になったようだ。
……乾燥したのかな? 陰干し三日必要なんだけど。
あと、使用量は本当に少量でいいんだけど、一気に大量になんて与えてないよね。
ヤキモキしちゃう、本当に大丈夫だよね?
長男もそれが気になったようで、登校したときすぐに確認してくれた。
学校から帰ってきた長男が、暗い顔で首を横に振る。
「生。それも、やればやるだけいいだろうってことで、大量に与えてるらしい」
「バカかな……っ!」
思わず頭を抱えてしまった。
そんなの、栄養過多だよ、過ぎたるは及ばざるがごとしだよっ!
「アザリア苔の扱い方は教えたけれど、あの子達の言葉を、大人がちゃんと聞くかどうかよね」
長女が物憂げな表情で嘆息する。
「それでだ、そんな風に使ってるからすぐに底を尽くだろ? だから、独自に冒険者に苔の採取依頼を出したらしい」
「え? でも、アザリア苔は乱獲を防ぐために、採取する範囲とか時期とか決められてるんじゃねえの?」
二男の言葉に、長兄は苦い顔をする。
「それはそうなんだが、ウチもそうだが、畜産農家が取りに行く分には緩くしてくれてるだろ? だから、その延長線上で、ある程度の金を出して冒険者を雇って収穫するようにしたらしい」
「……取り尽くしたりしないよね?」
精霊のエラから託された苔だよ。
「ギルドはそこら辺をわきまえているが、外から入ってくる冒険者が一気に増えたからなあ。万が一、ギルドを通さず、直に依頼してるとしたら……」
苔の重要性を理解してない人がいる可能性が高いのか。
「俺、ちょっとギルドに言ってくる!」
立ち上がった二男を、長男がとどめる。
「学校帰りに言ってきた、すぐに調査に人を出してくれることになったから、大丈夫だ」
「取り尽くされた後じゃなければいいね」
三女のティリスが言うけど、本当にそう。万が一絶滅したら……ゾッとする。
苔の生産用にダンジョンの一部を改造できないかな。あ、もしかして、あそこを区切ったのはエラが苔の育成する為だったのかも? あのくらいのことをやらなきゃ、苔を守れないのかもしれない。
ちゃんと苔を保護するって約束したのに、こんなにすぐ危機になるなんて。
「おい、ソレイユ、大丈夫か? 顔色悪いぞ」
「わ、わたし、苔、見に行って――」
「こんな時間に行けるわけないだろ。苔のことは、冒険者ギルドに任せてあるんだ、領主様から守るようにも言われてるはずなんだから、それができなかったとしたら、冒険者ギルドの責任だ」
慰めるように長兄が言うけれど、わたしは首を横に振る。
「それは、こっちの……人間の言い分だよ。エラには通じないよっ」
ペチッとおでこを叩かれる。
「気負いすぎだ。そもそも、守る約束はしてねえだろうが。精霊様は、あそこの苔を使ってもいいって言っただけだ、あそこでしか育たないから絶滅したら無くなるからなって教えてくれただけだったろ?」
言われて思い出す。
『あの苔はあそこでしか育たぬし、絶滅させてしまえば、もう手に入ることはなかろう』
とは言っていたけど、エラがあそこの苔を守れ、とは言ってなかった。
あ、そうか、ライゼスが言ってたんだ「苔は管理し、絶やさぬようにしていきます」って。
それはあの場にいた全員の思いだったから――そっか、エラは注意はしてくれただけか。
「ふふっ、顔色が戻ったわね。よかった」
長女に両手で両頬をムニムニと撫でられる。
「とはいえ、絶滅したら大事だ――」
その時、外から怒鳴り声が響いた。
「出てこいっ! このペテン師一家めっ!」
思わず顔を見合わせ、それから一斉に立ち上がる。
双子と末っ子は母が家に隔離、それ以外の家族は急いで声のする方に走り出した。