3.ヒミツ
牛に蹴られかけ心臓がバクバクしながら、助けてくれたライゼスと一緒に柵の外に座り込んでいた。
「本当に、無事でよかったよ……」
「ごめんなさい」
小さな声で謝ったわたしの頭を彼の手が撫でてくれる。
「ねえ、ソレイユはどうしてあんなことしたの? いくら無鉄砲な君でも、いつもならしないだろ?」
彼に問われて、ステータスのことを思い出し、カッと目を見開いて手の中に握っていた棘を見た。
「トゲ」
「……トゲ? これがあの牛に刺さってたの?」
もしかして! もしかして!
まだ抱きしめている彼の腕から立ち上がり、柵から頭を出して心配そうにこちらを見ているデカミンに近づいて頭を撫でる。
ステータスを見たい!
念じた途端、さっき見たのと同じ透明の四角が現れる。
書かれている内容から、トゲが刺さっているという部分が消えていた。
「よかった! あっ、ライゼス! これ見て!」
立ち上がってお尻の土を払っていたライゼスを呼んで、透明の四角を指差す。
「これで、デカミンにトゲが刺さってたのがわかったの! ほらここ、このうしろに、後ろ足にトゲが刺さっている、って書いてあったんだよ!」
わたしの指す先を見ていた彼は、怪訝な表情で目を凝らし手を伸ばして透明の四角に触れようとするけれど、手は空を切る。
「わたしもさわれないよ、読めるだけだもん」
「ここに、なにか書いてあるのが、見えるの?」
怖い表情で聞いてきた彼に、頷く。
「そうだよ、デカミンのステータスが見たいって思ったら見えるようになったの」
「いまも見えるんだよね? でも、僕には見えない。君にしか見えないんだ」
「見えないの?」
この透明な四角が。
「その見えるって言ったなにかも、僕の耳には聞き取れなかった」
「『ステータス』が?」
「うん、やっぱり聞き取れない」
怖い顔で頷く彼に、意味がわからずに首を傾げてしまう。
「ソレイユ、よく聞いて。君のその能力は多分、魔法とは違うなにかで、誰にでもできることじゃないんだ。誰にでもできないことは、誰かに狙われることにもなるんだよ」
「狙われる?」
「そう、悪い人に捕まって、利用されるかもしれないってことだ」
彼はわたしの両手を握って、しっかりと目を見つめてくる。
真剣な赤い目に圧倒されながらも目を離せない。
「いいかい、ソレイユ。その能力のことは、誰にも言っちゃダメだよ」
「誰にも?」
彼が強く頷く。
「お母さんにもお父さんにも、君のたくさんいる兄弟たちにも言っちゃダメだ」
その言葉に、なんて言っていいかわからなくなる。
「どうしても?」
「どうしてもダメだよ、知る人が多ければ多いほどソレイユが危険になるからね」
彼の声が低くて真剣で、背筋がゾクッとした。
「わかった、言わなきゃいいのね?」
わたしも彼をマネして低くした小さな声でそう言えば、彼は強く頷いた。
「そっか。言わなきゃいいだけなら、まあいいや!」
言葉に出さなくてもステータスは見られるし、言っても聞き取れないってライゼスも言ってたから、うっかりしちゃっても大丈夫だよね。
そう考えたら、急に気分がよくなってきた。
「本当にわかった?」
ちょっと怪訝な顔になった彼に、ウンウン! と二回しっかり頷く。
「このことは、わたしとライゼスだけのヒミツってことでしょ?」
「そ、そういうことになるかな……うん」
すんなり頷かない彼に首を傾げてから、まあ、うんて言ったからいいかと、掴まれたままだった両手を解いて、牧場の柵にくっついて牛の声マネをする。
何頭かの牛が近づいてきたので、さっそくステータスを見た。
「デカミンみたいな名前ないや、こっちのは十歳二ヶ月で、こっちのは七歳五ヶ月か。歳だけバラバラで、あとは一緒かあ」
もっと面白いこと書いてあるかと思ったのに。
「もうっ! ソレイユ! ダメだって言ってるだろっ」
「ライゼスはいいんでしょ?」
どうして怒られるのかわからずに聞くと、彼はうぐっと黙り込んだ。そのとき、離れた場所からとことこと歩いてくる小柄な牛たちを見つけてそっちに釘付けになる。
「あ、おっきいちびちゃんもきた! 牧草を食べられるようになってえらいねえ」
柵の間から手を伸ばして、わしわしと緑のブチ柄の頭を撫でる。最近まで育成舎にいた子牛なんだけど、やっぱり子牛の方が手触りが柔らかくて気持ちいい。
近づいてきた牛のステータスを片っ端から見ていく。
「あ、この子ケガしてる! お腹の横?」
わたしが言うと、ライゼスが柵越しにキョロキョロと体を動かして牛を見る。
「あったよ、擦り傷かな? おじさんに教えなきゃね。あ、でも……うーん」
「どうしたの?」
また真剣な顔をした彼は、しっかりとわたしの目を見てきた。
「あのね、ソレイユ。能力で知ったことを、他の人に言ったらバレちゃうよね。だから、どうしてケガがわかったんだ、って聞かれたら、ちゃんと「遊んでたら気がついた」とか、「ライゼスが見つけた」って言うんだよ」
「そ、そっか。バレちゃダメなんだもんね」
うっかり言っちゃうところだった。
「ライゼスが見つけてくれたって言うね」
「うん、多分それがいいと思う。なにかあったら、僕の名前を出しておけばいいよ」
「わかった!」
何頭かに小さな問題はあったけれど、他の牛はみんな元気だった。
放牧場にいた牛を全部確認したらもう日が落ちてきていたので、いつものように家の前まで二人で戻ってライゼスを見送り、ながーく息を吐き出した。
「今日はなんだか、すごい日だったな……。ああっ! 夕方のミルクっ!」
お昼のミルクも遅れたのに、夕方のミルクも遅れたらもうやらせてもらえなくなっちゃう! わたしは大急ぎで、ちびちゃんたちの鳴く育成舎に走った。
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