閑話3 ライゼス
領都エルムヘイブンにある、堅牢な城にエルムフォレスト領を治めているブラックウッド伯爵一家……僕の家族が住んでいる。
魔力暴走をする僕は九歳から三年間、領都から馬車で五日の場所にあるルヴェデュの町で暮らしていた。
穏やかな気候で農業と畜産が主要産業のその土地で、魔力が暴走しないように穏やかに生活するために行ったんだけど……全然、穏やかに生活はできなかった。
部屋のドアがノックされたので声を掛けると、メイドがトレーに載せた手紙を持ってきた。
「ありがとう」
礼を言って手紙を受け取る。
姉であるレベッカ嬢の指導の賜物なのか、元気いっぱいの本人とは違う雰囲気の丁寧な文字で『ライゼス様へ』と綴られている。
彼女は十三歳になってすぐに冒険者登録をして、アザリアの遺跡で苔採集に励んでいると前の手紙に書いてあった。
領主である父にこっそり見せてもらっているルヴェデュ町の報告書で、冒険者ギルドに苔採取の依頼は常設で出してあるが、中々それを受ける冒険者はいないということは知っている。
ソレイユからも、そのことに対する愚痴が手紙に綴られることが度々あったし。
だから、冒険者の登録ができるようになるやいなや、さっさと登録してアザリアの遺跡に潜るようになった。
実に彼女らしい選択だ。
彼女は自分で決めたことは、やりきる人だ。
僕よりも年下なのに、芯が通ってる……トリスタンは猪のように真すぐ突き進んでる人だと言っていたっけ。確かに、動物的な野生の勘があるのは否めない。
彼女と過ごした三年間は、驚きに満ちていた。
華やかな領都に戻ってきたのに、あちらで生活した日々のほうがよっぽど輝いていた。
毎日のように新しい発見があり、彼女に負けないように頑張った日々はとても充実していたんだ。
あの日々が恋しくて、僕ははじめて父にお願いをした。
ソレイユと一緒に学校に通いたいと。
父が彼女の後見をすることを約束してくれたので、早速彼女にその旨を手紙で送った。
彼女の兄姉は町の学校に通っていたので、ダメだと言われる可能性も高かったけれど、彼女の手紙の返事には、楽しみにしていると書いてあった。
その時の僕は嬉しさに跳び上がってしまった。
あとで知ったことだけれど、父がソレイユの父上にそれとなく連絡を入れていたらしい。父とソレイユの父が知り合いだということもその時に聞いて驚いた。
「彼は、真っ直ぐ過ぎたんだ。仕事はできるから、文官として着々と昇進していたけれど、世渡りは上手くなかったな。仕事を辞めたと聞いたときに、是非ウチに来てもらおうと誘ったんだが、畜産をするからと断られてしまった。あの時は、ウソをつくならもっとマシなウソをつけと思ったが、まさか本当に牛を飼うなんてな」
理解できない、と父の顔に書いてある。
「彼もソレイユ嬢をこちらの学園に通わせるつもりだったらしい、渡りに船だと喜んでいたよ。ライゼスに、迷惑を掛けると思うが、よろしく頼むとのことだ」
さらりと父は言ったが、ソレイユの父上は本気で言っているのだろうと察せられた。
頭を過る思い出から顔を上げて、手紙にしては厚みのある封筒を開ける。
ソレイユから来る手紙はいつもパンパンだ。
早くてふた月に一度、間が空けば半年に一度の手紙に、綴ることは山ほどあるのだ。
僕と違って。
僕の日常は毎日代わり映えがない。早朝に屋敷の周囲を走り、ご飯を食べて、午前中に勉強、昼食を食べてから、剣の稽古――時々お茶会や、母の観劇に付き合うこともあるけど、刺激はまるでない日々だ。
今回の手紙には、内緒だと前置きがあってから、アザリアの遺跡の苔の間より先に進んだことが書かれていた。
「ご両親と、ダンジョンの奥に行かないのを条件に冒険者登録をしたってのに。……まあ、絶対行くとは思ってたけど、早かったな」
はじめて見る魔物と遭遇しても、アノ能力で弱点と実力差がわかるから危なくないのだと言い切っているが……アノ能力は、自分よりも知能が低い生き物に対して使えるのだから、万が一知能で負けてしまったら、アノ能力は使えない。精霊エラ・シルヴァーナの件があるっていうのに。
読みながらハラハラする。
どうして僕は、彼女の側にいないんだろう。彼女を止める人はいないんだろうか、いや僕以外の人が彼女を止めるのは、少し、腹が立つ。
魔法をとても器用に扱う彼女は、現在は魔力の消費を極力抑え、効率よく魔物を倒すのに腐心しているらしい。なにかいい案がないかと聞かれてしまったので、手紙を読み終えたら書庫に行こうか、それとも魔法の扱いが上手い父の側近のハーレフォード卿に聞いてみようか。
思案しながら手紙を読む。
彼女は魔石を集めドロップした素材をこっそり売って、僕へ手紙を送る代金と、学園に通うときのために貯めているとのことだ。
なにも考えてないように見えて、ちゃんと先を見据えて行動している。
彼女のそういう一面を見ると、負けた気分になるんだ。
最後に赤み掛かった小さな黒い魔石が同封されていた、僕の目に似ているからあげると書いてある……どうせなら、ソレイユの瞳に似た若草色の魔石がよかったな、なんて贅沢なことを考えてしまう。
「僕は僕にできることをやらなきゃ」
負けたままではいられない。次に彼女に会うのは、学園に入る時だ。
胸を張って彼女と再会できるように。
そして、願わくば――真っ直ぐ彼女に僕の想いを伝えられるように――
まずは彼女の期待に添えるように、魔法の省力化に関することを調べにいこう。
これで終了予定でしたが、ソレイユが脳内で暴走したので、あと数話あります。
お付き合いいただけると嬉しいです。