23.看板娘
「親の躾の賜物って――くくくっ、じ、自分で、言う?」
目尻に涙を浮かべるほど笑ってから、「はー、笑った笑った」と言いながら体を起こした冒険者の彼に一応営業を掛けてみる。荷車に積んだミルクを売りさばいてから帰りたいのだ。
「お兄さん、ミルクいる?」
「おお、流石にそれ一缶は、一人じゃ飲みきれないな」
苦笑と共に断られる。
「そっか、残念。あ、煮込み料理が美味しいのは、あっちにある『小鳥の隠れ家』で、焼き物が美味しいのはこっちにある『赤煉瓦』のお店だよ」
荷車の引手を持ちあげて移動の準備をしながら、彼にアドバイスする。
「へえ、どっちもまだ食べに行ったことないな。ありがとよ」
「ウチのお得意様で、時々味見させてくれるんだ。だから間違いないよ」
笑顔で伝えたら、グローブをした大きな手で頭をグリグリと撫でられた。
「嬢ちゃんの舌を信じるよ。煮込み料理の気分だから『小鳥の隠れ家』に行こうかな」
「わたしも行くー。お兄さんは一人で冒険者してるの?」
小鳥の隠れ家に向かうらしい彼と並んで荷車を牽きながら歩く。
「ああそうだ、短期でパーティを組むことはあるが、ずっと同じメンバーってのはないな。それにしても嬢ちゃん、力持ちだな」
感心する彼に、片腕だけ力こぶを作ってみせる。筋肉盛り上がらないけど。
「身体強化してるからね! 荷車いっぱいにミルクの缶を積んでも牽けるよ」
「へえ! その年で、それだけの身体強化が使えるってのは凄いな! まだ一五にはなってないだろ?」
「今年十一歳だけど、女子に年齢を聞くのはダメなんだよ。お姉ちゃんが、そういう配慮のない男とは距離を取れって言ってた」
「手厳しくて、泣きそう」
姉の教えを伝えると、本気で肩を落としてしまった。色々と思うところがあるらしく、しょんぼりしながら話し掛けてくる。
「なー、聞いてくれよー。そもそも、冒険者なんて、中々付き合ってくれる人居ないんだよ」
「ふんふん」
「確かに根無し草だから、あっちこっちのダンジョンに行くし」
「なるほど、なるほど」
「ダンジョンに一週間やそこら潜るなんて、日常茶飯事だし」
「へええ!」
「帰ってきたら、臭いだの、寂しかっただのって。こっちはこれが仕事なんだから、もう少し労って欲しいんだよお」
「お仕事頑張ってるんだもんねえ」
「そうなんだよ、俺は頑張ってるのっ。なのに、寂しかったからって、他に男作るってのはどういうことなんだよお。仕事の報酬入ったら毎回ドレスやら宝石やら買ってたのに」
「あー……」
どっかでも聞いたことあるなぁ。
「お金じゃ心は埋まらないの、っていうなら金使う前にさっさと別れて欲しかった」
「散々貢がされたうえに、二股かあ。それって冒険者あるあるなの?」
わたしの言葉に彼は自分の胸当てをギュッと掴み、顔をキュッと顰める。
「ある、ある、です」
「ツライねえ」
「ツライんですよ」
しょんぼりとぼとぼ歩く彼に合わせてゆっくり歩く。
「お兄さんは、お金持ってて、若くて、体力があって、家に居ない、ちょっと残念な面はあるけれど、誠実さはあるっぽい」
「誠実だよう、惚れた相手には一途だし、付き合ってるときは、絶対によそ見なんてしない」
「ふむふむ。お兄さんの年齢は?」
「二一だけど。さすがに嬢ちゃんとは付き合えないな」
「わたしじゃなく、お姉ちゃんです。七歳差なら、あり得なくもないかなと」
「七歳……ってことは十四じゃないか、あり得ないだろう」
「今すぐじゃなくてもいいんだけどなあ。会うだけ会ってみる? お姉ちゃん厳しいから、そもそもお眼鏡に適わないかもしれないけど」
条件は悪くないんだよね。
「ははは……俺じゃなくて、お姉ちゃん次第なんだ」
乾いた笑いをこぼすが、我が町の初恋泥棒の名前は伊達じゃないんだよ。身内贔屓なしに年々綺麗になってるんだから。
「ここが『小鳥の隠れ家』だよ」
着いたのは、三角屋根に小窓がついた可愛らしい建物だ。大繁盛しているので、まだ少し早い時間なのに何人かは外に置かれたイスで待っている。
「よお! ソレイユちゃんじゃねえか。姉ちゃんか? すぐに呼んできてやるよ!」
外で待っていた青年の一人が、頼んでもいないのに店の中に入っていく。そして、すぐに白いエプロンを着けた姉を連れてきてくれた。
うむ、いい仕事はしてくれるのだな。
「ジェフさん、ありがとう」
「ど、ど、どういたしましてっ」
わたしを見つけた姉が呼び出してくれた青年に笑顔でお礼を言うと、彼は耳まで真っ赤にしている。罪作りな姉だよね。
「レベッカお姉ちゃん」
「ソレイユが配達なの? こちらの方は、知り合い?」
姉が外向きの笑顔をわたしの隣の彼に向ける。
「うん、冒険者さん、美味しいご飯屋さん探してたから、案内してきたよ」
お客さんを連れてきたから、褒めてくれていいんだよ!
「は、じめまして、アレクシス、です」
カタコトになっておる。ふふーん、うちの姉は凄いだろう。
「はじめまして、お口に合えば嬉しいわ。少しお待ちいただきますけれど、お時間は大丈夫ですか?」
申し訳なさそうに眉尻を下げ小首を傾げるようにして、アレクシスと名乗った彼を見上げる。……ダメ押しをした。
「はいっ、いくらでも待ちますっ」
「ふふっ、ありがとうございます。こちらのイスに座って待っててくださいね」
姉が示したイスにふらふらと近づき、ストンと座る。赤い顔してお行儀良く座っている。
「ソレイユ、そのミルク缶はまだ中は入ってるのね?」
「うん、卵を配達するついでに、どっかで売れないかと思って持ってきたの」
「ついで? こんな時間に配達なんて――もしかして、熊のところ?」
小声、かつぼかした言い方をする姉に頷くと、姉は眉の端をキュッと吊り上げた。
「あり得ないわ。いつもギリギリで注文するからそうなるのよ。こう頻繁に配達させられたら、家の仕事に障りが出るじゃない」
腕を組んでぷんすか怒る姉にウンウンと同意する。
「帰ったら会議ね」
「はーい、お父さんにも伝えておく」
「ちょっと待っててね、マスターにミルク使うか聞いてくるわ」
小走りで中に戻った姉は、すぐにマスターを連れて出てきた。
「ソレイユちゃん、お疲れさま。丁度よかったよ、明日はミルクスープにしようと思ってたんだ。レベッカちゃんが働きに来てくれるようになってから、お客さんが増えて、いつもより多く仕込むようになったんだ。お代は月末の集金の時にお願いするね」
「はーい! 毎度ありー!」
小さくて丸っこいマスターは、ホクホク顔で片手で取っ手を掴んで軽々と持ちあげ、店の中に戻っていく。
さすがは元冒険者、ミルク缶なんて軽々運んじゃうんだ。結婚して子どもができたのを機に夢だった食堂を開いたそうで、子どもが小さいので中々奥さんが店に立てなくて、ウチの姉が仕事に来ているのだ。
仕事帰りに残ったお料理を持って帰ってくれるのがいつもとても楽しみだったりするので、姉の分の家の仕事がわたしに増えても文句は言わないし、姉も心得ていてわたしに多目に料理を分けてくれる。
「じゃあ気をつけて帰るのよ。会議のこと、お父さんに伝えておいてね」
「はーい。お姉ちゃんもお仕事頑張ってね」
手を振って別れ、帰路に就く。
身体強化はあるけど、やっぱり軽いのは牽くのが楽だー!