21.乾燥苔完成
苦節三日、きれいに乾いた苔。
父と長兄カシューとわたしソレイユで、守り抜いた苔だ。長女と母も名乗り出てくれたけれど、三人でやると決まった。
気を抜くと鳥が突っ込んでくる。いや、野鳥だけじゃなく、放し飼いにしている雄鶏たちも狙ってくるし、他の小動物たちまで……。
牛のミカンに入った精霊エラも、とても美味しそうに食べていたもんな。深みのあるいい味わいって言ってたよね。
カラカラに乾燥した苔を袋に詰める。
「僕が持つよ、ソレイユ」
約束の日なので、ライゼスも来てくれている。もちろんトリスタンもだ。
「ありがとう!」
大きな袋を持ちあげて、放牧場へと運んだ。
わたしとライゼスだけなのは、あまり大人数で行って、精霊であるエラの機嫌を損ねないか心配だからということだ。大人は色々考えてて大変だな。
『おお! できたのか!』
牛舎側から放牧場に向かったわたしたちの前に、オレンジ色のブチ柄牛であるミカンに付いたエラが軽い足取りで近づいてくる。
「できたよー! 頑張った!」
ライゼスが袋の口を開いて中をエラに見せてくれる。
『うんうん、よくできておる。どれ、どれ』
エラは袋に頭を突っ込み、もぐもぐと苔を食べた。
『うむ、生で食べるよりも、濃縮されておる。うむうむ、これでミカンの体調も良くなるであろう』
「えっ!? ミカン、体調悪かったの!?」
慌ててステータスを見ようとしたが、エラが入っているので無理だった。
『すまぬの、我が長く入り過ぎていたから、我の力にあてられて少々弱っていたのじゃ。なに、この苔を食べたから、すぐに回復する。安心せえ』
「それならよかった! この苔は、ずっとミカンに食べさせればいいの? まだまだ、大量にあるよ?」
わたしの質問に、エラは頭を横に振る。
『ミカンはいま食べたので十分じゃ。残りの苔は子牛たちの餌にかけてやるといい。毎日少しずつで構わん、餌に振りかければ、餌の食いつきもよくなるし、なにより健康になるから斃死する牛も減るじゃろう』
「死ぬ子牛が減るの!? それって、すごい!」
『そうじゃのう。これからも、生まれてくる子牛たちに与えるがよいよ』
興奮するわたしに、エラは鷹揚に頷く。
「精霊様、ということは、あのダンジョンにある苔は、全部こうして乾燥させて牛に与えればいいのですか?」
ライゼスの問いに、エラは鼻で笑う。
『フン、好きにすればいい。あの苔はあそこでしか育たぬし、絶滅させてしまえば、もう手に入ることはなかろう』
「承知いたしました。あの苔は管理し、絶やさぬようにしていきます」
緊張したライゼスの表情に、大事な話をしているんだとわかる。
わかるけれども、わたしに口出しできることはないのでおとなしくしておく。交渉はライゼスの担当だから!
悠々と去るオレンジ色のお尻を見送り、苔の袋を持ってみんなが待つ麦稈置き場に戻った。
「この乾燥した苔を、子牛の餌に毎日少しずつ混ぜて食べさせたら、斃死する牛が減る……」
目を丸くした父なんて、はじめて見た。
「バンディ! こぼした苔も全部拾うぞ!」
「おうよ!」
長兄が慌てて次男に命令する。
「我々も、冒険者ギルドへ報告し、今後の対策をします」
「よろしくお願いいたします。これは、我が家のみならず、この地域の畜産農家を救うものになるでしょう」
父が真剣な顔でトリスタンに言っている。
「……他の方へ供給してもよろしいのですか?」
トリスタンが窺うような表情で父に聞き返した。
「もちろんですよ。だって、この苔が採れるのは、領主様の管理されているダンジョンからです。領主様も、畜産農家全体の発展を望んでいるはずですよね」
「その通りですね。失礼致しました、ありがとうございます」
父とトリスタンの話もついて、トリスタンとライゼスは帰って行った。
「さて、じゃあこの苔をしまっておかないと」
「こんな麻袋で大丈夫かな? 鼠に囓られるんじゃないか」
「じゃあ、あの魔法の網をずっとやっとく?」
この三日で改良を重ねたあの網は、継続時間を伸ばすことに成功していた。主に長兄が頑張った結果、一日二回魔法を掛ければ大丈夫になったのだ。
ウチのお兄ちゃんはすごい。
そしてその日から、エラに教わった通りに子牛の餌に苔を少しだけ混ぜて与える。
毎日少しずつということだったので、朝の餌に振りかける感じにして与えたあとに、食後の牛たちのステータスを確認してみる。
■カホール種、雌、四ヶ月、給仕飼料 ミルク、乾燥麦わら、乾燥アザリア苔。乾燥アザリア苔を食べたため体が強化されている。
体が強化! 健康ってことだよねっ。
まだミルクのちびちゃんたちには、水に少量を混ぜて与える。嫌がるかなと思ったけれど、むしろいままでよりもしっかり水を飲んでくれている。
子牛に限らず、日課である家畜のステータス確認で、弱っている家畜を見つけたらこっそり苔を与えている。翌日には元気になっているので、このアザリア苔の効能は半端ない。
「本当に、弱る牛がいなくなったねえ」
父が子牛たちを見ながら、とても嬉しそうに呟いた。
そして、わたしたちがダンジョンに行ってから約三ヶ月。町がざわついているらしい。
「あのしょぼいダンジョン、まだ先があったんだってよ!」
「聞いたよ、精霊様が教えてくれたんだろ? 本当に精霊様っているんだなあ」
「あそこの苔を取り尽くしたら、精霊様の怒りに触れるって話だよな」
「ああ、三階層の苔の通路の入り口に看板が立ってるってよ。ギルドでしっかり管理して、床以外の苔は採らずに、絶やさないようにするらしい。それ以外は、自由に攻略できるってよ」
「いまのところ四階層までは行ったんだよな?」
「らしいな、苔が生えてるのは三階層から四階層に降りる安全地帯のスロープだけで、そっから先は魔物も出るらしいぞ」
「六階層までは間違いなくあるって聞いたな。これから高ランクの冒険者に声を掛けて、強行探索するって話だ」
とうとう冒険者ギルドと領主様が、ダンジョン『アザリアの遺跡』の情報を広めはじめたのだ。
領主様はその情報を公開する前に、見つけたご褒美として苔を収穫させてくれた……通路を歩くのに邪魔だから、床だけ綺麗にしたかったのかもだけど。
大量に入手した苔はしっかりと陰干しして、冒険者ギルドからダンジョンの先発見のお礼としてくれた材料を使い父と長兄が組み上げた高床式の乾燥苔倉庫に入れてあり、カビないように数日置きに魔法で風を入れている。
ダンジョンの苔は、今後はお手入れがてら苔の収穫がギルドの定期依頼に加わるらしい。
収穫した苔の効能は我が家で実証済みなので、畜産農家に虚弱な家畜への高栄養飼料として、安価で提供するようになるとのことだ。
他の畜産農家でも家畜の突然死は問題なので、これで斃死する牛が減れば万々歳だ!