20.苔の陰干し
帰るトリスタンとライゼスを見送ってから、父がわたしたちに向き直る。
「さて、カシューにソレイユ、手伝ってくれるね」
「手伝う!」
「父さんっ! オレもやる!」
わたしが手を挙げると、バンディもすかさず手を挙げる。なんでもわたしと張り合う弟だから当然だ。
「もちろん俺も手伝うよ。この魔法、教えてくれるんでしょ?」
長男は言いながら、父が張った網の魔法を興味深く観察している。
「ああ、もちろん教えるとも。だけど、バンディは九歳だしなあ。まだ綺麗にする魔法はできてないんだったね?」
「う、うん。でも、ソレイユがやるんだったら、俺もできるっ」
食い下がるバンディだったけど、無理なものは無理と切り捨てないのが父の優しさだ。
「じゃあ試しにやってみようか」
そういうわけで、父にコツを聞きながら、網を張る魔法の実践だ。
魔法はイメージを具現化するものだから、こうやって既にある魔法を見せられれば、それだけで難易度はグッと下がる。
だから元々魔力が多く、器用な質である長兄は何度目かで成功させる。
「さすがカシューだね」
父が手放しで褒めて、長兄の空色の髪をかき混ぜるように撫でる。
わたしは長兄が魔法を掛けている間に父の魔法の網を観察したり、触ったりしている。
魔法でてきた網目は鳥が羽根を広げれば引っかかる大きさなので編み目は大きい、わたしの拳なら通るくらいだ。そうすることで、魔力の消費を節約してるのかな。
触ってもくっつかない、網の裾を持ちあげようとしたけど動かない。ウンウン言いながら頑張ってみたけれど、無理だった。
舐めたけど、味はしない。
「ソレイユ、魔力を通すのは駄目だよ。網が不安定になって消えかねないからね」
父の声に、網に触れていた手を慌てて離す。
「はーい」
いままさに魔力を当てて変化をみようとしていたのを止められた。
でもまあ、なんとなく理解はできた。
鳥を通さないことが大事で、防御力は高い。捕獲する必要はなくて、できれば一度目の攻撃で心を挫くような仕掛けがあればなおよしかな。
「ここに作っていい?」
乾燥した麦わらブロックが半分以上残っている隣の麦稈置き場を示す。
「いいよ」
父の了解を得たので、魔力にイメージを乗せて魔力を放出する。
針金で作るフェンス、ちょっとだけ電流を乗せて鳥が触ったらイテッってなるようにして、近づかなくするやつ。
「んん? 随分魔力を使ったね」
父が不思議がるので、改良したところを伝える。
「網を細くしたのは、魔力を節約するためか。なるほどね。鳥をビックリさせて、来なくするのはいいかもしれないね、うん」
「鳥がぶつかると、網が弱くなっちゃうからねっ」
父が網を見ながら頭を撫でてくれる。
「なるほど、鳥がぶつからなければ、網の損耗が減るということか。そうすれば、長時間網が持つということだね」
「ソレイユはホント、発想が凄いよな。俺も改良する方法を考えればよかった」
長兄は悔しそうに言って、頭を撫でてくれる。
そしてバンディだが。
「ソレイユなんて……ソレイユなんて……、バーカ!」
バンディは網を作れずに、憎まれ口を叩いて家に逃げ帰った。
「なにおう! バンディのバーカ! バーカ!」
「追い打ちをかけるんじゃない」
長兄にゴチンとゲンコツをもらってしまった。
「痛い。先に言ったのバンディだよ」
「お前の方が年上だろうが。少しは気持ちを考えてやれよ」
「きもち……」
長兄に言われて、考えてみることにした。もしも、わたしがバンディだったら……一歳しか違わないわたしに魔法でこんなに差を付けられて悔しいかも?
うん、多分そうに違いない。
「でも、そもそもまだ九歳だし。普通なら魔法できない年なのに、火を付ける魔法ができるんだから、十分すごいってお母さんも褒めてたよ」
「本来はそうなんだけど。ソレイユは八歳から魔法使えただろ」
「練習したらできたし、バンディや双子たちにもやり方教えてるよ。ティリスは七歳だけど、光の魔法ができるようになったから、わたしよりもすごいんだよ」
双子の片割れであるティリスはわたしの言うことをよく聞いて、コツコツと真面目に頑張るから、まだ七歳なのにもう魔法ができてしまった。
……ちょっと悔しかったんだよね。
「ティリスがあんなに早く魔法を使えたのは、ソレイユの考えた魔法の習得方法が素晴らしいからだねえ」
父がそう言ってわたしの頭を撫でてくれる。
「ソレイユの魔法習得理論について、父さんの知り合いにお手紙出したらとても感心していたよ。きっとこれからは『ソレイユ式魔法習得法』が主流になっていくんだろうねえ」
蛇口に引き続き、魔法習得法も父が特許を取れたって言ってた。
「十歳になれば魔法が使えるようになるのに、よく特許なんて取れたね」
「取るだけなら取れるんだよ。それにソレイユの希望どおり、特許料なしで誰でも使えるようにしたんだよ。これってとても凄いことで、貴賤問わずに同じ知識を使えるっていうのは、世の中の文化発展の貢献に――」
「父さん、その話もう十回は聞いたよ」
「そうだったかい?」
長兄の言葉に、父の眉尻がへにょんと下がる。
「わたしはまだ八回だよ!」
だから大丈夫だと両手を握りしめて伝えると、父は肩を落として「そっか……もう家に戻ろうか」とわたしたちを促した。
結局、夜に父が掛け直してくれて、その後日中はわたしと長兄が網を張るということに決まった。
「ソレイユ! これ見ろよ!」
そう言ってバンディが持ってきたのは先が二つに分かれた木の枝で、その枝分かれした間に魔法の網が張られている。
「なにそれ! なにそれ!?」
「見てろよ!」
バンディはそう言うと、その網の付いた棒を振り回し、器用にチョウチョを網に引っ掛けた。いや、引っ掛けたんじゃなくて、ひっつけたのか!
「すごい! バンディ、天才!」
獲ったチョウチョの羽根を慎重に摘んで網から外すと、羽根には何のダメージもない。こんな簡単にチョウチョを捕まえることができるなんて!
「粘着力のある網にすることで、簡単に虫を捕まえれるんだね!」
「へへん、ソレイユには思いつかなかっただろ」
「うん! バンディ、すごい!」
褒めれば褒めるだけ、得意気に胸を張る。
ウチの弟、かわいいなあ。