閑話2 トリスタンの苦労
ソレイユ・ダイン、ダイン家の次女で現在十歳。
彼女の活発さを表すようなオレンジ色の髪の毛に、若草色の眼を持つ少女だ。
たった八歳で魔法の新たな習得方法を編み出し、魔力暴走を起こす性質のライゼス様は彼女の編み出した方法で、ご自分の魔力を制御できるようになった。……なんというか。天才肌の彼女に対して発動する負けず嫌いの根性で、考えられないほどの短期間で魔力の制御を習得された。
本来ならば、その段階で領都に戻ることもできたが、ライゼス様の強い希望によりこの町に留まることになる。
ただ、領主様からこちらに留まる条件として、多くの課題が出された。領都にいれば当たり前に行われる貴族の息子としての勉強だ。
教師が派遣されて勉強を詰め込まれ、それ以外にライゼス様の希望で護衛である自分とロウエンが彼に剣の指南をすることになった。
剣を持つ前段として体を作ることからはじめたのだが、ライゼス様は提示した練習内容に文句を言うことなく、走り込みや腕立て伏せといった地味な練習も黙々とこなされる。
魔力暴走に怯える必要のなくなったライゼス様は伸び伸びと体を動かし、そして体力が付いたことで集中力も上がっているようだった。
とにかく、ソレイユ嬢のお陰でライゼス様の未来は輝いたのだ。
同じ頃合いで、彼女も本格的に家業の手伝いをするようになったので、以前のように二人が毎日遊ぶということはなくなったのだが、二人の友情は変わらずに続いていた。
――そして、あの事件がおきる。
久し振りにソレイユ嬢と遊んだあとで、ライゼス様から難題が提示された。
曰く、なにも聞かずに、ライゼス様とソレイユ嬢を『アザリアの遺跡』へ連れて行って欲しい、とのことだ。
いままでダンジョンなんて気にしたこともなかったのに、突然どうしたことだろう。
「なにか、あったんですか?」
「あった。ソレイユ絡みって言えば納得できるかな」
ああ……納得できてしまう。ソレイユ嬢からの呼び出しの時点で、なにもないわけがなかったのだ。
「承知致しました、冒険者ギルドにダンジョンに入るための申請をしてまいります。ダンジョンに潜る日程に希望はありますか?」
顔に出さないようにしながら、努めて冷静に確認する。
「できるだけ早くがいい」
「承知致しました」
屋敷に戻ってから、同僚のロウエンと護衛を交代して冒険者ギルドに向かい、ダンジョンへ入る手続きをおこなう。
最近のダンジョンの様子を確認すれば、以前と変わらぬものだが丁度手入れが終わったばかりだと伝えられた。
「まだろくに魔物も再出現していないでしょうし、数週間ずらした方がいいかも知れません」
ギルド職員がそう勧めてくれる。
「いや、子ども二人も連れていくので、手入れ後の方がありがたい」
ダンジョンに入る名簿に氏名と万が一の連絡先、それから入る予定の日付を記入して名簿を返した。
「ああ、それなら丁度いいですね。どうぞ、御安全に」
「ありがとう」
冒険者ギルドを出たその足で、明日のダンジョンに必要そうな装備を調えに店をまわり、屋敷に戻る。
そして翌日――かつてないほど、大変だった。
まさか、お伽噺でしか聞かないような精霊からの頼まれごとだったなんて、流石に予想できない。いや、予想できてたまるか。
精霊もソレイユ嬢のことをよくわかっているのか、彼女の突飛な行動を前提に頼んできたのだろう。
そうでなければ、誰があんな方法で壁を消せると思うだろうか。既に知られている隠し扉の開き方にない方法だから、いままで冒険者に見つけられなかったのも当然だ。
まるで小さい子どもが体重を掛けてやるのが前提のような位置にあった仕掛け……いや、まさか、ソレイユ嬢が来るのを想定しての仕掛け? いや、さすがにそんなことはないだろう。
壁の仕掛けはいいとして。ダンジョン『アザリアの遺跡』が見つかって百年以上だが、世界最小ダンジョンと呼ばれていたものがこれで未踏破ダンジョンになってしまった。これからはじまるお祭り騒ぎが予想できる。
未踏破のダンジョンなんて、世界的にも数えるほどしかない。その数少ない中にこの『アザリアの遺跡』が加わる、どれほどの冒険者がこの町にやってくるのだろう。
人が多くなり活気づくのはいいことだが、その分トラブルも多くなる。
ダンジョンからダイン家へ向かう帰り道。荷馬車を操りながら、領主様への報告書をどう書くか思案したのだが――。
ソレイユ嬢に精霊エラ・シルヴァーナに引き合わされたことで、考えた報告書の内容がすべて吹っ飛んだ。