18.ダンジョンからの帰宅
「不思議っ! 目を瞑っても、苔が見える……っ」
「奇遇だね、僕もだよ」
「俺もです……」
袋という袋に苔を詰めての帰路。
わたしも、ライゼスも、トリスタンも疲れ切っていた。
ガタゴトという荷台の揺れが心地よくて、うとうとしてしまう。
「ソレイユ、眠いなら横になる?」
「ううん……大丈夫」
うつらうつらしながらも首を横に振るが、ライゼスに肩を引かれて、そのままライゼスの膝の上に頭が乗っかってしまう。
「目を瞑ってるだけでも、休めるから」
「……苔が見える」
「そうだね」
瞼の裏に見える苔の残像に顔をしかめた。
ダンジョンの先を見つけてからひたすら苔を床から剥がして袋に詰め、入れる袋がなくなったところで帰ることにして苔の通路から全員腕を引っ込めると、その途端にまた壁が現れたのだ。
それも、トリスタンが一生懸命開けた壁の穴も綺麗になくなっていて、トリスタンが萎れていた。
「……すごい! 魔法みたい!」
「魔力の気配はありませんから、魔道具ということもなさそうですね」
両手でペタペタと壁を触りながら、トリスタンが独り言のように言う。
「不思議ー! ええと、ここら辺だっけ」
壁をスリスリと触っていき、凹凸を探してグイッとずらした。
「うわっ!」
また壁が無くなって、わたしは顔から苔に突っ込む。
「ソレイユ……君ねえ」
苦笑いのライゼスがわたしを引っ張り起こしてくれて、そのまま安全地帯へと引き戻される。
すると、壁は元に戻る。
「ここに何かあるんですか?」
「凸凹をずらすと、壁が無くなるの」
トリスタンが、わたしと同じように壁を触って凹凸を確認し、それをグッとずらした。
「おっと。あ」
転びかけたトリスタンがバランスを取って立つと、壁は消えずにそこにあった。
「なるほど。ソレイユみたいに、向こう側に転けなきゃダメなのか」
ライゼスが壁に触れながら、納得したように言う。
「これはきっと、ソレイユじゃないと見つけられなかったね」
いい笑顔をわたしに向けてくれたけど、ちょっと納得できないものがあるぞ。
そうこうしているあいだに、トリスタンが、わざと壁に体重を掛けるようにして凸凹をずらして向こうに転ぶことで、見事壁を消していた。
「坊ちゃんの予想通りですね。これを見つけるのは、難しい」
向こう側に手を突いたトリスタンが感心しきりだ。
「通路の仕掛けもわかったし、取りあえず一旦帰ろうか」
ライゼスの言葉に、わたしもトリスタンも頷いて、帰路に就くことになった。
「ソレイユ、着いたよ、ソレイユ」
肩を揺すられて目を開ける。わたしはライゼスのお腹に顔を埋めて寝ていたようだ。
「おはよう、ございます」
わたしがもぞもぞと起き上がると、ライゼスは立ち上がって屈伸する。
「夕方だけどね。おはよう」
馬車が到着したのは、家の裏手の放牧場だった。エラに会うなら、ここが一番いいね。
『よくぞ戻った、人の子らよ』
オレンジ色のブチをもつ牛『ミカン』に入っている精霊エラの声に、頭がしゃっきりと目覚めた。
「エラ! ただいま。これでよかった?」
近くにあった袋を持って荷台から飛び降り、柵の向こうから顔を出しているエラの前に袋の口を広げて中の苔を見せる。
『おおそうじゃ、これに間違いないぞ』
エラはそう言いながら、袋に口を突っ込んで、一口食べた。
顎を左右に揺らしながら、しっかりと咀嚼している。
『うむうむ、深みのあるいい味に仕上がっておる。長らく待った甲斐があるというものだ』
ホクホクしているのが伝わってくる声に、わたしも採ってきた甲斐があるというものだ。
「精霊様、もしや、あのダンジョンの通路を封じたのは、精霊様ですか?」
ライゼスが半信半疑という感じでエラに聞くと、エラは牛の口を器用に捻り上げて、意味深な笑みを作ってみせた。
『して、ソレイユよ。次はこの苔を、陰干しせよ。そうじゃのう……』
ライゼスの問いには答えず空を見上げてすこし考えてから、わたしのほうに顔を向ける。
『ここ数日は晴れじゃから、三日も干せばよいよ』
「三日陰干しすればいいんだね! わかった!」
しっかり頷くと、エラは用が済んだとばかりに柵から離れていこうとして、なにか思い出したように足を止める。
『そうじゃ、あそこにある苔は無駄にせず、ちゃんと全部収穫するのじゃぞ』
「えええー」
まだまだ苔がびっしり生えている通路を思い出し、思わず声が出た。
『なんじゃ、不服そうじゃの』
「だって……まだまだ、たくさんあるよ」
手をもじもじさせながら説明すると、エラはくっと笑って、鼻先でわたしを小突く。
『あそこの封は解かれた。収穫するのは、お主でなくともよい。焼き払ったり、無下に扱わねば、どれだけの時間がかかってもよいよ。今後も集めて、乾燥させて、貯蔵しておくようにな』
わたしじゃなく、トリスタンとライゼスを見て念を押すように言うと、今度こそ放牧場の奥に戻っていった。
「あの苔、全部集めるんだって」
振り返ると、トリスタンが深く下げていた頭を上げた。顔色悪く、汗をかいている。
「トリスタンさん大丈夫?」
「え……ええ、なんとか」
手の甲で汗を拭い、頷く。
「トリスタン、苔を干したらすぐに父上に手紙を出そう」
「そうですね」
真剣な表情で話し合う二人のようすに、ダンジョンの苔は二人に任せれば大丈夫っぽいなと安心した。