16.ダンジョン二階層
二階層では、はじめて魔物を見た。鼠の大きい奴、わたしの二の腕くらいの大きさがあった。名前もビッグラットって出ていた魔物は、トリスタンが一撃で倒したら小さな魔石が出た。
魔力が結晶化したもので、これが魔道具の燃料となる。
「これだけ小さいものは、使いようがないですけどね」
はじめての冒険の記念ということで、魔物を倒して出た魔石をライゼスとわたしにひとつずつくれた。
小指の先くらいの大きさの緑色の魔石、これは宝物確定だよね!
なくさないようにハンカチに包んで、しっかりとベストのポケットにしまった。
一階層も二階層も全部の道を通ったわけじゃなく、主要な道を通り真っ直ぐに次の階層へ続く階段へと来ている。
枝道に苔があった可能性もないわけじゃないけど、ライゼスは精霊が欲しがるくらいだから、奥の方にあるだろうと予想したのでそれに従ったのだ。
もちろん、見える範囲は全部ステータスを見て歩いたけど、苔のコの字もでてこなかった。
そして、やってきました三階層。
苔を見落とさないように念入りにステータスを見ながら進んでると、ステータスに集中しすぎて何度か転んだのでライゼスが手を引いてくれている。
「坊ちゃんとソレイユ嬢ちゃんはずっと仲がいいですね」
手を繋いでいるわたしたちに、トリスタンがほのぼのと感想を言う。
「確かに仲はいいけど、これはそうじゃない」
これ、と言いながら繋いだ手を持ちあげて見せる。
「手を繋いでおかないと、ソレイユが転けるからだよ」
それは本当にそうなので、わたしも大きく頷く。
「ああ、そうなんですね。うんうん」
わかってるのかわかってないのか、ニコニコ顔で頷いている。
「それにしても、罠のないダンジョンは楽でいいすね。そもそも、魔物もほとんどいませんし。あそこで、この三階層も終了です」
「え? これでおわり?」
示された、奥の小部屋のような場所に入って見回すが、苔のコの字も出てこない。
「ここは絶対に魔物が入ってこない、『安全地帯』です。入り口に青い石柱があったでしょ? あれが目印です。さて、ここで昼にしましょうか」
トリスタンは言いながら、テキパキとお昼ご飯の用意をしてくれている。
どこから出したのか、小さな魔石バーナーを組み立てて、そこに折りたたみ式の片手鍋をセットして魔法で水を満たした。
お湯を沸かしているあいだに、パンを取り出してナイフで切り分けて、火を囲むように座ったわたしとライゼスに配る。
「いいチーズが手に入ったんですよ」
そう言いながらトリスタンはほくほくした顔で取り出したチーズをナイフで薄く切って、パンの上にのせてくれる。とても手際がよくて、手伝う隙もない。
「これを、このバーナーに近づけて、少しずつ溶かして食べるのがいいんです」
楽しそうにそう言って、自分の分のパンをバーナーの火に近づけて炙る。
チーズがグツグツと熱されて、溶けたところをがぶりとひとかじりしして、美味しそうに食べた。
「わたしもやる!」
「僕もっ」
「一片に全部じゃなくて、食べる分だけ、少しずつやるのがコツですよ」
「はーい」
言われたとおり、食べる分だけ溶かしてがぶっと食いついた。
チーズの塩っ気と、パンがとてもいい!
わたしたちが食べてる間に、沸いたお湯に固形のスープの素を入れて手早く溶かしたトリスタンが、スープを三等分してカップに注いでくれた。
「あったかい、美味しい」
冷ましながらスープを飲み、最後にちょっとだけ残してあったパンで皿を拭って食べる。
「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまでした、おいしかったです」
「お粗末様でした。安全地帯の中でしたら、自由に見て回って大丈夫ですよ」
トリスタンがそう言ってくれたので、片付けをしているあいだに調べることにした。
この部屋は結構広くて、子牛の牛舎くらいある。そこを、隅から隅まで、ステータスを見ながら歩いていく。
「うーん、やっぱりここにも――」
目を凝らして歩いていると、おかしなものが視界に入った。
「コケ」
「苔?」
苔ひとつない壁に張り付いたわたしに、ライゼスが怪訝な顔をする。
「苔のアレが見える」
壁にぐぐっと顔を近づけて、よく見る。
■アザリア苔、百八十年物、栄養価がとても高い
「栄養価? 苔に栄養なんて……だから精霊様が望まれたのかな」
読み上げたステータスに、ライゼスが首を捻る。
わたしは壁にへばりついて、どうにかしてこの向こうにいける穴はないか探す。
「絶対、あっちに空間があるんだよ! ライゼスも探して!」
通路なのか部屋なのかわからないけど、絶対にある!
壁の下の方から、上の方までなにか取っ掛かりはないかと必死で探す。
「どうしたんですか? 二人して、トカゲみたいに壁に張り付いて」
「トリスタンさん! この向こうに行く道探して!」
「この向こう?」
怪訝な顔をする彼に、絶対この向こうがあるんだと、壁を叩く。
「ここも散々調べられた場所なんですけどね」
苦笑いするトリスタンは、信じていないみたいだ。
「トリスタン、頼む、一緒に探してほしい」
ライゼスも真剣にお願いする。
「坊ちゃんもこの先があると思うんですね?」
「間違いなく、ある」
きっぱりと言い切ったライゼスに、トリスタンも表情が引き締まる。
「わかりました、じゃあやりますか」
やる?
トリスタンは腕まくりをして剣を手にし、壁に向かって腰を落とした。
「石が飛んだら危ないので、坊ちゃんたちはあっちの隅に避難しててください」
「わかった」
ライゼスに手を引かれ、急いで入り口側の隅までいく。
「トリスタン! いいよ!」
「じゃあ、やりますかね」
トリスタンの雰囲気が一変する。
腰を落とし、剣先を後ろに向けて剣を持ったまま、こちらまで呼吸の音が聞こえる程深く呼吸を繰り返す。
「『剣を強化』」
魔法で剣を強化したと思ったら、その剣で石組みの壁を切りつけた。
「凄い。身体強化も同時にやってる」
ライゼスが興奮するように、呟く。
こんなに凄い身体強化の魔法、はじめてみた。服の上からでもわかるくらい、筋肉が大きく盛りあがっている。
ガンガンガンと固い音が響き、何度も壁が切りつけられる。その度に石の破片が飛び散り、二十数回そうしたとき、トリスタンの剣が止まり、彼は壁を削った場所を手で探った。
「はっ、マジか。坊ちゃんたち! ありましたよ、壁の先が」
彼の声に、二人で駆け寄った。