15.アザリアの遺跡
ルヴェデュ町からライゼスの護衛であるトリスタンが操る荷馬車に乗り、わたしたちは『アザリアの遺跡』と呼ばれるダンジョンに向かっていた。
荷馬車を牽くのは真っ赤な鬣の凜々しい顔をした馬だ。
角の長さがわたしの手のひらひとつ分くらいなので、まだ若いのだとわかる。
両親には今日ダンジョンに行くことは伝えてある。ちゃんとトリスタンさんの言うことを聞いて、勝手に走り回らないようにねとしっかりと約束させられたけど。
今日はダンジョンに入るので、手首足首がしっかりと締まっている服に、頑丈な靴、ポケットのたくさんついたベストには、母が傷薬や包帯などと一緒に飴を多目に入れてくれた。目的は苔の採取なので、草むしりに使う小さなクワと麻袋も持っていく。
ライゼスも同じようにしっかりした生地の服に、ポケットの多いベストを着て、リュックを背負っている。わたしと違うのは、クワの代わりに大きめのナイフを持っていることかな、腰に巻いた専用のホルダーに入っている、持たせてもらったらずっしりと重くてかっこよかった。
そして、護衛のトリスタンは、わたしたちと同じく地味な色の上下のうえに、胸当てと脛まで覆うブーツそしていつも持っている剣を腰に提げ、手にはごついグローブ、腰に大きめのポーチを着けている。体格もいいうえに防具を着けると冒険者らしくて、とてもかっこいい。
わたしもいつかあんな風に装備をつけてダンジョンに潜ってみたいな、カッコイイ女冒険者……いいよね。想像してうっとりする。
「ソレイユ、そろそろダンジョンに着くよ」
御者台で馬を操るトリスタンを見ていたわたしに、ライゼスが緊張しているのかすこし低い声で教えてくれる。
「もう?」
だって、まだそんなに街道から離れてないのに。こんな近くに、ダンジョンがあったなんてビックリだ。
「さあ、お二方、着きましたよ」
荷馬車には幌がないので街道を逸れて細い道に入りうっそうと木々が茂る中を通り抜け、石組みの壁がそびえ立つダンジョンの入り口にくるとワクワクとドキドキが口から出てきそうになる。
「うわあ……うわあ! なんか、すごいね!」
「昨日が手入れの日だったんで、丁度よかったですね」
トリスタンが冒険者ギルドでダンジョンに潜る許可をもらったときに、受付の人に聞いたそうだ。
普通のダンジョンは子どもの同行なんて許されないんだけど、このダンジョンは大人がついていれば大目に見られている。そんなところからも、このダンジョンの危険度の低さがわかるよね。
「じゃあお二人とも、ダンジョンの中では、俺の言うことには必ず従ってください。危険だと判断すれば、すぐに引き返しますからね」
「はいっ!」
元気に返事をするわたしと真剣な表情で頷くライゼスに、トリスタンは表情を緩めて「では、ダンジョンに入りましょう」と言って先に立って歩く。
トリスタンが先頭で、わたしとライゼスが並んで後ろについていく。
「ここはまだ入り口なので魔物は出ません。魔物が出るのは、ひとつ下の一階層からになります。ですが、ここもアザリアの遺跡なので、ダンジョンに取り込まれた遺跡が風化することなく残っているのです」
トリスタンが説明してくれるように、奥に続く石の壁には彫刻がされており、この場所が人の手によって作られた場所だというのがわかる。
「あれ? じゃあ、昔はダンジョンじゃなかったの?」
「そうですよ。ああ、見えてきました、あそこが一階層へ降りる入り口です」
そこはなだらかな坂道になっており、足下には同じ大きさの石が並べて敷かれている。
「もう少し行くと石畳に苔が生えていて滑りやすいので、気をつけてくださいね」
「コケ!」
そんなすぐに苔があるなんて! ちょっとだけ残念だけど、仕方ないか。
「ソレイユ、精霊様はダンジョンの苔と言っていたから、ここら辺じゃなく、ちゃんと一階層まで降りたところで採取しなきゃダメだと思うよ」
「なるほど! そうだよね、ここはまだダンジョンの入り口だもんね。ライゼス、頭いいねえ」
ということは、まだまだ冒険ができるってことだよね。
「ほら、ソレイユ、前を見て歩かないと、転ぶよ」
「はーい」
足下に注意しながら、一階層に降りた。
「あれ? 苔がなくなったね」
「本当だ、ジメジメしてるかと思ったのに。もっと奥に行かなきゃないのかもね」
なにせエラが欲しがるくらいだから、こんな手前にはないのかもしれない。
「それに、地下なのに暗くないよ!」
「そういえば、確かに明るいね。あ、でもあっちの枝道は暗いよ」
どういうことなのかと、壁を観察する。そして、暗い枝道も確認しようと足を踏み入れると、ぼわんと枝道が明るくなる。
「すごい! 人に反応して明るくなってる!」
試しに、枝道から出て様子を覗っていると、しばらくしてからまた暗くなった。
「すごい! ね!」
「そうだね。トリスタン、どこのダンジョンもこんなふうに、明るくなったりするの?」
「ええ、どのダンジョンも低階層までは明るくなります。ただし、階層が深くなると、こんな親切じゃなくなります」
低階層は親切設計なのか!
「明るくなるお陰で、どの道から魔物が来てるかわかりますしね」
「魔物にも反応するんだな、確かに親切だけど……」
ライゼスが微妙な顔をしている。
「さてお二人とも、今日は採取がしたいんですよね。ここら辺に生えているのが、このダンジョンの名物のキノコです」
トリスタンに呼ばれて近づくと、じめっとした一角にポロポロとキノコが生えていた。
「このキノコ、見たことある」
「よくスープに入ってるやつかな?」
「そうです。一度乾燥させてから、水で戻すといい出汁が出るんですよ」
キノコのステータスを出してみる。
■出汁キノコ、収穫適期、天日干し後にぬるま湯で戻すと美味
最近ステータスがこんな感じで、ちょっとだけ詳しい説明になっている。鶏や牛を鑑定したときに、モモ肉が美味しいなんて書いてあったりするから……モヤモヤするんだよね。
それにしても、キノコの名前。それでいいのかな、わかりやすいけれども。
取りあえず、母が喜びそうなので収穫しておいた。周囲にもたくさん生えていたので、一つ一つちゃんとステータスを見ながら、適期のものだけ収穫していく。
「嬢ちゃんはキノコを見るのが上手いな。ちゃんと残しておくのもエライ、そうしておくとまたキノコがたくさん生えるんだ。今回は、昨日冒険者が入ったから少ないが、手入れ前ならここら一面キノコなんだよ」
「へえ! それは……ちょっと……大変かも」
大人の人が両手を開いて二人は余裕で並べる通路に、いっぱいのキノコ。収穫するの、大変だろうな。
「キノコの採取は、町の料理屋が定期的にギルドに依頼を出しているから、床が埋まるほど生えることはないはずだよ。だよね? トリスタン」
「ええ、そのとおりです」
ライゼスがわたしの頭の中を見たかのように訂正を入れ、トリスタンもそれを認める。
「そうなんだ!」
あからさまにホッとしたわたしに、トリスタンが笑う。
「ちょっと大袈裟に言いすぎましたね、失礼しました。さて、そろそろ先に進みましょうか」
「はいっ!」
「ソレイユ、その袋持つよ」
キノコを入れた袋を、ライゼスがリュックに入れてくれる。
「その代わり、このダンジョンに生えてる植物、全部見てみてくれる?」
コソコソと耳打ちされ、頷いて了解する。
周囲に視線を巡らせて、片っ端からステータスを見る。
「あのキノコ以外は、全部食べられないものばっかり。苔もないし」
「確かに、全然苔がないね。キノコは生えてるのに」
「坊ちゃん、一階層はここまでですが、二階層に行きますか?」
先を歩いていたトリスタンに聞かれ、ライゼスは「行きます」ときっぱりと答え、わたしも隣で何度も頷いた。
「わかりました。一階層は、昨日の冒険者が綺麗に魔物を倒してくれていたので、一体も出会いませんでしたが、二階層、三階層はそうはいかないと思います。気を引き締めて、周囲に注意を払ってくださいね」
「はい」
「はいっ!」
ライゼスと二人、真剣な顔で頷いた。