13.ソレイユ10歳
十歳になったいまでは、魔力を体のなかでグリングリン回しながら、散歩もできるようになっている。
お手伝いの時間が長くなったし、ライゼスも勉強をしなきゃならないってことで、ライゼスと遊ぶ時間は減ったけど仕方ない。
去年生まれた末っ子のカティアは一歳で手が掛かるし、十三歳の長女と十四歳の長男が今年から町の学校に通いはじめたので、ちょっと人手が足りないのだ。
町の学校は十三歳から二十歳の間なら何歳で入学してもよくて、働きながら通えるけれど卒業までに四年かかる。対して、領都エルムヘイブンにあるコノツエン学園は、十五から二十歳の間なら何歳で入学してもよくて、びっちり勉強して二年で卒業できる。領都の学校の方が、色んな勉強ができるけど、入学試験が難しいらしい。
初恋泥棒の異名を持つ、兄姉が揃って町の学校に入学したので、今年の入学希望者は過去まれに見る人数だったらしい。
今年入学できなかった人もいるという話だ。
「カシュー兄さんと一緒なら、いくらか面倒が減るでしょ? それに、早く卒業したほうが、早くお嫁に行けるじゃない。玉の輿に乗る確率を上げなくちゃね」
ブレない長女だ。
そんなわけで、ライゼスとも会う時間が減ったんだけど、今日はちょっと事情があって、わたしから彼を呼び出していた。
「ライゼスー! 久し振りっ! ねえ、成長すると魔力の器が大きくなるって本当なんだね。哺乳瓶を綺麗にする魔法で、子牛の小屋の寝藁を綺麗にできたの! 掃除が早く終わって、すっごく楽だったよ!」
会わなかったあいだにあったことを、まずは報告する。
本当は敷き藁を運び出してから新しい藁を入れるんだけど、汚れだけを魔法で綺麗にできたのだ。藁がくたくたになるまでは、これで掃除が楽になる。魔法って本当に便利。
「久し振り、ソレイユ。そんな広いところまでやったのか」
「広くないよ、大人牛用の牛舎はもっともっと広いからね」
そういえば、大きい牛舎の方に連れていったことなかったっけ。父たちが仕事をしてるから、邪魔したくないんだよね。
「そうじゃないよ? 最初のうちは、哺乳瓶くらいを綺麗にするのが精一杯のハズなんだよ」
「哺乳瓶は、だって、九歳のときにできるようになったし」
母からは綺麗にする魔法は十一歳くらいに使えると聞いていたけれど、そもそも魔法も九歳から使えたので目安でしかないことは身を以て知っている。だから、頑張ればどうにでもなるのだー!
「そうだったね、うん」
また遠くを見ている。
時々遠くを見るのは彼の癖だ、その間は考え事をしているのか、なにも喋らなくなってしまう。ひと呼吸分くらい遠くを見てから、彼は視線をわたしに戻す。
「それで、今日はなにかあったんだろ? 時間があったら来て欲しいって」
「そう! こっちにきて」
彼の手を引っ張って、放牧場へと移動する。彼は二年の間にめきめきと身長を伸ばして、わたしよりも頭ひとつ分大きくなり、ヒョロヒョロだった体に筋肉がついてきた。最近は護衛のトリスタンたちから剣術を習っているらしい。
ライゼスの護衛は二人いるけど、外出は大抵トリスタンが一緒だ。トリスタンは過保護じゃないから、一緒にいて楽なんだって。今日も離れたところで、さりげなく護衛しているので手を振っておいた。
放牧場につき柵にくっついて、中で悠々とくつろいでいる牛たちを見回す。
「ええとね……。あ、いた。あの、オレンジ色の牛」
「ああ、あれ? 確か、ミカン、って名前の」
「そう! 昨日からミカンだけ、アレが出てこなくなったんだよね」
牛を見ながら、ミカンのステータスが出なくなったことを報告する。
わたしがミルクをあげて育てた、子牛だったミカンは二年ですっかり大きくなって他の大人牛と同じようにのんびりと草を食んでいる。ミカンのステータスが出なくなったけど、周囲の牛たちはなにも気にしていない。
「アレが出ないって、本当に?」
彼が低い声音で確認してくる。
「ホント。ミカン、どうしちゃったんだろう……」
一昨日までのミカンでないことは確かだ。だって、わたしがステータスが見られるのは、わたしより知能が低い生き物だけだから。
実は前に、一個下の弟のバンディが、わたしの方が先に魔法を使えるようになったのが悔しくて、がむしゃらに勉強したことがあって、その時ステータスが出てこなくなったんだよね。多分あのとき、一瞬だけ頭のよさが負けたんだと思う。
もちろん、姉の矜持があるので、すぐに勉強してステータスを見られるようになったけどね! でも、丁度いい実験だった。
だから、ミカンがミカンでないってことを断言できる。
「ミカンじゃなくなったのは、間違いないんだよ。どうしたらいいと思う? ミカンはどうしたんだと思う?」
自分のことを言われているのがわかったのか、ミカンがこちらを見た。ちょっとビクッとしてしまう。
「他の動物に擬態できる魔物がいるって、聞いたことはあるけど」
低い声で彼が告げた可能性に、驚いて息を呑む。
「魔物っ!? でも、のんきに草食べてるよ?」
わたしを見ていたのは一瞬で、すでに草を食べるのに戻っている。
「そうなんだよね。魔物は肉しか食べないから」
じゃあ魔物じゃないってことだよね、よかった。
もしも牛の中に魔物が紛れ込んでるとしたら、もしかしたら他の牛が食われてしまうかもしれない。そんなことになったら、大変だ。
なんて考えてオロオロしているわたしのほうへ、ミカンの姿をしたなにかがゆっくりと近づいてきた。