幕間 ライゼス・ブラックウッドの取引
ソレイユとの監視付きダンジョンデートを楽しみ、ソレイユと共に一度タウンハウスに戻ってから、予定どおりにカミリオン殿下の指定する場所へ一人で向かった。
「君たちは……あれだな、本当に、規格外らしいな。護衛につけていた人間から、色々聞いているよ」
「そうでもありませんよ。それよりも、ソレイユが植物に長けているのはご存じですか?」
さらりと流し、別の話題を提示した僕に、殿下の後ろに立つ側近が少しだけいらついたのがわかる。
「勿論知っているさ、なにせあのアザリア苔の発見者であり、シリリシリリ草を見つけた人物だから――まさか」
察しが良くて助かる。
「だが、君たちが潜ったダンジョンは、もう何百年も前からあるもので、今更、なにかが出てくるなどあるのか?」
「できれば、殿下にだけお伝えしたいのですが」
「そんなにか。わかった、まずは話を聞こう」
殿下が盗聴防止の魔道具を起動したのを確認してから、読唇術を警戒し口元を隠してイルンの若木のことを伝える。
話を聞き終えた殿下は、天井を仰ぎ盛大に息を吐き出した。
「そりゃあ、なるほどな、ああ、配慮に感謝する」
殿下も混乱している様子だ。
「その件は、一度持ち帰らせてくれ。即答は難しい」
「承知しました。我々は明後日には立たねば、学園に間に合いませんので、ご配慮いただけるとありがたいです」
「わかった、学生の本分は勉強だからな。配慮しよう」
魔道具を止めた殿下に、尋問を見学したいと申し出れば、「君の都合がよければ、いくらでも」と、快く承知してくださった。
その言葉に、殿下の側近があからさまに気配を堅くする。わかる人間にはわかるその不躾さは、僕を侮っているからなのか、それともあちらが未熟なのか。
殿下に視線で問えば、彼は側近の見えない角度で唇を片方だけ上げた。
ああ、今は様子をみているだけか。
「君たちのおかげで、よりどりみどりで困ってしまうね。もうはじめているから、行ってみるか」
「はい」
ソファを立ち上がった殿下に続いて立ち上がり、彼の背を追って部屋を出る。
ドアを開けた側近の前を通る時聞こえた小さな舌打ちに、足を止めて正面から彼の顔を見る。
「ユーファン男爵家のご子息でしたか。確か、二男のルドー様ですね」
「……っ! 左様でございます」
名を当てられて驚いたようだが、なんとか取り繕って頭を下げてきた。
出自がバレてると思わなかったようだ。王弟殿下に付いているのに、なんとものんきなことだと呆れる。
それ以上の声かけはやめて、先を行く殿下に続く。側近は付いてこない。
「以前、尋問を見て倒れたから、同行させていないんだ。それに、俺が冒険者をしているのが気に入らないらしい」
隣に並んできた殿下が小声で言う。
「方向性が違うのに、置かねばならないのですね」
「同じ向きでは見えぬものもあるだろう」
「なるほど」
連れて行かれたのは、石で作られた頑強な離れの地下の部屋だった。
いくら魔道具が発達しても、こういうものは地下なのだなと感慨深く思う。
地下牢に捕らえられていたのは合計で十二人、奥の尋問部屋から声が聞こえるのでもう一人。僕が把握していた人数と合致する。
半数は既に尋問済みらしい、意識を失ったまま床に転がされている。その様相は言わずもがなだ。
随分と人相の悪いのが多い。
領都の冒険者ギルドで、賄賂でもって冒険者証を手に入れていた冒険者がいたが。もしかすると、他にも抜け道から冒険者証を得ている人間がいるのかもしれないな。
そもそも、腕に自信がある人間が冒険者になるのだから、人相が悪いのも仕方ないことなのかもしれないが。
目隠しをされ、轡を噛まされ、手足を拘束されているのだが、その中にあって、一人品のいい人間が交じっている。おびえる様子もなく、背筋を伸ばして静かに座っている。
冒険者たちの指示役である可能性もあるし、直接手を下したい過激派の可能性もある。
「グロウク・クイックバルドだ」
僕の視線に気づいたのか、殿下が教えてくれる。
「クイックバルドですか……名に覚えはありませんが、貴族ですか?」
僕の問いに、クイックバルドがピクリと反応する。
「随分昔、爵位を没収された家だ」
「それは、二十年ほど昔の話でしょうか」
義父の事件に関与していたのか尋ねる。
「ああ、そうだ。国の意向を裏切り、時の政を滞らせた逆賊として、褫爵されている」
「情け深いことですね」
ソレイユの祖父母を殺した貴族の一派とあれば、爵位を取り上げた程度で済んだことに皮肉のひとつも出てくる。
「三代までは王都に出てくることを禁じているのだがな。三代目は阿呆になるのかもしれん」
憎々しげな殿下の言葉に、彼もまた許してはいないのだと理解する。
義父は殿下と会い、誠実な謝罪をもらったと言っていた。義父ならば、王弟殿下であろうとも、上辺の謝罪なら受け付けなかっただろう。
それならば、僕が言うことはなにもない。
「そういえば、俺の知る範囲で、もう一人三代目がいるが、そちらは把握しているか?」
殿下の言葉に、すっと胸が冷たくなる。
やはり、彼のことも知っているのだな。
「……父母から聞いて、存じております。此度の依頼で王都に向かうという時に、随行する申し出をしてきたことも、伝えてあります」
幼い頃から自分に付けられていたロウエンがそうなのだと聞かされたのは、最近だ。
彼は自分の出自について、我々に知られているとは気づいていないようだが、父は最初から来歴を知っていたらしい。
それでも、心根を改めているならと、僕の護衛に付けてルヴェデュでの療養に随行させたのだという。
トリスタンは父から、ロウエンを気に掛けるように命じられていた。
そして、残念なことに、彼は僕たちを裏切っていた。差別主義の人間に、情報を渡していたのだ。
少なからず衝撃を受けたけれど思い返せば、ソレイユと遊ぶときに彼は随行してこなかった。あれは、ダイン家を恨んでいるが故の行動、あるいは庶民を侮蔑しているが故の行動だったのだろう。
違和感は感じていたのに、気づかなかった自分に腹が立つ。
「そうか……。先王陛下が『三代まで』と命じたのは、これを見越してのことだったのだろうな」
進んだ考えを持った先王陛下は、庶民の登用や開かれた学問の普及を推進した、革新的な方だった。
いくら王制国家とはいえ、陛下の一言で決まることではなく、長く根回しや、説得に時間を要したのだと聞いた。
反発の強い貴族家であっても簡単に潰すことはできない、それは国を混乱させることになるからだ。
「先王陛下と今の陛下の力で、やっと庶民も理不尽な扱いを受けることのない、理想の時代に近づいてきたというのに」
殿下が苦々しく吐き捨てるように言う。
「自らのことばかりを考え、この国の行く末を乱す愚物め……っ」
珍しく憎しみのこもった目で、クイックバルドを見下ろす。
ランク四の冒険者であるカミル様の威圧に、目を隠されているクイックバルドは見えずとも気圧されて転んだ。
王弟殿下もきっと、義父の話を聞いたのだろうと想像できる。
そのときだった、尋問部屋から兵士が飛び出してきた。
「誰か! 解毒の魔法を! 被疑者が毒を飲んだ!」
入れ違いに殿下と僕が尋問部屋に入ると、椅子に固定された身なりのいい男が、血の混じる泡を吹いて痙攣していた。
「聴取は取れているのか」
殿下の問いに、調書を取っていたとおぼしきもう一人の兵士が答える。
「いいえっ、一切口を割らず、奥歯に仕込んでいたと思しき毒を飲みましたっ」
痙攣する男はまだ生きており、濁った目で殿下を見ると泡まみれの口元でニタリと笑った。
「ライゼス・ブラックウッド。お前の能力で、コレを死なせるな」
殿下が、僕に命じた。
僕にその力があると、信じている声だった。
男を見たままの殿下の酷く冷たい横顔を見て、僕は頭を下げる。
「承知しました」
僕は男のおでこをわしづかみにして、そこからヒーリングライトを注ぎ込んだ。光は消しているので、回復魔法だと思うこともできるだろう。
上を向かせた口の中に強引に魔法で水を注いで毒をすすぎ、汚らしい吐瀉物も流した水ごと綺麗にする魔法で一掃する。
「殿下、折角ですから拷、いえ、尋問の続きをしましょう。大丈夫ですよ、壊れても、いくらでも治せますから。ただ――」
「ただ、なんだ?」
「この男、廃人になってもよろしいですね?」
僕の問いに、殿下は小さく笑う。
「構わん、情報を出せるだけ出したら、用はない」
「では、お人払いをお願いします。壊してもいい人間だけ、残してください」
ヒーリングライトの能力を使って拷問をしているところを見せるわけにはいかずそう願えば、殿下は快く兵士たちを地下から追い出してくれた。
「聴取を取る人間は必要だろう、俺がやる。さあ、尋問をはじめようじゃないか」
机に陣取った殿下に急かされて、男の尋問をはじめた。
元貴族の男、二人を尋問するだけで一晩かかった。
やつらの主張としてはこうだ。
目障りな庶民を排除して、優秀で選ばれた貴族のみで国を統治すれば、この国はもっと良くなる。そもそも、庶民は貴族に仕えるために生まれてきているのだから、従えてやることこそが正しい道なのだ――という選民思想を、朦朧としながら語った。
「目立つ庶民を誘拐していたのも、選民思想の貴族が作った地下組織か」
「その組織の上の人間にしてみれば『元貴族』のヤツらも、既に庶民という位置づけなんでしょうけれど。トカゲの尾のように、切り捨てられる存在になっていることに、気づいているのでしょうか」
「気づかないふりをしなければ、やっていられないのだろうさ」
殿下はそう言って、聴取した内容を書き取った紙の束を捲る。
「裏取りはしなければならないが、成果はあったな。ライゼス、報酬はなにがいい?」
望んでいた問いに、躊躇せずに答える。
「ソレイユの謂れ無き噂の排除をお願いします」
「承知した」
殿下も予想していたのだろう、すぐに答えが返ってきた。であれば、これも答えていただけるだろう。
「一つ質問をよろしいですか」
「許す」
「なぜ、私の能力を知っていたのでしょうか」
紙から視線を上げた殿下が数度瞬きをして、頭を掻いた。
「言ってなかったな。俺は『他人の能力を知る能力』を持っているんだ。ライゼスの能力に『ヒーリングライト』というのが見えたから、あのとき、あの男の治療を頼んだ」
「能力を知る能力……。殿下も、ダンジョンで能力本を?」
「いや、これは極秘事項だが。王家には代々伝わる国宝の能力本が何冊かあるんだ。その本は、何度使っても消えず、能力を与えてくれるもので、王位を継ぐ人間だけは必ず『無病息災』の能力を手に入れ、それ以外の継承権保有は、継承権を放棄すれば、王の認める場合に限り一つだけ能力を得ることができる」
「そう、なんですね」
冷や汗が背中を流れるが、顔には出さずに頷いた。
そんなこちらの心中などわかっているかのように、殿下が真っ直ぐに見てくる。
「ソレイユ嬢は『ヒーリングライト』と……『自らより知能の劣る生き物の情報を見る能力』で、オブディティ嬢は『収納』だな」
ソレイユのアレはそういう名前の能力なんだな。そして、オブディティ嬢の能力も知られているのか。
「その通りです」
「君たちのパーティは、実に面白いな。全員能力持ちの冒険者パーティなど、君たち以外に見たことがない」
殿下が言うならそうなのだろう。
ここまで知られ、ここまで王家の秘密を開示されてしまったら、こちらの打てる手はないに等しい。
彼がこちらに向けてくれた信頼に応える、それが最善だろう。
「ああ、警戒しないでくれ。君たちを束縛するつもりはない。もしかすると、たまに指名依頼は出すかもしれないけどな」
「そのときは、報酬を弾んでいただきます」
こちらの答えに、返ってきた笑い声は溌剌としていた。
朝焼けの中、馬車は固辞して走って帰る。
馬車は音がうるさいし、最短の道を取れないから面倒だった。
早くソレイユに会いたいという一心であったため、うっかりとソレイユの部屋の窓から彼女の部屋に入ってしまった。
窓が開いてるとは思わなかったし、ましてやソレイユが起きて待ってるなんて思わなかった。
「お帰り、ライゼス」
読んでいたらしい本を置いて、立ち上がったソレイユが両腕を広げる。
「ただいま、ソレイユ」
ソレイユを抱きしめれば、彼女は両手でヒーリングライトを出して僕を癒やしてくれる。
「疲れた顔してる。ヒーリングライト、効かない?」
「今はソレよりも、こっちがいい」
抱きしめた彼女の唇を奪いながら、冷え切っていた胸の奥が、じんわりと温まっていくのを感じた。




