5.水くさいよね & 幕間.オルト・グリンスースの事情
お茶を飲み終えたタブ先生が部室を出て行くと、我慢していたオブディティが噴火した。
「王都に就職! それも名門の魔道具開発研究所だなんて!」
タブ先生が教えてくれたところによると、王都の政府直轄機関である魔道具開発研究所の就職倍率はなんと二百倍! エリート中のエリートが勤めるところで、コノツエン学園から就職したのは実に十年ぶりということだ。凄いね。
「そんな大事なこと、どうして教えてくれなかったのかしら? 水くさいですわよね」
オブディティがぷんすかしている。
彼女の気持ちは凄くよく分かる、わたしだって水くさいと思った。
「それも王都だなんて……遠くへ行くのに。教えてくれないなんて」
語尾が沈んでいくオブディティだ。
わたしも寂しいとは思うけれど、彼女の表情は本当に暗い。
「卒業式には、絶対に文句を言うわ」
最後にそう言ってから、席を立ってみんなのティーカップを片付けはじめた。
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幕間 オルト・グリンスースの事情
少し前、久し振りに部室に顔を出してみようなんて思ったばっかりに、俺は自分の気持ちを思い知らされる羽目になった。
いつもはひとけの無い部室前の廊下だぞ、オブディティ・イクリプスが告白されている場面に遭遇するなんて思わないじゃないか。
告白しているのは、ステイラーだ。
「イクリプスさんは家族仲が良いのは存じています。僕の家は領都にありますから、結婚しても好きな時にご実家に遊びに行くことができます」
咄嗟に隠れてしまったため、盗み聞きすることになってしまった。
他人の告白なんて、どうでもいいはずなのに、領都に住むという彼の言葉が胸に刺さる。
……オブディティ嬢の兄妹仲が良いことは、彼女自身の話しぶりで知っていた。
楽しそうに兄の行動を詰る彼女、昔の思い出などを部室で稀に口にしていたからだ。
ソレイユ・ダインとの会話を盗み聞いていたわけじゃない、アイツらが、俺がいようがライゼスがいようが構わずに個人的な話をするのが悪いんだ。うっかり、二人の会話に指摘をしても笑って返してくれる、あの時間は本当に楽しかった。
だから、だから俺はずっと『あの空間の、あの時間』を愛おしんでいたんだと思っていた。
彼女への告白を目の当たりにして、それが違うのだと気付くまで。
王都へ行く俺は、もう二度と彼女との時間を共有することはできないだろうと、思い至るまでは。
胸に、ギリリと突き刺さる痛みがなんなのかぐらい理解している。
俺はきっと、恋愛などせずに、適当な年齢になったら、適当に見合いして、適当に結婚するんだと思っていたんだ。
オブディティ・イクリプスへの恋を知るまでは。
「はあ……」
脳内に浮かぶ詩的な文言に打ちのめされて、教室の机に両肘をついて手の上に顔を伏せる。
「なんだ、オルト・グリンスース、物憂げにため息なんか吐きやがって。名門研究所に就職が決まったってのに、随分と景気の悪い顔じゃねえか」
品性に乏しい言葉で俺を煽ってくるのは、幼少期からの腐れ縁のゼファー・ハルウインだ。
「うるさい、脳筋、黙れ、脳筋、空気を読め、脳筋」
身長はそこそこだが筋肉で骨格をみっちりと覆った男に、ギリッと歯を剥く。
「あははは。それだけ言い返せれば、問題ねえな! 悩み事があるなら聞いてやろうと思ったのによ」
決めつけた言い方に、カチンとくる。
「誰が悩みがないなんて言った。お前と違って、俺は悩みだらけなんだよ」
「どうせ、魔道具についてだろうがよ。悩んでるくらいなら、手を動かせよな。頭の中でだけ考えたって、どうせ答えなんて出ねえんだからよ。俺は日々体を動かしてるから、悩みなんてねえの。お前も机の前ばっかりいねえで、体を動かせばいいんだ、体を」
そう言って「わっはっは」と豪快に笑って去る。
確かに魔道具ならこんなに悩まずに手を動かして、作ることで解決することも多かった。
だけど、今の悩みは相手があっての話だし、どう考えても、どうしようもないという結論しか出てこないのだ。どうしようもないという結論が出てるのに、まだ考え続けてしまう自分が嫌になる。
俺は他人に迷惑を掛けられるのが嫌いだ。
俺自身も他人に迷惑を掛けないように生きてきたつもりだ。
だから、オブディティ嬢の迷惑にしかならないこの思いには、蓋をしてしまうべきなんだ。
鬱屈とした気持ちを抱えたままオブディティ嬢に会いたくはなかったのに、ライゼスが寮の部屋を訪れた。
同室も戻っていたので、自室まで招いて話をする。
他人の部屋に入ることはあまりないのか、それとも俺の部屋が魔道具に溢れて雑然としているのが珍しいのか、楽しそうに視線を巡らせているライゼスに机の椅子を譲り、俺はベッドに腰掛け、枕元に置いてある、消音の魔道具を起動させる。
「消音の魔道具ですか。良い物をお持ちで」
「仕様書を見る機会があったから、覚えて自分で作ったんだよ。この部屋でしか使わねえし、これ以外には作らねえ」
本来ならば見ることも叶わない、高価な魔道具の仕様書。実家が魔道具関係の仕事をしているから、仕様書を見る機会が無いわけではないが、こっそり盗み見たものなのでライゼスにも口止めをしておいた。
それから、ライゼスの訪問理由を聞いて呆れた。
「魔道具創作部の卒業? なんだそりゃ」
部活を卒業するというのは、はじめて聞く話だ。
もっと深刻な何かかと思って、消音の魔道具まで出したってのに。
「ソレイユ・ダインあたりが考えたのか」
「言い出したのはソレイユですが、オブディティ嬢も乗り気ですよ」
あの二人が意見を揃えたのなら、ライゼスが異を唱えることはないだろうな。
だとすれば、何が何でも俺を魔道具創作部へ連れ出すだろう。
「部室に顔を出したくない理由でもあるのですか。例えば、数日前のステイラー先輩とか?」
思わず睨んでから、カマを掛けられたのだと気付き、舌打ちする。
「どうしてそう思ったんだ」
「惚れた相手が告白されているのを見れば、穏やかでいられないのは当然ですから」
しれっと俺の内心を抉ってくる男に、思わず頭をかきむしる。
「だからっ、なんで、そう、なるんだよっ」
「さあ? 僕もソレイユに惚れているからでしょうか。まあ、同類の匂いくらいはわかります」
「同類じゃねえだろうっ。お前らは……相思相愛じゃねえか」
恥ずかしくて小さくなる語尾だったが、ライゼスの耳はしっかりと拾ったようだ。
「同じですよ。恋をしている、愛する相手がいる、その想いの性質に変わりはありません」
恥ずかしげもなく、恋だの、愛だのと言う無神経さに苛立つ。
「俺は、まだその境地には至ってねえの。どうせ――」
遠くに行っちまうんだから、どうしようもねえんだよ。
言えずに喉の奥に支えた言葉が、痛い。
「オブディティ嬢とソレイユを、徹底的に避けてますよね」
「……うるせえ」
力なく悪態を吐く俺に、ライゼスは苦笑する。
「二人を避けるために、遠回りしたり色々大変そうなのは存じています。オルト先輩も索敵の魔法を覚えますか?」
「索敵の魔法? なんだ、そりゃ。それを使えば、オブ……あいつらが、どこに居るのかわかるのか?」
俺の疑問にライゼスは目を細めて頷いた。
「一日で伝授します。その代わり、卒部式には出席してください」
小一時間、卒部式とやらに出れば、便利な魔法を『伝授』するという甘言に、俺は乗った。
――卒部式とやらでは、恐れていたように就職先を聞かれたが、俺はどうしても、領都を離れることを伝えることができなかった。
それから俺は、ライゼスに一晩で叩き込まれた『索敵』の魔法を使い、徹底的に部室を避け、後輩達を避け続け……卒業式を迎えた。
犯人は「ソレイユがバンディ君に一晩で反重力の魔法を覚えさせたアレ、やってみたかったんですよね」などと供述しており――




