10.魔法の勉強2
そして翌日。
今日も昨日と同じ木陰で、ソレイユ先生の魔法のお勉強がはじまる。
ひとつ昨日と違うのは木を背もたれにして、トリスタンが本を読んでいる。彼はライゼスの護衛だから、ゴエーさんじゃなくて護衛さんだから、すぐに対処できる距離にいたいって。
「魔法の勉強って言ったら、どうしても近くにいるって……。いい?」
「いいよ? 本読んでるだけでしょ?」
ライゼスのほうがちょっと嫌そうにしているけど、護衛さんなら仕方ないよね。それに、昨日はちゃんと起こしてくれたいい人だし。
近くにトリスタンがいるものの、気にせず魔法のお勉強だ。
「ソレイユのお陰で、ちゃんと魔力の流れがわかるようになったよ。凄いね、誰もこんなやり方なんて教えてくれなかった。もっと早く知ってたら……」
「もっと早く?」
聞き返したわたしに、彼は暗い表情で頷く。
「僕さ……ここにくる前に、領都にいたって言ったろ? 領都を出た理由が、魔力の暴走なんだ」
「魔力のぼーそー?」
深刻そうな話に、わたしもちゃんと姿勢を正す。
「普通の人より魔力が多くて、なのに、魔力の制御ができなくて、勝手に魔法が発動してしまうんだ」
「えっ! ライゼス、魔法使えるの?」
「自分の意思じゃ使えないんだ。勝手に魔法がでてくるだけで、危なくて……」
「へー」
相槌を入れたものの、ちょっとよくわからない。
「……ごめんね、ソレイユ。本当は、君とも遊んじゃ駄目だったんだ。だって、僕の魔力暴走に巻き込んだら、大変な事になるのに」
申し訳なさそうに言う彼に首を傾げる。本当に危ないなら、彼は遊んだりしないと思うんだよね、だってライゼスだもん。
「魔力暴走するときって、自分じゃわからないの?」
「ううん。暴走する時は、体が凄く熱くなるからわかる」
彼はその時のことを思い出したのか、ブルッと身震いした。
「なあんだ、じゃあ大丈夫じゃない? 熱くなったら離れればいいんだし。あ、どのくらい離れておけばいい? あれ? でも、魔力がわかるようになったら、もう暴走しないってこと?」
思いつくまま疑問を口にすると、彼は真剣な顔で頷いた。
「うん、このまま魔力を使えるようになれば、大丈夫だと思う」
少し迷いながらも言い切った彼にウンウンと頷く。
「そっか! よかったねえ。じゃあ、ライゼスがちゃんと魔法を使えるように、ソレイユ先生の魔法の勉強、はっじめるよー」
わたしの宣言で、真面目な空気が吹き飛んだ。
「昨日は寝ちゃったから、今日は続きです」
「あんなにぐっすり寝たの、久し振りだったなあ」
「そうなの? わたしはいっつもぐっすりだよ。じゃなくて、魔法の使い方だってば。ライゼスも魔力の流れがわかるようになったんだよね?」
彼がはっきり頷くのを確認してから、次に進む。
「じゃあつぎは、ちいさな光を作ります」
「灯りじゃなくて、光?」
「光だよ? 見ててね」
蕾の形にした手のひらの中に光を灯す。
「触ってもいい?」
「いいよ」
最初にできた時に手のひらで光をつぶしてみたりもしたので、問題無いのは確認済みだ。
わたしの手のひらの隙間から恐る恐る彼が指を伸ばすが、その前に光は消えてしまった。
「もーっ、すぐ消えちゃうんだから、すぐ触らないとダメだよ」
「ごめん、つぎはちゃんとすぐに触るから」
頬を膨らませたわたしに、彼が再度魔法を強請る。
「よし、じゃあ、もう一回やるね」
「うん」
今度こそ彼は光に触れた。魔法の光は彼が触れても消えない。
「熱くないね。本当に光ってるだけなんだ」
「そうだよ。だって、熱いと、熱さにも魔力を使っちゃうでしょ? だから、光だけを作るんだよ」
わたしにはまだ火を作るだけの魔力がない。だから熱と光のある火じゃなくて、光のみを魔法で作っているのだ。
説明したわたしを、彼が真剣な目で見てくる。
「ソレイユって……時々、凄いよね」
「ときどきすごい」
憮然としたわたしに、彼が慌てて「いつでも凄いよ」と言い直す。
「だって、普通は火が光と熱でできてるなんて考えもしないよ。本当に凄いことだよ」
「ふふふ」
クスクス笑うわたしに、彼は首を傾げる。
「じつはね、お父さんの本に書いてあったんだ。現象はブンカイすれば、単純になるって」
あんまり褒められるのも照れくさいので、タネ明かししてしまう。
「それでも凄いよ。火を分けるという発想はできても、光を単体でなんて……」
「できるよ、大丈夫。まずは、魔力の流れを感じるところからね。寝っ転がってやったほうがわかりやすいから、ごろんします!」
昨日と同じように呼吸しながら魔力を流していく。
「ねえソレイユ。君はこれをやってるときに、流れが悪いところとかってある?」
「流れが悪い? ないよ、どこも同じように流れるよ」
陽を遮り木陰を作ってくれている木を見上げながら答える。
「僕ね、胸の辺りで一回つっかかるんだよね」
「うーん、詰まってるのかな? 無理に流すのよくないかもしれないから、なめらかに流れるまで少しの量を流して、慣らしていくとか。あとは、つっかかるところを避けて魔力を流すとか、かなあ?」
適当に解決方法を提案してみる。
「少しの量を流して慣らすの、やってみるよ」
「両方やってみて、調子よさそうなほうを使えばいいと思うよ」
「そうだね、うん、どっちもやってみる」
真剣な声で宣言した彼が、すぐに深呼吸をはじめる。
うーん、ライゼスの魔力がちゃんと流れるまでは、魔法は無理そうだなあ。わたしも魔力を流すほうをやっておこう、慣れてきて魔力を速く流せるようになってきたから、もっと速く流してみよう。
体の中をギュンギュン魔力を流していると、なんだか体が温かくなる気がする。いままでは体の真ん中に巡らせているだけだったけれど、指先とかにもできるのかな? もしできたら、冬場の寒い日とかも指先までホカホカだよね。
指は細いせいか、魔力を流すのが難しい。
体の横にぴったりつけたら、体に流すのと同じイメージで魔力を流すことができるんじゃないだろうか。
指先までちゃんと魔力を流せるようになって体中がぽかぽかしてきたころ、ライゼスもなんとか詰まらずに魔力が流せるようになったということで、小さな光を作る魔法の練習をはじめた。
「まず手のひらをくっつけたまま、手のひらの間、左手から右手に魔力を流します」
向かい合って座り、顔の前で手を合わせて見せる。
「くっつけたまま、左から右に……」
これも中々上手くいかずに翌日に持ち越しすることになった。
「ソレイユはこれ、どのくらいでできるようになったの?」
帰り際に聞かれて、「はじめた日」と答えたら「ふーん、そうなんだ」と素っ気ない態度で帰っていった。